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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二章

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2-7.激闘

 それは虎のような頭と山羊のような胴体、蛇のような尻尾を持つ巨体の魔物だった。仁は先ほどから感じていた不気味な気配は、複数の気配が混じり合って生まれたものだと察した。鑑定の魔眼を発動するが、レベル差があるのか、ステータスを覗き見ることはできない。しかし、仁はこの魔物に心当たりがあった。


「まさか、合成獣キメラ?」


 元の世界の創作物で度々目にした、複数の生物を合成して造られた生物兵器。この世界にそんなものが存在しているとは思ってもみなかった。合成獣キメラの元になったと言われるギリシア神話に登場したキマイラのように、元々この姿の魔物だという可能性もあるが、目の前の魔物から感じる気配が、それは違うと告げていた。


 森から出てきて辺りを窺っていた合成獣キメラの視線が仁を捉えた途端、虎型の口が大きく開かれた。


(まずい!)


 真横に素早く避けると、今いた場所を火炎が通過した。火炎はそのまま放射状に広がり仁に迫る。仁は火炎に追われるまま弧を描くように合成獣キメラの右側面に走りながら銀剣から雷撃ライトニングを放つ。分厚い皮に阻まれたのか、効果が見えない。


(それなら……)


 一気に接近して側面の山羊の胴の部分にミスリルソードで斬りかかるが、右側面から鞭のような尻尾が襲いかかる。仁は咄嗟に振るう剣の軌道を変えて切り払おうとするが、その直前に尻尾の先が口を開けて、紫の毒液を吐きだした。尻尾の先に、毒蛇の顔があった。


火盾ファイヤーシールド!」


 銀剣の先に魔法の盾を作り出し、毒液から身を守る。その直後、左肩に衝撃を受けて弾き飛ばされた。合成獣キメラが体を捻って体当たりしたのだ。胴体の上部に生えた山羊の頭の細い目が仁を嘲笑っているかのようだった。何とか空中で体勢を整えて着地した。


「くっ」


 正面からは体格差があって見えなかったが、山羊の目と蛇の目が巨体の弱点である側部や背部の死角を消していた。ゆっくりと虎の顔が仁に向く。再び虎の口が大きく開かれ、その奥が赤く光った。仁は火炎を横に転がるようにして避け、体勢を低くしたまま側部を越えて背部に回り込んだ。腰を落として双剣を構える仁に、毒蛇は嘲るように左右に揺れた。


 仁が地を蹴って尻尾の先を目指して一直線に向かって行く。毒蛇は地を這うように進む仁を正面に捉えた。


闇霧ダークミスト!」


 銀剣から放たれた黒い霧が毒蛇の顔を覆い隠した。毒蛇は纏わりつく霧に視界を奪われ、焦ったように毒液を放つが、仁はそれを跳躍して避けると、そのまま毒蛇の頭を足場にして空高く跳び上がった。落下の勢いに任せて銀剣を山羊の頭に突き刺す。


雷爆ライトニングバースト!」


 山羊に刺さったままの銀剣を通して合成獣キメラの体内へ雷球を流し込む。


「ギィアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ありったけの魔力を込めた雷球が弾けて合成獣キメラの体内で暴れまわる。闇霧ダークミストを振り払った毒蛇が仁を弾き落とそうと迫るが、その動きは明らかに鈍っていた。仁は紙一重で避けて右手を一閃。尻尾から毒蛇の頭を斬り落とした。合成獣キメラは堪らず体を大きく揺らした。仁は振り落とされる前に銀剣を抜き去って背から飛び降りる。同時に合成獣キメラの巨体が崩れ落ちて地に衝撃が響いた。


「グルゥウウウウウウウウウウ」


 合成獣キメラは低く唸りながら力の入らない四肢を無理やり持ち上げ、仁を押し潰そうと最後の力を振り絞るが、それを避けられない仁ではなかった。仁は虎の顔と山羊の胴体を繋ぐ首の付け根の横から、魔力で強化したミスリルソードを突き刺した。仁が大きく息を吐く。合成獣キメラは動きを完全に止めていた。


