#028「マルバアサガオ」
@エゼナビ
舟乗り「舟の揺れには慣れたかい? 坊っちゃんが吐いたあとには、ロブスターが群がってたぜ。ハタハッハ」
中狼「腹が空になったら、だいぶマシになりました。――これなら、車内では何も食べるべきじゃなかった」
小華「ちょっと。わたしのせいじゃないわよ」
中狼「俺は別に、何も言ってないだろうが」
小華「目は口ほどにモノを言う、よ」
舟乗り「喧嘩なら他所でやってくれ、といっても、周りは水面だから水中戦になるか。――冗談は、さておき。軽く横になって休んでたほうが良いかもしれないな。安全運転を心掛けるから、目的地付近に近付くまで、ちょいと寝たらどうだい?」
中狼「はい。そうします」
小華「おやすみ、中中。――さっきの話の続きですけど、老師とは知り合いなんですか、おじさん」
舟乗り「おじさんは、やめてくれ。俺の名前は、ソルティー・バルストロード。まぁ、白さんとは古くからの馴染みでね。千年来の友人なのさ」
小華「エッ。千年以上も、ですか」
舟乗り「長生きする種族だからね。ついでだから、ちょいと小難しい話をするけど、聞いてくれ。竜王も人魚も、長寿だが不老不死ではないんだ。しかも、エンドウ豆を研究した牧師が発見した三つの法則とやら従えば、劣性ホモ接合体でないと遺伝形質が発現しないそうだ。ただ、不完全優性らしく、ヘテロ接合体の場合は、優性とも劣性とも違う子世代が誕生する。例を挙げれば、俺のカミさんはラミアなんだが、産まれた倅は二人ともリザードマン、縦文字なら蜥蜴人かな、なんだ。竜王は竜王同士、人魚は人魚同士でないと竜王も人魚も産まれないせいで、どっちもドードーなんかと一緒に絶滅危惧種に指定されているそうだ。孤島の野鳥を観察した研究者の評論によれば、進化は不可逆的、かつ選択と淘汰を繰り返すという。要するに、一度蛙になったら御玉杓子に逆戻りせず、一度いなくなった蛙と同じ蛙は二度と復活しないってことだ。――ポカンとしてるようだから、柄に合わない半端な知識のヒケラカシは、ここまでで止して、俺の家族の話でもしようかね」
小華「すみません。理解の範疇を超えてました。――奥さんと息子さんも、この国に暮らしてるんですか?」
舟乗り「ウム。カミさんは、そうだ。しかし、倅は香澳島中央駅で働いてるよ。どっちも、見た目はカミさん似だからピンと来ないかもしれないが、声質は俺に似てるんだ。だから、それを活かした仕事をしてるらしい。――手前味噌だけど、歳の割には、なかなか好い声をしてると思わないか?」
小華「エェ。思わず、聞き惚れそうになる渋い声ですね」
舟乗り「そうかい。本音かどうかしらないが、俺が若くて独身なら口説いてるところだよ、お嬢ちゃん。――オッと。今のは聞かなかったことにしてくれよ。仕事中にナンパしてたなんてカミさんの耳に入った日には、帰宅早々に絞め殺されかねないからね。まったく、嫉妬深くてヤキモチ焼きだから困るよ」
小華「フフッ。夫婦仲がよろしいんですね」
舟乗り「仲が良すぎて、ベタベタのドロドロさ。――アァ。立ちっ放しだから、腰が痛くなってきやがった。舟乗りなんて、年寄りには辛いよ。まったく。早く仕事を畳んで、楽隠居させろってんだ。せめて、たまには里帰りして来い、ハリー、バート」
小華「息子さんは、ハリーさんとバートさんとおっしゃるんですね、ソルティーさん」
舟乗り「あぁ、そうさ。手の掛かる双子だったよ。――もし、島に帰ってから会うことがあったら、親父が早く帰って来いと言ってたと伝えちゃくれないか?」
小華「わかりました。お会いする機会があれば」
舟乗り「頼むよ。――恋を語り、愛を讃え。武を寿ぎ、夢を紡ぐ。舟は揺籠、舟は棺桶。寝ても覚めても、水の上だ。それは詩人、それは商人。それが俺さ、俺は旅人」
小華「まだ続きがあったんですね」
舟乗り「これでフルコーラスだ。――さぁ、見えてきたぜ。起きな、坊っちゃん」




