外伝 とある勇者の軌跡 ワンルームに共同生活
剣士が去った後残された科竜を直ぐに回収なり何なりすれば良かった。
今は少し後悔している。
科竜の光る核に引き寄せられたのか、
何処からともなく、小被爆首、大被爆首、血濡被爆民、首領超浅人が現れた。
どれも科竜の骸に群がっている。
これらのモンスターは何れも拡爆髪の進化形だが、ダンジョンには存在しないはずだ。
ダンジョンの外で出会いたくないモンスターとして有名でありながら今の今までダンジョンでの目撃情報は無かった。
今この瞬間まで、だけど。
これらのモンスターは拡爆髪同様に触れたが最後汚染される謎の力を使って攻撃してくる。
髪の毛の塊のような拡爆髪から三つの目玉とその間に穴を持つ顔の様になった小被爆首。
そこから巨大化した上に黒い血のような液体を常に噴き出すようになった大被爆首。
更にそこに首の下から手足が二つずつ生えた血濡被爆民。
そしてそこから少しだけ小さくなって穴だらけの頭が露出する程、
完全に髪が無くなった代わりにその手足が髪の様に無数に生えている首領超浅人。
特に首領超浅人は無数の手足が絡み合って人の身体の様なものを形作っていて生理的嫌悪が凄まじい。
そこに九相図魔まで現れた。
それだけじゃない。文字盤鬼、配死道化師、既知外生物、
気紛文字列、存在捕食魔まで。
大量のモンスターの発生。…もしかしてこれが理由で剣士は去ったのだろうか?
だとすると先程まで少し邪気が足りないと思っていた先程の笑みの理由に凄まじい悪意を感じる。
よく悪役がやる「お前達の相手はコイツらだ。」って奴だろう。
いや、でもモンスター同士敵対している事は先程の科竜関連でも理解したし。
というか、そんな事を考えている場合じゃない。
どう考えても上級モンスターだらけの空間に疲労困憊した僕達がいるのはマズイ。というか考えなくてもマズイ。
「早く逃げよう。」
そう僕が言う時点ですでに二人ともその体制は完了していた。
空を泳ぐような不安定な空間で全力で逃げようとしていると何体かのモンスターの注意を惹いてしまった。
拡爆髪系統のモンスターは科竜の残骸に惹かれて来ただけなのか、
こちらには寄ってくる様子はない。
九相図魔、気紛文字列、存在捕食魔が僕達を追ってきている。
それ以外のモンスター達は互いに互いを殺しあっているようだ。
「厄介そうなのが追って来たな。」
「贅沢を言ったら限は無いわね。」
2人の言うとおりだ。
贅沢は言っていられない。だが逃げるのには苦労しそうな相手ばかりだ。
九相図魔は一見死の概念そのものであり、
その実はイメージの強要を行う精神攻撃を行う死んだ鬼のような姿を投影している概念生物だ。
気紛文字列は踊る文字列であり多種多様な魔法攻撃を行ってくる。
そして存在捕食魔は相手の自我を喰らって廃人にするモンスターだ。
それらから逃げる為に明確に移動するという意思を持って空間を移動する様をイメージする。
そうするとそれだけで移動にブーストがかかる。
このエリアは意思で歩き、意思で泳ぎ、意思で飛ぶと言われている意味が解る。
基本的に無重力なので泳ぐものや飛ぶものなど三次元の移動に慣れているものにこそ有利なのだ。
だからこそ、高速で飛ぶイメージを持つ二人の離脱速度は速く僕の場合は遅い。
その為にリアさんの血で出来た鎖に引っ張られながら逃げるような形になっている。
だけどそれでも尚追いつかれそうだ。
このエリアにも慣れてきてそれなりの速度で動けるようになった二人だけならともかく、
僕を含めると追いつかれそうだ。
当初はそんなことは無かった。そしてリアさんがばてたわけでもない。
気紛文字列が僕達に対して向かい風の様な空間の流れを発生させて蟻地獄の様に引き摺ろうとしているのだ。
そして蟻地獄と違って敵が待ち受けているのではなく追ってきているのが性質が悪い。
でも2人『だけ』なら逃げられるはずだ。
「2人は先に逃げていてくれ。僕も後で合流するよ。」
そう言って血の鎖を振り払ってその場に残った。
「ゼットッ!?」
「また貴方って人はっ!!」
2人が叫んでいるが最早目前に上級モンスター3体を迎えた僕には遅い。
最初に九相図魔が僕に死を与えてきた。
最も僕が畏怖する『死』の概念が僕自信の意識を委縮させた。
恐怖と無が僕の中を埋め尽くしては僕をバラバラにされて薄めていかれるような感覚を受けた。
これが死…いや、あくまで死の概念の投影を行う精神攻撃であり、
言ってしまえば九相図魔の妄想映画試写会だ。
だが、それでも…。