(こいつが俺を舐めていてくれて助かった。この巨体を使って力押しで来られたら危なかったかもしれない。まだまだ力が足りないな)


 仁は魔力を大量に消耗した反動で感じる気だるさの中、玲奈にどう謝ればいいか頭を悩ませる。


「とりあえず、坊主頭のリーダーさんが言ってたガザムの街に向かうか」


 仁は地図と商人たちが逃げた方角から大よその見当をつけ、そちらに向けて歩を進めた。しばらくすると仁の体が青い光に覆われた。




「仁くん……!」


視界を遮っていた青い光が消えると、目の前に玲奈がいた。澄んだ瞳から涙があふれ出ていた。


「ありがとう、玲奈ちゃん。ちょっと魔力を使い過ぎて歩くのが辛かったんだよね。呼んでくれて助かったよ」

「仁くん。仁くん。無事でよかった……」


 涙を手の甲で拭う玲奈を愛おしく思った。


「おう、兄ちゃん。無事だったか。嬢ちゃんが技能で兄ちゃんを呼ぶってんで半信半疑だったが、本当に呼べるとはな。すごい技能だな」


 坊主頭がごつい顔に驚きと笑みを浮かべていた。周りを見渡すと、商隊の面々がこちらの様子を窺っていた。特殊従者召喚を知られてしまったが、玲奈を責める気持ちは浮かばなかった。


「今、ここの守備隊に知らせたとこなんだが、あの化け物はどうなってる?」

「あ。ええっと。倒しました」

「は?」


 坊主頭が呆けたような表情を浮かべた。


「すまん。もう一度言ってくれ。化け物をどうしたって?」

「あ、はい。俺が倒しました」


 今度こそ坊主頭の大きく縦に開かれた。


「逃げる途中に遠目で見ただけだが、あのどでかい化け物を兄ちゃん一人で倒したってのか! こいつはすげえ」

「あいつ、俺が一人だったからか油断していまして。その隙を突いて何とか。ご覧の通り魔力を使い果たしてふらふらですけどね」


 ふら付いた仁を、玲奈が横から支えた。胸当てが邪魔だった。それでも玲奈の体の柔らかさが伝わり、心地よさと恥ずかしさの両方を感じた。


「おい。誰か守備隊にもう大丈夫だと伝えてきてくれ」


 坊主頭が仲間に指示を出して、玲奈に支えられたままの仁に手を差し出した。仁はその手を握り返した。


「本当に感謝する。兄ちゃんがいなかったらどうなってたことか。商隊だけでなくこの街も危なかったかもしれねえ。俺はメルニールで冒険者をしてるガロンっつうもんだ」

「俺の名前は仁。彼女は玲奈です。訳あってメルニールに向かう旅の途中です」

「そうか。この借りは必ず返すぜ!」


 気持ちのいい笑みを浮かべるガロンと話していると、白髪混じりの男性が近づいてきた。


「ワシはマルコ・マークソンと申します。メルニール公認のマークソン商会の会長を務めております。この度は本当に助かりました。聞けばお二人も同じくメルニールに向かっているとか。お二人にお礼もしなくてはなりませんし、ぜひご一緒していただけませんか?」

「お気持ちは大変ありがたいのですが、その、少し訳ありでして。俺たちと一緒だとご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんので」

「ふむ。何やら事情がおありの御様子。ですがご安心ください。このマルコ、何があろうとも命の恩人を売るような真似はいたしません。それにメルニールは犯罪者でなければ誰でも受け入れる自由都市。ワシもメルニールの在り方に賛同している身。例え帝国の騎士が相手でもお二人をメルニールまでお連れしてみせましょう」


 仁は横の玲奈に視線を送る。玲奈が頷くのを確認して、マルコに頭を下げた。


「ぜひご一緒させてください」


 仁の言葉にマルコは満足げな笑みを浮かべた。


「ではワシらはこれから一旦荷を取りに行きますが、お二人はどうされますか? 化け物は倒したジン殿のものなので、できればご一緒していただきたいのですが」

「はい。わかりました。俺も一緒に行きます」


 仁は玲奈にもう大丈夫だと告げ、二人並んで商隊の面々やガロンたち護衛と一緒にガザムの街を出発した。


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