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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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最終話 人として、人の中で

「あーっ! フィリアおねえちゃんだあ!」

「おかえりっ!」

「おみやげ、ねえねえ、おみやげは?」


 北の果て、霊峰ソルスで折り返して南下すること半月。

 いろいろあった私たちの村巡りもようやく終わりを迎え、無事に王都に戻ってきました。

 懐かしい神殿の門をくぐると、孤児たちが一斉に駆け寄ってきます。


「マーテル様、お帰りなさいませ!」

「オルニット殿下、お帰りなさいませ!」


 同行していたこの国の王族二人の側仕えたちも勢揃いしていて、それぞれの主をほっとしたように迎えています。

 本来なら何人かは同行するのが普通なのですが、今回は不透明だったコリント卿の動きを警戒して、竜に乗って急遽飛び立つという慌ただしいものでしたからね。



 ――コリント卿といえば。



 彼らはひと足先に王都に護送され、中央神殿があるコンコルディア教国との外交交渉の手札兼人質になっているそうです。

 教国側は表向きは「中央神殿には闇神官などおらぬ」と突っぱねているそうですが、マーテル様の息子であるレグルス陛下が巧みに舵を取り、水面下で多額の賠償をせしめられそうだとか。

 これまで碌な外貨獲得手段がなかった貧しいアルビオンですから、そのお金で何ができるのか、マーテル様とクラヴィス様があれこれと活発に話し合っていましたっけ。


 結局、コリント卿たちの凶行は、中央神殿内の権力争いが下地にあるそうで。

 霊峰テペの黒龍の反応から「ラエティティアの神具と、それを司る巫女がアルビオンに現れた」ことを知ったコリント卿は、歴史上初めてのラエティティア様の神具出現に驚喜し、密かにそれを己が物にするべく動き出したのだとか。


「ラエティティア様本人が下賜した神具など、どれほどの力を持っていることか。そうでなくとも、所持を匂わすだけで神殿内部や諸外国に向けて絶対的な権威を振りかざせる――奴はそう考え、喉から手が出るほど欲しかったのだろう」


 クラヴィス様の説明が頭に蘇ります。

 村巡りの旅の後半に、馬車の中でゆっくり解説してくれたのです。


「ただ、奴らは神具の在処ありかまでは神託を読み解くことが出来なかった。そこで浮上したのが、ラエティティア様と関係の深いアルゲオウェントスが北の果ての祠で何かを守っているという有名な話だ。それを曲解して、神具はその祠にあると考えたらしい。まあ、強固な結界があって誰も奥には入れない――そこで何が守られているのか、昔から憶測は飛び交っていたからな。魔物を操ってマグニフィカトに襲来したのは、結界の破壊を目論んでのことのようだ」


 そう、本当に危なかったのです。

 もし神具が腕輪で、私がそれを身に付けていると知られていたら。


「フィリア、其方のことは神具を司る巫女とまでは知られていたのだが、入国早々接触を図ったコリント卿の第一印象では、其方は精霊契約もしていないただの無力な小娘に映ったそうだ。さらに、その後の行動だけ追えばマグニフィカトの祠へと向かっているように見え、各地の豊穣祈祷は其方がいなくとも奇跡的な効果を上げている。つまり、ただ神具を祀るだけの添え物だと思われていたのだろうな」


 まあ、結果としては良い方向に勘違いしてくれていた訳です。

 私がお手伝いした儀石が各地で派手な効果を上げていると聞いた時には、やらかした感で頭が真っ白になっていましたけど。


「だがその後、操っていた魔物が滅ぼされ、結界を破ってその奥に入れなくなってしまった。それであの晩、ニゲルを使って其方の誘拐を企てたのだ。其方がいれば祠に入れるだろう、とな。そしてそれも失敗する。コリント卿に残された手段は――まあ、そこで其方を祠に向かわせ、罠を張った訳だ」


 と、あの囮大作戦の裏側はそういうことだったようで。

 まあ、クラヴィス様もそこまで全てが分かっていた訳ではなく、漏れた神託の内容とコリント卿の行動を見て、私が守護龍の祠に行けばかなりの確率でコリント卿が釣れるのではないか、と予想しただけとのこと。


 クラヴィス様としては、終わったことは終わったこととして、結界を破る手段としてなぜ最初に魔物を操ることを選択したのか、今はそちらの方が気になっているようです。

 最低限の軍事力しか持たない神殿国家であるはずのコンコルディア教国、それがもし、影の軍隊として魔物の軍勢を操る方向で動いていて、今回のマグニフィカト襲撃は、その実験をも兼ねていたとしたら――