「ああ勇者クン、死んでしまうとは情けない。」
「これでは我の望みが潰えてしまうではないか。」
僕の中で好き勝手言ってくれる話し声の間だけ声を思い出せるいつもの二人が目覚めてきた。
―――――――――――――それでいい。
「く…ラえ。」
僕はその二人の意識を存在捕食魔に押し付けた。
九相図魔は死の概念を押し付けるだけ。
理解さえしておけば即死はしない。事前にこのエリアのモンスターを勉強しておいて本当によかった。
まあ、僕が迷宮に放したモンスターだから当然だけれどね。
気紛文字列が最も厄介だったが今も引き寄せる術式を使っている所を確認するに成功しているみたいだ。
気紛文字列は魔法しか使えないモンスターなので使う魔法が解っていれば恐れることは無い。
そして存在捕食魔は自我を喰らうモンスターだ。
と言っても幾多もの迷宮の管理者を喰らってきた我には及ばないがな。
存在捕食魔には九相図魔によって目立たなくなった僕の代わりに、
化け物達の自我を押し込んでやればいい。
どちらが死んでも大成功だ。
魔王に狙われる可能性も中の遺志に呑まれる可能性もなくなる。
――――――――――だが、残念なことに存在捕食魔の方が破裂して消えてしまった。
気が付けば気紛文字列はいなくなり、九相図魔は何かに怯えるように逃げ去ってしまった。
はははは当然だろう。この僕を食べようなんて一介の奴隷如きが嗤わせる。
神たる我に逆らおうなどと実に笑止よ―――――――――
「おいゼット。」
どうしたこの蜥蜴男、この器を心配しているのか?
仲間思いで実に良い。やはり弱者は群れていないと心配だからね。
「おいゼット。」
ああ、返事をしておいてあげようか。
我は有象無象の為に意思を働かせるのも煩わしいのだが。
って言っても僕はニートじゃないよ。働かなくても不労所得というものがあるんだ。
何と言っても御曹司だからね―――――――――
右頬に衝撃が奔った。
「おいゼットッ!!」
どこか途中から意識を失っていたみたいだ。
「ごめん、意識が少し飛んでたみたいだ。」
「大丈夫?」
リアさんが気遣ってくれている。だがレイウスは冷たい目をしたままだ。
「リアは少し黙っていてくれ。」
襟首を掴まれた。やっぱりレイウスは握力が強いなどと場違いな事を考えてしまう。
「ゼット、お前は頭が良い。
何時だってオレには想像できない方法で解決策を与えてくれる。
だが今さっきのはどういうつもりだった。
勝率は何割だった? 正直に答えろ。」
「4割…いや2割位かな。」
再び殴られた。今度は左の頬だった。
「……。仕事として考えてもオレの仲間に死にたがりは必要ない。」
「…。」
確かにその通りだ。そんな仲間だらけなら損耗率が大変で人員の補給に苦労する。
そして最後にはそのチームの悪評になってしまう。曰く死神と。
「そしてオレは親友には死んで欲しくない。」
やっぱり君は良い奴だよ。だから―――
「でも他に逃げ切れる方法があった? 3体纏めて処理できるような画期的な方法が。」
そして二人を助けられる方法が。
「オレにはないし、きっとリアもお前ほどは頭がよくない。
だが何とかしたいという気持ちはあった。それでは不十分か?
オレ達はそんなに信用できないかっ!?」
<信頼はできても信用はできないよ。
気持ちだけでは何の結果も生み出せない。必要なのは能力さ。>
頭が痛い。いや、頭だけじゃなくて全てが痛い。
先程、意思を手放してこいつらを引き出したせいで僕の魂を圧迫されているような感覚を受ける。
<我は手塩にかけた部下にも裏切られ、神座より追い堕とされた。
やはり最後に信ずるは己だけよ。>
<どうでもいい相手など切り捨てればいい。必要なのは勝利という結果だけ。
何の感慨も感動も感激も無い。
あるのはただ、
確定した勝利だけ。それでいい。>
「…れ。…黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっっ!!」
「ゼットさん、レイウスは貴方の事を考えて…」
「いや、様子がおかしい。大丈夫か?」
「イタイ。イダイ。抉られる様にイタイ。
キエタクナイ。ボクハマダキエタクナイ。」
「おい、本当に大丈夫か…。」
「確かに様子がおかしいわね。」
<まだいいか。>
<時は未だ来たらず。>
「はぁっ、はぁっ、はぁ…。行った、か。」
「どうした。尋常じゃないぞ。」
「まだ目の焦点がはっきりしてないわ。」
ああ、見逃された、か。助か…った。
「2人とも…聞いてほしい事があるんだ。」




