2-9.合成獣
「こいつは……」
合成獣の死骸を前に、商人も護衛の冒険者も、言葉少なに立ち尽くしていた。
「兄ちゃん。こいつ、どんな戦い方してたんだ?」
ガロンの視線は合成獣に固定されたままだった。
「頭の虎みたいなのが口から火を吐いて、尻尾の蛇は毒液を吐いてきましたね。背中の山羊は特に何も。その場で体を捻って体当たりはされましたが、頭の虎がやったのか、山羊がやったのかはわかりません」
仁の言葉に、ガロンの厳つい顔が驚愕に染まった。ガロンが視線を仁に移す。
「まるで、それぞれに意志があったように聞こえるんだが」
「ええ。俺にはそう見えました。もちろん全く別々に動いているわけではなく、共通の意志も感じられました。ただ、油断していたようで、あまり連動した動きは見せませんでしたが」
「そうか……」
ガロンが顎に手を当てた。
「それで、どうする兄ちゃん。俺としてはこいつをメルニールの冒険者ギルドに持ち込んでもらいたいんだが。見たことも聞いたこともない魔物が街道近くに出たとなりゃ、冒険者としては放置できねえ」
「俺としては構わないのですが、これをどうやって運べば?」
「そうなんだよなぁ。それがなー」
合成獣の巨体を眺める。大きなソリ等を用意して馬を何頭も用意できれば運べないではないが、すぐに用意できるものではなかった。アイテムリングに収納することはできるが、あまり大っぴらにしたくなかった。
「なぁ。嬢ちゃんの技能でなんとかならないか?」
「玲奈ちゃんの技能では物を呼び寄せるのは無理だと思います」
仁の隣で玲奈が首を傾げながら仁を見た。
「ね。仁くん。仁くんの身に着けている武器とか防具も一緒に呼べるけど、持ってるものはダメなのかな」
言われるまで気付かなかった。仁個人を召喚するのであれば、召喚する度に裸になってしまうはずだった。
「その発想はなかったな。装備してるものも移動できるんだから、俺の所持品扱いになれば、或いは……。玲奈ちゃん。ちょっと実験してみよう」
ガロンが周囲の人に下がるように告げ、玲奈は周りに人や障害物のない場所へ移動した。仁は合成獣の蛇の尻尾を掴んだ。
「じゃあ、玲奈ちゃん。お願い!」
離れた玲奈に届くように大きく声を上げた。それを受けて玲奈が目を閉じて祈るように胸の前で手を組む。玲奈の長髪が微風に撫でられて小さく舞った。前髪がサラサラと流れていた。数瞬後、仁の体が青い光に覆われ、それが仁の手を通して合成獣に広がっていく。
「「「「おおおお」」」」
周囲で様子を見守っていた人たちから感嘆の声が一斉に零れた。その声で玲奈が目を開けると、合成獣の巨体が仁と共に無事召喚されていた。
「すげえな、嬢ちゃん!」
ガロンが賞賛の声を上げた。リリーが口をあんぐりと開けていた。マルコの瞳が鋭く光ったような気がした。
その後、荷と馬車の無事を確認したマルコたちは玲奈を連れて一旦先にガザムまで戻ることになった。マルコと相談し、マークソン商会がガザムの街で借りている倉庫で玲奈に召喚してもらうことにした。仁を残して商隊が去る間際、玲奈の技能について他言無用をお願いした。命の恩人の不利になるようなことはしないと、皆快く約束してくれた。
「残るのは俺一人でよかったのに」
ガロンが合成獣をまじまじと観察していた。
「この街道も最近随分と往来が少なくなっちまったが、それでも全く通らないわけじゃねえからな。兄ちゃんが説明するより、冒険者の俺がいた方が何かといいだろう。それに、大分回復してきたようだが、兄ちゃんのMPも残り少ないようだしな。せっかく生き延びてくれたってのに、借りを返す前に死なれちゃあ寝覚めが悪すぎるってもんよ」
ガロンは人好きのする笑みを浮かべていた。無意味に飾らない態度を仁は好意的に思った。
「兄ちゃん。こいつが何かわかるか?」
笑みを引っ込めたガロンが問う。
「俺の故郷に、キマイラという、いくつかの生物の特徴を持ち合わせた怪物の伝説があります」
「こいつがそれだと?」
「いえ。その伝説を元にして、複数の生物を人工的に掛け合わせてキマイラのようなもの、合成獣を造り出そうとしたという伝説も残されています。それに類似した伝説を知っている、もしくは似た着想を持った何者かが造り出したものではないかと考えています」
「合成獣か……。あながち間違ってないかもしれねえなあ」
ガロンが合成獣の虎の顔の赤い体毛を手で掬った。
「燃えるような赤い体毛を持ち、口から火を吐く。それとこの大きさ。これは話に聞く地獄火炎虎の特徴と一致する」
続いてガロンは濃い灰色の山羊の胴体に手を触れた。
「この巨体と闇に溶け込むような灰色の皮膚。これは地獄荒山羊」
さらに続けて毒蛇の紫の体表を撫でた。
「んで、これは地獄毒蛇かもしれねえ。どいつもこんな人里近いところには住みつかない強力な魔物だ。単体で見つかっても大事なのに、それが3匹引っ付いてやがるなんてな。一体何が起こってやがる……」
二人の間に一陣の冷たい風が吹いた。日が傾き、西の空が赤く染まっていく。夕日に照らされる合成獣の死骸には、不気味さしか感じなかった。
「そもそも銀狼に率いられた殺人狼の群れがこんな街道に出ること自体がおかしかったんだ。奴らはこの辺りの森の奥を縄張りにしてたはずだ。もしかしたら、こいつに住処を奪われたか、追われていたか……」
ガロンが毛のない頭をがしがしと掻いた。
「こんなことになるなんて全くついてねえなあ。いや、兄ちゃんたちがいてくれたのは運が良かったのか」
そう言ってガロンが不安を追い払うかのように声を上げて笑った。
それからガロンとは別の冒険者のチームが街道を通りがかった。合成獣の威容を目にした冒険者たちは一様に驚き、しばらく固まっていた。ガロンはガザムに寄らずにメルニールに向かうという冒険者たちに、冒険者ギルドへの報告を頼んだ。冒険者たちが歩みを再開した頃、仁の体が青い光に包まれ始めた。仁は慌てて合成獣の尻尾を掴んだ。
「お。嬢ちゃんたちは無事ガザムに着いたようだな。じゃあ兄ちゃん。また後でな」
仁が片手を上げるガロンを視界に収めたのを最後に、仁と合成獣の姿は光と共に街道脇から消えた。