 まあ、そこまで行くと私にはチンプンカンプンです。



 私の目下の関心事項はふたつありまして、そのひとつ目は、あの神秘的な谷間で祝福を贈り、その後たくさんの精霊が生まれているということ。


 アルゲオウェントスとアウローラがあの谷に留まって世話をしてくれていまして、時々アウローラがこっそり報告に来てくれるのです。まだ目に見えて瘴気が薄まった気配はないのですが、夏の祝福祭の村巡りでまたあの谷間に足を運び、もう一度祝福を贈って精霊の第二陣を生み出そうと密かに目論んでいます。



 そして、もうひとつの関心事項――最近はこちらで頭がいっぱいになっています――は、と言うと。



 マーテル様がひとつ、私に提案というか、申し出をしてくれたのです。

 それはこれまで考えもしていなかったことで、驚くと同時に畏れ多くもあり、一体全体、どうすればいいのやら――




 私たちの帰還で沸き立つ人の輪の中、ちらりとそのマーテル様に目を遣ると、エマ姉さまに甲斐甲斐しくお世話をされつつ、馬車から降ろされる荷物について指示を出しているようです。

 うわあ、やっぱり私には無理かも。

 きっとみんなに後ろ指を指されてしまいますって。嬉しいと言えば嬉しい申し出なんですけど、あんな風に――



 ……こほん。

 ええと、初めから説明しますと。


 まず、あの谷を出て皆に合流した私はすごい勢いで問い詰められました。ええ、クラヴィス様とマーテル様には洗いざらい説明させられましたとも。


 私がラエティティア様の娘云々はさすがに伏せましたけれど、私の霊力が<聖>属性で、精霊を生み出すお手伝いをしてきたことは正直に話しました。

 まあ、実際に、存在すら知られていなかった光の大精霊(アウローラ)が突然出現したり、さらに私のことをお母様なんて呼んでいましたからね。それが背景となってある程度はすんなりと受け入れてもらえたようです。


 怖かったのは、クラヴィス様の喰いつきです。

 基本四属性と光と闇に続く、新たな七番目の属性――いつもの極寒仕様とは別の意味で背筋が凍るような目の輝きで、散々質問をされてしまいました。まあ、それで私が精霊に好かれやすくて、結果として私の周囲では精霊術の威力が高まるということ、あと、祝福その他が人と違うことなどなどの理由にもなるそうで、どうにかそこまでで解放してもらえましたけれど。



 それより、その後に続いたマーテル様の爆弾発言が私を悩ませているのです。



 ねえフィリア、私、ずっと考えていたのだけれど――そんな前置きを入れて、マーテル様は話を切り出してきました。


 今回の豊穣祈祷は国全体が沸き立つほどのお祭り騒ぎ、当然、中央諸国の注目も集まっています。例の神託がどこまで漏れたかは分かりませんが、コリント卿が最後には私を狙ってきたように、色々な意味でこの先また私に危険が迫る可能性は否定できなくて。


 そこにこの<聖>属性と、アルゲオウェントスを手伝って精霊を生み出すお手伝いをしてきたという話です。

 アルゲオウェントスは国が崇める守護龍、ここまで来るとアルビオンという国を挙げて私を手厚く保護する流れになるだろう、と。


「本当はオルニットの婚約者にでもなって貰うと話が楽なんだけど――」


 私、飛び上がって否定しましたとも。

 無理無理無理、それ、将来は王妃様ってことですよね?

