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番外編1

POV ― 夢


私は軽い眠気を引きずったまま伸びをした。頭はまだぼんやりしている。けれど、今日はできるだけ早く一日を始めなくてはいけない。これは吉住夢の人生における一つの転機になるはずだから、今を逃す手はなかった。


「よし、やってやるわ。楽勝よ」


母は外出中で、父はやけに機嫌がよさそうだった。絶好のチャンスだ。父が朝食をとっているテーブルに歩み寄り、向かいの席に腰を下ろすと、出せる限り悲しく、哀れっぽいため息をついてみせた。雨に打たれて捨てられた子犬を見たら、きっと誰もがこんな顔をするだろう。


「どうした、夢。空くんと何かあったのか?」


「空との関係は完璧よ、心配してくれてありがとう」


そう即答したい衝動を、必死に抑え込んだ。


「ううん、そうじゃないの。ただ最近、自分の将来についていろいろ考えてて……」


父はコーヒーカップを置いた。私を理解しようとしているらしい。


「たしかに、お前の身体はまだ弱い。学校には通えるようになったとはいえ、無理をすればまた倒れかねない。でも、仕事のことなら心配しなくていい。時が来たら、父さんがいい就職先を用意してやれる」


心の中で思わず舌打ちした。この会話は、まずい方向に転がり始めている。でもまだ序盤だ。悲しげな声色を保ちながら、うつむき続けるしかない。


「うん、そうよね。結局のところ、私はただの綺麗な置物なんだわ。夢なんて、一生叶わないのね。でも、大好きなお父さんに心配なんてかけたくないから」


その瞬間、父の顔からみるみる血の気が引いていくのが分かった。まるで「しまった、盛大にやらかした」とでも思っているような顔だった。


「そんなつもりで言ったんじゃない! だから……お前が本当に何を悩んでいるのか、話してくれ」


一人娘というのは、実に都合がいい。父はいつだって、最後には私に折れてくれる。母もこれくらい説得しやすければ、私の人生はほぼ完璧なのに。


「あのね……私、一人っ子でしょ? 兄弟がいたことなんて一度もなくて、ちょっと寂しいなって思うときがあるの……」


「ああ、それは……ほら、母さんもあまり身体が丈夫じゃないだろう。だから、何人も子供を持つと母さんの負担になるかもしれないと思って。それで、愛情は全部お前に注ぐことにしたんだ」


「うん、分かってる。でもそれって、お父さんの跡を継ぐ子供がいないってことでもあるよね」


「正直、そういうことにはあまりこだわっていない。うちが医療系の家系だからって、お前まで同じ道を歩む必要はないんだ」


「よし、あと少し。あと少しでいけるはず」


「前にも何度も言っただろう。父さんは、お前が幸せならそれでいい。だから、お前に何かを背負わせたくないんだ」


私はもう少しだけ視線を落とし、ため息をついた。


「うん……本当は、医学を学びたかったの。でも、しょせん馬鹿げた夢だったのかもね」――できるだけ気力のない声で、すべてがもう終わったことのように装った。


「……そんなに、本気だったのか? 前は、進路に迷ったら経営学を勉強するかもしれないって言ってなかったか?」 自分の娘が以前言っていたことと矛盾していると気づいたのか、父はどこか疑わしげに返した。


「たしかにそのとおりなんだけど、空と一緒に大学生活を送りながら、寄ってくる猫たちを追い払うことのほうが、進路が決まってなかったあの頃に言ったことよりずっと大事だったのよね」


「うん、ただ考えただけなんだけど……」私は言葉を切った。「でも、一人娘なんだから、お父さんの後を継いだほうがいいんじゃないかって。そうすれば、お父さんも誇りに思ってくれるかもしれないって思ったの」――もう厳しい現実を受け入れたとでもいうように言葉を続けた。「でも、そうよね。結局私は、その立場を得るために何ひとつ努力してこなかった、ただの綺麗な置物になるだけなんだわ」


もちろん、プロゲーマーになるという道も魅力的ではあった。けれど、どうせ自分が一番なのだから、本気になる相手すらいない勝負を続ける意味なんてあるだろうか。


「夢……そんなつもりじゃなかったんだ。お前が本当に医学を学びたいなら、父さんとしては……」


「よし、もらった!」


勝利を確信しかけた、まさにその瞬間だった。あと数秒、たった数秒であがれるはずだったのに、一つの人影が食堂に入ってきた。この状況において最悪の変数が現れてしまった――母だ。


