2-8.関係
「玲奈ちゃん、ごめんね」
仁は右斜め後方を俯き加減で歩いている玲奈に声をかけた。
「ううん。仁くんに怒ってなんていないよ。私がもっと強くならなきゃって思ってるだけだよ」
「それでもごめん。玲奈ちゃんの気持ちはわかってるのに、ひどい言い方だった」
玲奈は静かに首を横に振り、優しく笑った。
「それこそ仁くんが気にすることじゃないよ。私を守ろうとしてくれてるのはわかってるから。それに本当のことだしね。だから、謝るのは終わりね」
「でも……」
「じゃあ――」
仁の煮え切らない態度に、玲奈が仁の顔を横から覗き込む。身長の関係で自然と上目遣いとなっていた。仁の胸が跳ねた。
「ひとつだけ私の言うこと聞いてくれたら許してあげるっていうのは、どう?」
「それで玲奈ちゃんがいいなら」
「うん。ちゃんと覚えておいてね」
仁を気遣うように殊更笑みを深める玲奈を、眩しく思った。
(でも俺、玲奈ちゃんの奴隷なんだけどな)
仁は心の中で突っ込みを入れ、玲奈に笑顔を返した。
「あのー」
先ほどからチラチラとこちらの様子を窺っていた赤毛の少女が、話に一段落ついたのを察したのか、探るような面持ちで近づいてきた。幼さの残る顔の割にかなり発育の良い胸をしていた。ついつい胸部に目が行ってしまうのを鋼の意志で抑え込む。半歩下がって付いてくる玲奈の仁を見る目つきが少しだけ鋭くなった気がした。
「ジンさんに、レナさん、ですよね? お爺ちゃんにお名前聞きました。わたしはリリー・マークソンです。助けていただいて、本当にありがとうございました!」
リリーはそう言って深く腰を折った。頭の左右から垂れたツインテールが地面に着きそうだった。
それから道中、リリーといろいろな話をした。家名の通り、リリーはマルコの孫だった。まだ14歳で、この世界の成人まで2年あるが、祖父母の仕事の手伝いをしているとのことだ。マルコは商会長ではあるが、商会での業務を息子に任せ、よく現場に出て商隊を率いているそうだ。今回は帝都を出た後、メルニールに向かっている途中、少しだけ休憩を取っていたところを殺人狼の群れに襲われたとのことだった。殺人狼は単体ではそこまでの脅威はないが、銀狼など上位個体に群れを指揮されることで脅威度が跳ね上がる。
「ところで、お二人はお付き合いされているんですか?」
リリーの爆弾発言に、二人揃って一瞬固まってしまった。
「ち、違うよっ!」
慌てた玲奈を横目に、仁は同意を示すように何度も頷く。
「リリー。見てわかってると思うけど、俺は玲奈ちゃんの奴隷だよ」
「それですっ!」
言質を取ったとばかりにリリーが仁に人差し指を突き付けた。
「普通の関係性の奴隷は、主人をちゃん付けで呼んだりしませんっ!」
ドーンと背景に文字でも浮かんでいそうな様だった。
「えっとね、仁くんは――」
「それもですっ!」
リリーの勢い込んだ様子に、玲奈がたじろぐ。
「普通の主人は、自分の奴隷をくん付けで呼んだりしませんっ!」
背景文字再びだった。何と言っていいのかわからず、二人とも黙り込んでしまった。
「あの、もしかして、ジンさんってレナさんの、その、性奴隷だったりして……?」
先ほどまでのテンションをどこかでなくしてしまったかのように、リリーが声を落として探るように訊ねる。またしても二人揃って固まってしまった。質問の意味が頭に入って来なかった。
「ち、ちちちちち違うよ!」
玲奈が顔を真っ赤にして叫んだ。
「リ、リリー。俺は普通の奴隷だよ」
この世界の奴隷の中には主人の性処理をすることを目的として奴隷契約を結んだ、通称、性奴隷と呼ばれる存在が少なからず存在する。一般的な奴隷の場合、そういった行為を強要されないように契約の際に取り決めが行われることが多い。しかし、制約を破った際の罰則は奴隷にのみ与えられるため、バレなければ問題がないと開き直っている主人も少なくないと言われている。ただし、契約違反を起こした主人の手の甲には常時使役紋が浮かび上がり、それを外部に知られてしまうと、その主人の奴隷は奴隷契約を結んだ際に立会人となった奴隷商に引き取られることになっている。仁の場合は便宜上サンデルということになるのだろう。もっとも、二人の間に制約が存在した場合ではあるが。
ちなみに、奴隷側が契約違反をした場合、手の甲に奴隷紋が常時浮かび上がる。その状態の奴隷は違反奴隷となり、その主人はその奴隷をどのように扱ってもお咎めなしとなる。現在は隷属の首輪を義務付けることで、公的には違反奴隷は存在しないことになっている。
「で、ですよね。あんなに強いのに性奴隷のはずないですよねっ! そ、その、性奴隷の人は、プ、プレイの一環でお互いの呼び方を変えたりするって聞いたことが――って、わたし何言ってるんだろう。ごめんなさいっ!」
リリーが茹蛸のようになって必死に弁明していた。三人の中に照れ臭い空気が流れた。
「ところでさ、リリーは、いや、他の商隊の皆さんやガロンさんたちも含めてだけど、俺に対して普通に接してくれてるよね。グレンシール帝国の人たちのほとんどは奴隷を人扱いしないって聞いてたけど」
いたたまれなくなった仁が話題を変える。それはさっきから疑問に思っていたことだった。
「あ。お二人は国外の人なんですね。ジンさんの言うとおりなんですけど、メルニールの人たちは違いますよ。もちろん全員っていうわけではないですけど。冒険者や探索者にも奴隷はいますし、商隊でも護衛に戦闘奴隷を使ったりするのが要因かもですね。ひどい扱いをして、いざというときにちゃんと戦ってくれなかったら困りますよね。そんなこともあって、殊更差別する人は少ないですね。中には将来を約束して恋人同士になってる人もいるみたいですよ。もちろん奴隷とは結婚できないので、解放してからということになりますけど」
「それで俺たちが付き合ってるんじゃないかって思ったんだね」
リリーが頷いて続ける。
「でも、恋人同士でもなくて、その、性奴隷でもないなら、なんでレナさんはジンさんを解放してあげないんですか? そんなに仲良さそうなのに」
玲奈が仁を奴隷扱いしていないのに奴隷のままにしている状況に納得がいかないのか、リリーが訝しげな視線を二人に向けた。
「もしかして仁さんって、実は抑えの利かない変態さんで、奴隷にしておかないと一緒にいるのが危険だったりして……?」
リリーが一歩だけ体を引いた。とんだ濡れ衣だった。
「そ、そんなことないよっ! 確かにちょっとエッチなところはあるけど、いつも私を守ってくれる、すごくいい人だよっ!」
玲奈のいい人発言に仁が密かにショックを受け、リリーが安堵の息を吐いていると、合成獣の死骸が見えてきた。どうやら話し込んでいる間に到着したようだ。結局、二人の関係はリリーにはよくわからないままだった。