 貴族風のお辞儀をするので精一杯なのに、言葉使いとかマナーとか貴族社会のあれこれとか、私には絶対無理ですから。


 なら、こういうのはどうかしら。


 必死になって否定する私にマーテル様が切り出した提案は――





「フィリア! お帰り!」





 ぼんやりと独り思い悩む私に、後ろから誰かが抱きついてきました。

 ヴァレリ姉さまです。……なぜか私のうなじに顔を埋めて、くんかくんかと匂いを嗅いでいますけれど。


「おおー久しぶりのフィリアの香り! ねえねえ聞いたよ? 大変だったんだって?」


 正面に回り込んで、まじまじと私の顔を見詰めるヴァレリ姉さま。

 うん、相変わらずの溌剌美少女さんですね。元気そうで私も嬉しいです……ちょっと変な道に入りかけているのが心配ですけど。


「フィリア!」


 マーテル様のお世話がひと段落したのでしょうか、今度はエマ姉さまが私を抱き締めてくれました。

 なみなみと注がれる懐かしい暖かさ――ああ、帰ってきたんだな、と抱きしめ返しつつしみじみと嬉しさに浸っていると。



「ねえねえ、フィリアおねえちゃん、おみやげはー?」

「フィリアおねえちゃん、わたしもぎゅってしてー」



 孤児の子供たちが私の袖を引いてきました。

 そうでした、一番初めに出迎えてくれたのに、私ったらなにをぼんやりと。ごめんね、みんな。


 一人ひとりを順番に抱き締めていって――えへへ、と恥ずかしそうに笑う子供たちが可愛くて、私の祝福がぶわりと――


 うひゃあ、危なかったです。

 最近あんまり暴走していなかったので、すっかり油断していました。



「うふふ、フィリアは人気者ね」



 マーテル様が皆を引き連れて歩いてきました。

 クラヴィス様、オルニット殿下、イネス姉さまにエンゾさんにルカ君。今回の中核メンバーがみんな一緒です。

 クヌートさんとルシオラさんは近衛の騎士さんたちと奥の方で竜たちの世話をしているようで――警備の意味もあって、帰りは竜たちも神殿まで連れて来ていたのです――、あ、地竜のティト君と目が合いました。きっと喉を鳴らしてますね、あれは。


 ティト君だけじゃなくて、マーテル様の騎竜のエズメラルダちゃんやエンゾさんの騎竜のヴィゴ君、ルシオラさんの騎竜のイリーナちゃん、この旅でみんな仲良しになりました。竜も精霊と同じように、私の金色の光を喜んでくれるんですよ?

 精霊のように純粋な存在ではないですけれど、竜も霊獣と呼ばれる存在だからでしょうか、みんな可愛い子犬みたいに懐いてくれるのです。


 みんな、旅の間ずっと守ってくれてありがとねー。

 私が手を振ると、一斉にぐるると鳴き声をあげてくれたみたいです。可愛い。また次の村巡りで一緒になれるといいな。



「フィリアおねえさま、おかえりなさいっ」



 天使のような声にふと視線を下げると、オルニット殿下の側仕えのテトラ様が、神殿の孤児たちの間に入ってにっこりと笑っていました。

 ちょっと見ない間に少しだけ背が伸びたのでしょうか、アイテール公爵家次男のテトラ様御年六歳、そのあどけない中性的な顔の破壊力はさらに磨きがかかっていて――



 ぐふっ!



 や、やばっ!

 瞬間的に祝福が沸騰し、抑える間もなく迸りそうに――ああ、イネス姉さま、タオルをありがとうございます。


 い、今のでまたラエティティア様の腕輪に光を貯められた、前向きにそう思うことにしましょうそうしましょう。

 三か月後には夏の祝福祭の村巡りでまたあの谷に行きますからね、たくさん祝福を贈れるように頑張って貯めておかないとなのです。


 タオルを手に仁王立ちする私を見るテトラ様他、子供たちの訝しむような視線は気にしたらいけません。そんな視線は存在しないのです。なぜなら、私はイネス姉さまのような淑やかな乙女なのですもの。イ、イネス姉さま、タオルはお返ししますわ。おほほほ。




 ……さり気なく周囲に助けを求めると、皆さん私を放っておいて解散前の簡単な話し合いをしているようです。

 おおう、私も当事者ですからね、是非参加しなくては。みんなはまた後でね。



「……マーテル様、今すぐという訳ではありませんが、守護騎士についてひとつ提案が」



 ん? エンゾさん真面目な顔で何の話をしているの?

 というか、何で今になってその単語を!? せっかく忘れてたのに!


 ああ、マーテル様もそんなに目を輝かせないでください。恋物語の中のお話なんですそれ!


「昔は我がアルビオンの神殿騎士団にも、特定の巫女を専属で守護する守護騎士がいたと聞いています。フィリア殿をより確実に守る為、その制度を復活させても良いのではないでしょうか」


「あら、それは悪くない話ね。うふふふ――ねえフィリア、誰がいい?」


「ふぇ!?」


 ちょ、ちょっとマーテル様、淑女にあるまじき声が出ちゃったじゃないですか!

 突然変なところで振らないでください!


 え、ええと?

 守護騎士のような凛々しい人と言えば、ぱっと思いつくのは殿下ですけれど――うひゃあ、目が合っちゃいました!


 あの、違うんです!

 ええとですね、守護騎士といえば恋物語。恋物語の登場人物といえば、殿下とかクラヴィス様とかがそれっぽいかなあって――げげ、クラヴィス様とも目が合っちゃいましたよ!


