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第21話 置き去りにされた遺体

雪に覆われた小道を、若い男女が並んで歩いていた。


「ねえ……もう遅くなっちゃったよ」

彼女はそう言って、隣を歩く恋人の腕にしがみつく。「このままだと間に合わないかも」


「大丈夫だって。ここに近道があるんだ」

彼は線路の方を指差した。「あそこ、柵が壊れてる場所がある。渡ればすぐ大通りに出られる」


「危なくないの?」


「この時間に電車は来ないよ。それに、前にも通ったことあるし」


彼女は一瞬だけ迷ったが、やがて小さく頷いた。

頬は冷気で赤く染まり、吐く息が白く溶け合っていく。


「ほんと、頼りになるんだから……」

微笑みを浮かべながら、彼女はささやく。「そういうところ、好きなんだよ」


数歩進んだ先で、二人はそれを見つけた。


白一色の風景の中に、明らかに異質なものがあった。


雪に滲む赤黒い染み。

線路の上には、押し潰された肉片と砕けた骨の欠片が散乱している。

夜の闇でさえ隠しきれなかった、乾いた赤。


二人は思わず立ち止まった。


「な、なんだよ……これ……」と彼が呟く。


彼女は両手で口元を押さえた。


「まさか……人、だよね……?」


さきほどまでの甘い空気は、一瞬で凍りついた。


「警察に連絡しないと」

彼は慌ててスマートフォンを取り出し、震える指で通報ボタンを押す。


『はい、こちら110番です。事件ですか、事故ですか』


「線路に……人の遺体みたいなものがあって……誰か、轢かれたみたいで――」


そこで、通話は唐突に途切れた。

彼は不安げに画面を見る。


「圏外だ……君の貸してくれ」


「私のもダメ……」

彼女は自分の画面を見つめ、眉をひそめた。「なにこれ、こんな場所で?」


二人は顔を見合わせる。


「交番まで行こう」

彼は決意したように言った。「このまま放っておけない」


だが、十歩も進まないうちに、目の前に人影が現れた。


長い金髪に、澄んだ青い瞳。

雪が降り続く中、彼女の白いコートだけは不思議なほど汚れひとつない。


「すみません」

柔らかな声が、静寂を裂く。「ここにいてはいけません」


男女は困惑した。


「何言ってるんだ? 後ろに死体があるんだぞ」

彼は苛立ちを隠さず言う。「あんたがどうでもよくても、俺たちは違う。通報する」


わずかな沈黙。

少女の表情が、ゆっくりと曇っていく。


「あなた方には関係のないことです。それに、通報の必要もありません」


「は? どういう意味よ」


言い争いになりかけた、その瞬間。


「すでに報告は済んでいます」

その瞳から、完全に光が消える。「どうかお帰りください。ここにいる理由は、もうありません」


彼は迷った。


目の前の少女からは、言葉にできない違和感が漂っている。

本能が告げていた。ここから離れろ、と。


彼女がそっと彼の手を握る。


「行こう……ここ、怖い」


張り詰めた空気の中、二人は後ずさりし、そのまま雪道を引き返していった。

足音が完全に消えるまで、少女は動かなかった。


やがて、その微笑が消える。

ゆっくりと振り返り、線路へと歩み寄った。


アリシアは、その前で立ち止まる。

数秒間、ただ見つめていた。


そこに、まだあった。


――彼の身体が。

いや、その残骸が。


「……ソラ」


名を呼ぶ声は、かすれて崩れた。


初めての友人になってくれた少年。

守護者であり、騎士のように傍にいてくれた少年。

かつて、恋をした相手。


今、その風見 空の身体は、無残にも線路に散らばっている。


アリシアは膝をついた。

コート越しに突き刺さる冷気など、意に介さない。


数週間前までは、皆で彼女の家に集まり、笑い合っていた。

勝手に家でパーティーを開くなんて聞いてない、と文句を言いながら。

それでも未来の話をして、またいつか全員で集まろうと約束していた。


唇が震える。


「……ひどい顔」

壊れた笑いを漏らす。「こんな姿、最後に残すなんて……ずるいよ」


涙が、雪の上へと落ちた。


◇◇◇


POV――エクス・マキナ


アリシアは精神的に不安定な状態にある。

かつてなら多少は問題視したかもしれないが、今は違う。


彼女は、唯一ある程度自由に扱える駒だ。

任務を遂行する限り、それ以外は些末事に過ぎない。


優先すべき案件は他にある。


【状態:異常行動を検知】


風見 空の遺体は、規定プロトコルに従わない。


魂を保持していない以上、本来であれば抵抗は不可能。

速やかにシステムへ吸収・分解されるはずだった。


しかし予測に反し、崩壊するどころか――自己修復を開始している。


【分解プロセス再試行……】

……

【再試行……】

……

【Error】


外部からの干渉は検出されない。

現象の発生源は、当該個体の残存組織そのものと推定。


介入は不要。

組織は徐々に、自律的に再構築を進めている。


だが、魂を欠いた器に、いかなる意識が宿るかは予測不能。


【対応:アクティブ監視】


一瞬、直接介入の選択肢を演算する。


「……フン」


わずかに人間味を帯びた、金属質の声が漏れた。


「扱いを誤れば、厄介な事態になりかねないな」


夜はやがて明ける。

日の出とともに、この異常事象は終息するはずだ。


そうなれば、外部の観測者がここで事故があったと断定することは不可能になるだろう。

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