「あら、本気で医学部を目指すつもりなの?」


ここにいるはずのない人が、そこにいた。


「なんでここにいるのよ!? 会議があるはずじゃなかったの!? どうしてこう、運命は私みたいな無垢で愛らしい娘ばかりいじめるわけ!?」


「お母さん、会議中じゃなかったの!?」抑えきれない声が出てしまった。


「あったわよ。でも、事前連絡なしに早く帰ってきたって別に悪いことじゃないでしょ」母は落ち着き払って近づき、しばらく私を観察した。「それとも――これ、可愛い彼氏ともっと一緒にいたいがための作戦かしら? あなたの恋人として、もう認めてはいるけど、彼のために人生まるごと変える必要はないのよ」


「一人娘なんだから、医学に興味を持ってもおかしくないでしょ」私は主導権を取り戻そうとして言った。「それに、お母さんなら、応援してくれるわよね?」


母はテーブルからりんごを一つ取った。


「所詮、私だってお人形さんみたいに生きたくないのよ。ちゃんと自分の価値を証明したくて……」


母はりんごをシャクッと一口かじると、平然と尋ねた。


「ごめんなさい、何か言った?」


「自分の価値を証明したくて……」


シャクッ。


「お母さんが娘の話をそうやって遮るのはどうかと思うわ!!」


「あの人、一体何なの。せっかくあと少しだったのに」


「あなたも話を逸らすのはやめなさい」母はまるで勝敗をもう決めきったかのように、落ち着き払って答えた。「正直に言いなさい。コネを使って、試験も受けずに空くんと同じ大学に入れてほしいんでしょ? 違う?」


一瞬、身体が凍りつき、冷や汗が噴き出した。


「いや……まだいける。まだ挽回できるはず」


「別に、家族にもう一人お医者さんがいたらいいなって思っただけよ……」私は必死に、会話の主導権を取り戻す方法を探しながら言い訳した。


「それなら、もういるじゃない。あなたが空くんと結婚すれば」母は一切迷わずに答えた。「あの子、本当にすごい子よね?」


「そう、そうなの! あの子、本当に頼りになるし! 迷ってるときも可愛いし、心配してるときも可愛いし……ああもう、大好き!」私は状況をすっかり忘れて叫んだ。


「それに、彼は医学を学んでいるんだから、頼ればいいじゃない?」母は話を続けた。さすが私の母、良い相手を見抜く目は確かだった。そう、空以上にいい相手なんて、この世に存在しない。


「そう、そうなの、最高よ! きっとすごいお医者さんになるわ! 私の未来の旦那様なんだから、当然よね!」想像するだけで、胸が高鳴った。


はっきりと目に浮かんだ。二人で同じ大学に入って、毎週末たくさんデートをして。卒業したら結婚して、友達や家族みんなが結婚式に来てくれて。子供もたくさん授かって――一人は彼の緑の瞳と私の髪を、もう一人は彼の黒い髪と私の瞳を受け継いで。いたずらでどれだけ疲れさせられても、二人が健やかに、幸せに育っていくのを見守るの。そうやって、私たちの愛はどんどん深まっていく。


「なんて完璧な人生なのかしら……」


まるで自分の周りに、幻の花が咲き誇っているような気分だった。この瞬間がずっと続けばいいのに。


「だったら、何も問題ないじゃない」


母の声で、私は一気に現実へと引き戻された。


「家族にもう医者が一人確保されているなら、あなたまで医学を学ぶ必要はないでしょう。――彼を捨てるつもりでもない限りね」


「え? 捨てる? 今なんて言った? それより先に世界が終わるわ」


「な――何言ってるの!? 絶対にありえない! もし彼が離れようとしたって、私がもう一度彼の心を掴み直すだけよ!」私は思わずむきになって言い返した。母にも、父にも、そして空自身にだって、吉住夢の気持ちを疑う資格なんてない。


「はい、それじゃあ決まりね。うちの娘は経営学部に進学、と。さ、朝ごはん食べましょう。このやりとりのおかげでお腹が空いたわ」


「へへへ……勝った。案外あっけなかったわね」


「うん、お母さん、食べましょ……って、ちょっと待って、今何が起きたの!? だ、だめ! これで終わりじゃないから!! 話の続き、今すぐ再開するわよ!!」


けれど母はすでに落ち着き払って食事を始めていて、一人娘の必死な抗議など、まるで聞こえていないかのようだった。

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