 そ、そんな意味じゃないんですっ。

 ただイメージ的にはそんな雰囲気かなあって――ぎやああ、氷点下の眼差しで睨まないで!


 で、殿下は逆にそんな嬉しそうな目で見ないでくださいっ!

 殿下はその、そもそも殿下ですし、それで真面目に努力を重ねて国民にも慕われていて、この国を背負って立つ雲の上の人なんです。私のお守りなんてしてる場合じゃないですから。

 それにええと、その整いまくったお顔でそんな風に微笑みながら近寄ってくるとですね、キラキラしいオーラに私の祝福が……いやあああ。


「あら、オルニットは駄目よ。国を継いでもらうのだもの、レグルスに怒られてしまうわ。それとも、この間の話――」


 うわああああっ! それ以上口にしちゃ駄目!

 こ、婚約なんて私、絶対に殿下と釣り合わないですから。




 それに、ええと…………。




 守護騎士といわれて一番初めに浮かんだのは、実は別の人というか。

 守護騎士の誓約の言葉だけ先に交わしちゃった人、いたりして。


 その人、見た目はあんまり恋物語っぽくキラキラはしてないんですけれども。

 というか、ぶっちゃけ顔立ちだけ見たらじゃがいもみたいな純朴な顔で。


 でも、祝福が暴走することは絶対なくて、一緒にいるとなんかほっとする人で。

 その人が傍にいて、何もしなくとも目が合った時に時々ふわりと流してくれる繊細な暖かさとか、いつもそれがじんわり嬉しくて。

 気付くと目で追ってて、剣を砥いでいる時の集中している顔とか、その合間に時々私を確認する表情豊かな若草色の瞳とか、なんか、いいなあって――



「うふふ、じゃあ、ルカにしましょうか」



 え、え、ちょ、マーテル様?

 そそそそそれはちょっと色々と制度的にどうかと思うですし何よりそんな読心術で暴露しないでください恥ずかしいです!


「ルカだったら精霊契約もしているし、光の加護もあるもの。剣の筋も良いようだし、何より光の大精霊様のお言葉に逆らっちゃいけないわよね。流石にすぐは無理だけれど、エンゾに鍛えてもらって、ある程度になったら守護騎士見習いからどうかしら、ねえルカ?」


 ふえ!? ちょ、ちょっとルカ君も!

 そんな迷いが吹っ切れたような顔で、目標を見つけたように大きく頷かないで!


「あらあらまあまあ。そういえば、フィリア、この間のお返事はまだ考え中かしら?」


 マーテル様がとびきりの笑顔で私を見ています。

 え、それって、例のアレのお話ですよね―― 




 ――マーテル様の、養女になるっていう。




 ええと、嬉しいことは確かなんですけど、やっぱり畏れ多くて。

 だって、王族になっちゃうんですよ? この私なんかが。


「あのね、私の養女といっても、国王の義妹になるとか政治の話とか、そういうことは考えなくていいのよ? 王位継承権もなし、政略結婚とかもなし。単純に、そうすれば対外的に貴女を守る強力な盾になるし、それより何より、名実ともに私の家族になって欲しいの。私、フィリアの母親になったら駄目かしら?」


 ……マーテル様、その言い方、ズルいです。

 断れないじゃないですか。


 マーテル様が、お母様。

 マーテル様が、私の家族…………。



「まあフィリア、泣いているの? まあ……」



 視界がぼやけてきた私を、マーテル様が優しく抱きしめてくれました。

 じんわりと蕩けるような暖かさが私を包んで、えずきが止まりません。


 家族って響きが…………すごくあたたかい、です。


 これまで神殿でエマ姉さまとか巫女の姉さまたちにすごく暖かく育ててきてもらって、みんな家族のように思っていますけれど、みんなにはみんなの本当の家族がそれぞれにいて、それが時々すごく羨ましくて。


 ラエティティア様が私の母と呼べる存在なのかもしれませんけれど、そのラエティティア様は女神様で。

 私のことを愛しい娘って呼んでくれて、それは涙が止まらなくなるほど嬉しかったんですけれど、そうそう甘えられる存在でもなく。


 人として、人の中で生きなさい――ラエティティア様は、最後にそう言ってくれました。

 それが、初めからの私の望みでしょう、と。

 私の心のままに、人として生きていきなさい、と。



 …………いいんでしょうか。

 私、マーテル様と家族になって、いいんでしょうか。





「ほらほらフィリア、涙を拭いて。可愛い顔が台無しよ?」


 私が落ち着くのを待って、マーテル様が優しく涙を拭ってくれました。


「フィリア、これまでも心の中で私はずっと貴女の母親だったの。でも、人とちょっとだけ違うからって、神殿に閉じ込めたり、寂しい思いをさせてごめんなさいね。私からすれば、貴女には感謝しかないというのに。……こんな私だけれど、フィリア、貴女の母親にさせてもらってもいい?」


