第49話 炎の迷宮と圧力鍋と。
摂理に気を遣いながらも気を放すことなく緑袖乃霞娼婦に警戒を置いていたけれど、
緑袖乃霞娼婦はその後ゆっくりと第3階層に抜けていった。
第3階層は圧巻だった。
火の粉が其処ら中を舞っている。
その階層には翼の無い赤い竜や、燃える翼を持った孔雀、
赤熱するナマコなどがところどころに蠢いている。
「随分と情熱的な所だね。」
「ええそうですね。迷宮主様程ではないですが。」
笑顔という無表情でそう返す摂理は、
お母様というよりはどこか鏡に映った僕に似ていた。
この階層には火の粉が恒常的に危険を生み、
火属性のモンスターが触れるだけで重大な火傷を引き起こす危険を持つけれど、
水属性を使える僕と摂理にはその危険は薄かった。
問題は、水の壁は更新を続けないと最高百度までは上がることになること。
水を超える炎の前では蒸発してしまうこと。
赤熱海鼠は水を掛けるだけで固まって罅が入ったので、
そこを薙刀で叩くだけで割れていった。
紅蓮孔雀は少しの水では蒸発させてくる強力なモンスターだった。
少しの水だけではなく、大量の水でも同じ結果だった。
「摂理、紅蓮孔雀に合図をしたら全力で水をかけてくれ。」
「解かりました。」
普段の「解かりました。」
とは同じ言い方でも随分と聞こえ方が違う。
…違う風に言っているのだろう。
この戦闘中ではどうでもいいとまでは言わないけれど、
やはり優先順位は下がる。
この戦闘の為に時間が過ぎていく。
…原因は僕なのだけれど。
地盤がへこんだ場所に紅蓮孔雀を引き寄せた。
このタイミングだ。
「今だ。」
「天降滝。」
僕が水を呼び出すと同時に摂理の術式も発動する。
へこんだ土地に溜まる水が紅蓮孔雀を埋没させる。
決まったかな。
「KKYUPFEEYYY!!!!!!!!」
水に埋もれていく紅蓮孔雀が甲高い鳴き声と共に炎を高く燃え上がらせる。
周囲の水が一気に蒸発し、爆発する。
「決まった、ね。」
へこんですり鉢、下手をすれば壺状になった所でそんな爆発を引き起こせば、
その衝撃の内圧は全て自身に帰ってくる。
その証拠にその炎の翼はもはや消えかかった蝋燭の様になっている。
「駄目押しというやつさ。」
「PFYEE…」
もう一度水を掛けると、
それで紅蓮孔雀は弱弱しく何処かへ鳴いた後倒れ伏した。
その後しばらくするとその紅蓮孔雀がいるところに、
もう一匹同じ炎の翼を持った少し小さめの孔雀のモンスターが降り立った。
「PYEE? PFYEEEE PEE… PE…」
倒れ伏した紅蓮孔雀に呼びかけるように、
愛おしむ様に、別れを惜しむように頸を擦り付けては鳴いている。
「番かな。偽りの愛を語る迷宮主の下にしては随分立派な夫婦だね。
それにしても隙だらけだ。実に楽でいい。愛とは易しさだね。
――――――――――――――摂理、先程と同じことをもう一度。」
「………はい。天降滝。」
炎の孔雀はそのまま水に埋没していった。
今度は先程とは違い抵抗も無かった。
「ごめんなさい。」
「別に摂理が謝る必要は無い。
敵であるモンスターを主である僕の命令で処分した。
摂理に責任は無い。」
「……。」
それにしても残念だね。
紅蓮孔雀程のモンスターを倒しても、
他者の迷宮産のモンスターはカタログには載せられない。
……アレは?卵?
孵せば僕にも懐くのだろうか?
両親を殺したこの僕にも。
ははははは。それはそれできっと良い愉悦だ。
僕はそう嗤って卵を薙刀で振り払った。