第6話 キャボット家の家族会議
見学から帰ってきて、デレクは今日の夜にみんなで話し合おう、という。
「お兄様、賛成してくれるの?」
「まあ、な。オペラにハープを見せられちゃ、賛成しないわけにいかないだろ」
「本当?お兄様ありがとう!」
ライラは嬉しくて、デレクにピョンと抱き着いた。
「おいおい、小さい子じゃないんだぞ」言いながらもデレクは嬉しくて顔がつい、にやける。
「おかえりなさいませ。デレク様、ライラ様」ジョルジュが二人を出迎える。
「ただいま。あのね、ジョルジュ、お兄様がね、賛成してくれるって!」
「そうですか。それはよろしかったですね。ライラ様」
「ありがとうジョルジュ」ライラはそのまま部屋へと歩いていった。
「デレク様は、お部屋に行かれないのですか?」
デレクはジョルジュをじとっとした目で見つめる。
「ジョルジュ、おまえわざとだったのか?」
「わざととは?なんのことでございますか?」
「制服だよ」
「私は、制服がよろしいとは申し上げなかったと存じますが……」
「ああ、そうだね。でも、制服じゃないほうがいいとも言わなかったよな」
「さようでございますね。でも、制服でもそうでなくとも、ライラお嬢様はお喜びでしたでしょう?それでよろしいのでは?」
デレクはなおもジョルジュを見つめていたが、やがて部屋に向かって歩き出した。
「……助かった。……その、ありがとう」
「お役に立てて何よりです」
夕食の席で、デレクは学校について話し合いたいと両親に告げた。レイモンドは笑っているだけだったが、ノーラは不機嫌そうにデレクを見た。「裏切者!」とでも言われている気分だ。
夕食後にみんなで集まろうとすると、ノーラは「今日中に片づけておかないといけない用事がある」と言って、キッチンから離れようとしなかった。
レイモンドが困っていると、メイドのウィルマが、「片づけは私がいたしますから、お話し合いに行ってください」、と言ってくれた。
ノ ーラは「お前は誰の味方なの?」とでも言わんばかりにウィルマを睨みつけたが、
多勢に無勢ではしかたない、とあきらめて、レイモンドの書斎に集まった。
「それで、みんなで何を話し合おうっていうの?」ノーラは好戦的に言った。
ジョルジュは四人分の紅茶をサーブして、部屋から出て行ったあとだった。
「ノーラ、そんな言い方をするのはやめなさい。市民サポートセンターにいたときに
わからずやの業者に談判しにいったときみたいじゃないか。ここで台風を起こす気なのかい?」
「わかったわ。ではどうぞ、おはじめになって」
ノーラは芝居がかったしぐさで言う。
レイモンドは、やれやれと言う顔で妻を見たが、切り替えるように、デレクに顔を向けた。
「それで、学校はどうだった?」
「うん、悪くなかったよ。教育のレベルもいい線いっているんじゃないかな?」
「ライラはどう思った?」
「あのね、図書室がすてきだったの。それに案内してくれた先輩もすてきだったわ」
「おまえ、見とれてたもんな」
「お兄様だってそうでしょ?」
「見とれてなんかないよ。ただ、オペラとハープに驚いただけさ」
「ふーん、いいわ、そういうことにしておいてあげる」
「ほんとだったら、もう」
「オペラの授業があるのかい?中学校で?」
「うん。若いうちから本物を、ってことらしいよ。方針に共感したプロが時々教えに来てくれるんだって」
「ほう、それはすごいな。まさか、ジョルジュ以外でオペラの話題が出るとは思わなかったよ」
三人の視線は、自然とノーラに集まった。
「それはそれは、よろしかったですこと」
ノーラはあいかわらずの態度だ。
「かあさん、あのね、寮生活についても聞いてきたんだけど」
寮生活と聞いて、ノーラの顔が一瞬真顔になった。
「いきなり寮生活になるって、大変だろ?だからさ、始めは週に三日ぐらいから始めてもいいんだって。よほどの遠方でないかぎり、みんなそんな感じだって言ってたよ。それにね、週末は家に帰ってもいいんだって」
「そうなのかい?学校もいろいろ考えてくれているんだね。よかったじゃないかノーラ、これで少しは安心できるんじゃないか?」
三人はそろってノーラを見た。
三人の視線を感じていただろうが、ノーラは、紅茶の表面に映る自分の顔を見つめていて、何も言わなかった。
デレクとライラが部屋を出て行ったあとに、レイモンドとノーラが部屋に残った。
すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んで、レイモンドは口を開く。
「ノーラ……」
「なんだって言うのよ。ライラは学校を気に入ったし、デレクも賛成してしまって。寮生活も相談できて、いいことずくめよね?これでも反対している私は悪者ってわけなの?」
「そんなことは言っていないよ。ノーラ、お前がライラを心配しているのはわかるよ。でもね、そろそろライラを心配しすぎるのをやめる時期じゃないのかな?」
「……」
「ノーラ、ライラがいつまでも『かわいそうな子』のままでいたら、ライラは幸せになれないよ」
「『かわいそうな子』のまま?」
「そうだよ、ライラは両親が亡くなって、たしかにつらい経験をしたよ。でも、前に進もうとしてるんだ。それなのに君はそれを応援しないのかい」
「そんなつもりは……」
「わかってるよ、君は姉さんのかわりにライラを守ろうとしているって。でも、今回のこと君の姉さんだったら、どう思うかな?」
「姉のことを持ち出すなんて、卑怯よ……」
「そうかもしれないね。でも、考えてみて欲しいんだ」
ライラの両親は二人とも医者だった。姉は結婚する前から災害地域など、医療支援が必要なところに出かけて行って、両親も自分もいつもハラハラしていた。
結婚して、ライラが生まれて、ああこれで姉さんも落ち着くだろうと思ったのに……。
ライラが10歳のときに、姉夫婦が激しい感染が起きた旧ディールス地区に医療支援に行くといったとき、ノーラは耳を疑った。
まだ10歳のライラを置いていくなんて、となじるノーラに、姉は困ったように
「置いていくんじゃなくて、あなたたちに預けるのよ」と言って笑った。
「もしかしたら、帰れないかも知れないけど、後悔したくないの」そういった姉は凛として美しかった。何も言えなくなった。
「そうね……。姉は反対しないでしょうね……」
「ノーラ、じゃあ?」
その後ノーラは、始めは週三日から寮生活をはじめること、週末は必ず帰ってくること、を条件に入学を認めることになった。