 そう言って注いでくれる暖かさは、心が蕩けるほどに心地よくて。



「……はい、私こそ……ひっく……お願い、したいです……いいです、か?」



「まあ!」


 ぎゅううっと抱き締めてくれるマーテル様。

 これまでで一番のあたたかさが私を押し包み、同時に顔が胸に埋まって…………く、苦しいです……。



「あらまあ、ごめんなさいね。うふふふ」

 そう言って上半身を離してくれたマーテル様の蒼い瞳には、私と同じで、いっぱいに涙が貯まっていて。


「そうね、貴女も私の娘になったのだもの、来年、堂々と精霊院に入学することもこともできるわ。同じ年代の子供たちが大陸中から集まってくるの。これまで作れなかった同世代のお友達もきっと作れるわ」


 ……同世代の、お友達。


 それは、家族と同様、私の密かな憧れだったもの。

 ヴァレリ姉さまもいたけれど、やっぱり五歳も年上というのは大きくて。



 ――精霊院。



 行ってみたい、かも。



「うふふ、楽しみね。オルニットも入学することだし、一緒に行けばいいわ。オルニット、しっかりフィリアを守ってあげて頂戴。厳密に言うとフィリアはオルニットの叔母になってしまうけど――」


「なっ!」


 くすくすと笑うマーテル様に、殿下が猛抗議を始めました。


「フィリアは、ええと、私の妹です! いや……妹は違う、一番近しい家族です! その、いつかはそう……あ、いや、つまり、妹で! とりあえずはそれで!」


 耳を赤く染めて言い募る殿下。


「まあまあオルニット、しっかりしなさいな。貴方は自分の勉強をきちんとやりつつ、フィリアを守ればいいのですよ」

「当たり前です!」


「それとルカ、貴方も精霊院に行く資格は充分にあるわ。来年の入学までにエンゾに守護騎士見習いとして認められれば、フィリアの側近としても正式に申請できる。できればそうやってフィリアを傍で守ってほしいのだけれど――」


「……やります。頑張って鍛錬、します」


 ルカ君……。


「うふふ、決まりね。オルニットはフィリアの兄として、ルカは側近護衛騎士として、それぞれ頑張って頂戴。それまでに私の方でも地盤固めをしておくから、フィリアは安心して伸び伸びと精霊院生活を送ってくるのよ。そうね、夏休みにはお友達を連れて来てもいいわ。うん、それが貴女の目標よ」


 お、お友達……。

 私に出来るでしょうか……。


「気負わずに普段どおりにしていれば、きっと大丈夫。それにほら、まだ来年の話よ」

 マーテル様が、ちょん、と私の頬をつつきました。


 あ。

 これまでなかったその仕草が、なんだか妙に嬉しく感じて。

 随分と距離が近い、そう感じたのは私だけでしょうか。


 ちょっと勇気がいるけれど、思い切って言葉にしてみました。




「……はい、お母さま」




 同時に胸いっぱいに広がる、じんわりとした暖かさ。

 小声すぎて本人には届いていなかったけれど、何ともいえない幸福感が私を包んでいます。


 生活自体はきっとそれほど変わらないけれど、これから始まる、ちょっとだけ違う暮らし。

 来年には精霊院に行って、お友達をたくさん作って。

 暖かい人たちに囲まれて、後ろにはいつも暖かい家族がいて。


 これが人として、人の中で生きていくということ。


 これが、あの漂い続けた長い時間の中で、私がずっと渇望していたもの。



「さ、まずは戻ってお城に村巡りの報告に行きましょうか。今回は話すことがたくさんあるもの」


「……はい」


 私はそう答えて、そっとマーテル様と手をつないでみました。


 はち切れそうな幸福感と、私を包む暖かさ。


 すぐ傍には殿下がいて、ルカ君がいて。


 私は、にっこりと心からの微笑みを交わし合い、みんなと一緒にゆっくりと歩き始めました。












   ―  了  ―




「金色の巫女姫」はこれにて完結です。


投稿開始から一ヶ月、苦しい時もありましたけれど、本当に楽しい時間でした。

ここまで辿りつけたのは皆さまのお陰です。

ありがとうございました!

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