181話 貧民対策4 -一騒動はありますよね-
トラブルの種はどこにでもあります。
「おい!順番に並べよな!」
列に並んでいた少年が、横から割り込んできた男達5人に向かって注意をしたが、逆に怒鳴られ胸倉を掴まれた。
「うるせえ!俺たちが受付しようとしてるのを邪魔すんじゃねえよ!」
周りに居た者達は騒動に巻き込まれないように、これから起こるイベントを楽しむかのように列を崩すと、少年と男5人を取り囲むように輪を作った。
「みんな、順番に並んでるんだからな!お前らも後ろに並べよ!」
「ここは、土砂を運んだり、機材を担いだりする力を一番使う場所だ。お前のような餓鬼はあっちの託児所でも行ってろ!」
少年の注意に胸倉を掴んだ男から侮蔑の言葉が投げかけられた。周りの男達も笑いながら追随するように「向こうで牛乳でも飲んでろ!」「俺たちに文句を付けるとはいい度胸だ」「周りで見てる奴も文句があればかかってこい!」と周りを威嚇しながら少年を取り囲み始めた。
「なにしてるの?」
少年が青い顔をしながらも男たちを睨み付けていると、横から軽い声がかかった。一同が声の主に視線を投げると、小綺麗な感じの服を着た亮二が目をキラキラさせながら両者の間に入ってきた。少年は貴族の子供が訳も分からずに話に入ってきたと思い、慌てて向こうに行くように注意した。
「危ないから、向こうに行ってろ!貴族の坊ちゃんが来るような場所じゃないぞ!」
「え?でも、あっちの5人が並んでた列に無理やり割り込んできて、注意した君に『五月蝿えよ!お前あっちの託児所でも行ってろ!』ってレベルの低い事を言ったんだろ?」
亮二の言葉に思わず「見てたのかよ!」と突っ込んだが「テンプレだもんね」と少年にとっては意味の分からない答えが返ってくるのだった。
「“てんぷれ”がなにか分からねえが、お前のセリフであいつらの顔が真っ赤だぞ!」
男の1人が亮二の胸倉を掴んで威嚇しようとしたが、亮二が掴まれている腕を触ると悲鳴を上げて手を離した。
「お前!今何をした!」
「さあね。でも、掛かって来るなら相手になるよ。死なない程度で相手をしてやるから、安心して掛かってこい」
「なめんじゃねえ!」
亮二のセリフを聞いた男の1人が青筋を立てて亮二に殴り掛かったが、軽くサイドステップで躱されると同時に右頬を殴られて昏倒した。信じられない思いでこちらを見ている少年に「やっぱりテンプレはこうでなくちゃ」と嬉しそうにしながら亮二は語りかける。
「何人なら相手が出来る?」
「子供の手助けなんて必要ない! いいからお前は逃げろ! いまは偶然で相手が倒れただけだ。勘違いすると大怪我をするぞ!」
「大丈夫! おれは強いから。じゃあ、俺が3人相手するから、君は1人担当ね」
少年の言葉を聞き流した亮二は軽く言いながら3人に向かって走っていくのだった。
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「お前たち、なにをしている!この騒動はなんだ!」
受付にいた女性が人を呼んできたらしく、フルプレートを着込んだ騎士2人がやって来て事情の確認を行った。
「こいつらが暴れていたので、優しく注意をしただけです」
「嘘付け! お前達が割り込みするからだろ!」
騎士は両脇からやって来た少年と男を眺めた。2人とも顔に青アザや鼻血を流しており、髪の毛もボサボサで原因はともかく喧嘩をしていたのは明確だった。
「こんな場所で喧嘩をするな! 受付の順番なら全員に食事と銅貨は渡されるから揉めなくていいだろう」
「それは違うよ! 騎士のおっちゃん! 順番は守らないとダメなんだぞ!」
無理やり場を収めようとした騎士に対して少年が訂正したが、騎士の言葉に男は我が意を得たとばかりに頷いているのだった。
「で、喧嘩の首謀者はどこだ? せっかくリョージ伯爵が貧民対策をしてくださっているのに揉めるんじゃない! そこの子供もこっちに来なさい! 喧嘩は駄目だぞ!」
「いや、順番は守らないと駄目だろう。その為に列を作って並んでいたんだから。騎士とは規律を重んじるものだと思っていたよ」
それまで3人を相手に立ち回りを演じていた亮二が、騎士の登場に合わせたかのように3人を同時に叩きのめした。騎士は子供の動きが自分よりも素早く大人3人を同時に倒した事に驚いていたが、近付いて来た子供の顔を見て驚愕の表情を浮かべると、自分の失言に青い顔をするのだった。
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3人同時に倒れた様子に理解できない表情をしていた男だったが、亮二の顔を見ると真っ赤にして掴みかからん勢いで近付いてきた。
「お前! おれの子分になにしやがった!」
「え? こいつらの親分さん? だったら、もっと鍛えた方がいいよ。弱すぎでしょ? 3人が一斉に襲い掛かって俺1人を相手に出来ないんだから」
亮二の言葉に一瞬で頭に血が上った男は、殴りかかろうとしたが騎士に止められてしまった。
「やめろ! お前達が束になってもドリュグルの英雄相手に敵うわけがないだろう!」
「え? ドリュグルの英雄? それって、今回の貧民対策をしてくれたリョージ伯爵?」
周りの視線が亮二に集中した。亮二は残念そうにしながら身分を明かすと、その場にいた一同は少年を除いて青ざめた顔で平伏した。
「お前、ドリュグルの英雄なのか?」
「そうだよ。だから強いって言ったじゃん! 君も結構強いね。今回の貧民対策の仕事を受けるつもり?」
亮二の問い掛けに少年は力強く頷くと「俺は家族を養うために働かないと駄目なんだよ!」と拳を握り締めるのだった。そんな少年の様子を見ていた亮二は、何かを考えるような表情をすると騎士に向かって話しかけた。
「ねえ、そこの4人が気絶から回復したら、5人全員の受付を済ませてから俺の天幕に連れてきて。間違いなく君が連れてくるんだよ」
「はっ! 必ず連れてまいります」
騎士の言葉に鷹揚に頷くと、少年に向かって自分に付いて来るように伝えるのだった。
そう言えば少年の名前を聞いていませんでした。