不老不死
「不老不死に、してくれないか」
後々考えてみれば、不老不死という願いほど馬鹿げたものは無いと、そう思う。
老いず、死なず。
ただ"それだけ"なのだから。
不治の病にかかる可能性も、自分一人では到底脱出できないような場所に閉じ込められる可能性だってある。
狂死することすら、許されない。
それは例え、この世界にいる生物が自分一人だけになっても叶うことはない。不死、だから。
話す友人もいない、守るべき存在もいない。
ただ、何時まで続くかわからない長い時間を無為に過ごす。
世界が破滅しても、尚、生きていられる。
まさに生き地獄という言葉が相応しい。
「だから言ったでしょう、そんなものは意味がない、と」
不意に聞こえた声に、ゆるゆると頭を上げる。
少女がいた。
見紛うものか。
白い髪、紫の瞳。黒に身を包んだ、少女。
不老不死などという下らない願いを叶えた少女だ。
「どうです?気分は」
「……最悪だよ」
「では、不老不死など願わなければよかった、と?」
「ああ……そうなるな。
友人は当の昔に死んだし、恋人は私の見た目が変わらないことに恐怖して別の男のところへ行ったさ」
自嘲気味に笑う。
失うものすらなくしてしまった。もう、どうしようもない。
飲まず食わずでも生きていける。ありとあらゆる欲がなくなったような、そんな時間を過ごしてきた。
「元に、戻りたいですか」
「……戻れる、のか」
「戻れますよ」
少女が囁く。
そういえば不老不死にしてほしいと少女に告げたときも、似たようなやり取りをした。
──「不老不死、でいいんですね?」
──「……なれる、のか」
──「なれますよ」
もう、こんな生き方は嫌だから。
「……──戻してくれ、元に」
「了承しました。では」
少女が右手を空に掲げる。
薬指に巻き付いている鈴が、りん、と静かに一度鳴った。
瞬間、辺りが真っ白になり、瞼を開けていられなくなる。
反射的に眼を閉じる。
少ししてから眼を開けると、そこには見慣れた街並みがあった。
少女は、いない。
ということは私は不老不死ではなくなった、のだろうか。
それなら何故こんなにも、嫌な予感がするのか。
あせる気持ちを押さえ、自宅へ歩を進める。
物音がひとつしない。鳥の鳴き声も、人の声や生活音も、一切聞こえない。
まさか。まさか。まさか。そんなことが、ありえるのか。
息を整える間すら惜しく、勢いに任せてドアを開ける。
部屋の中はかび臭かった。床を始め、家具等のあちこちに厚く積もった埃。
明らかに、かなりの年月人が使用していないことが見てとれる。
おかしい。そんな筈はないのだ。
私は友人と一緒に住んでいた。
友人が長期に渡って出掛けるときは私が家事全般をこなしたし、その逆ももちろんあった。
なら何故、こんなにも家の中が汚れている?
混乱している私の後ろで、つい先程聞いた声が響く。
「"あなた"は戻しましたよ。"あなた"以外は含まれておりません、悪しからず」
私が振り返るより先に、少女は姿を消していた。
私は脱力し、膝を落とす。
つまりは私以外の人間は全て生涯を終えたのか。
そして私が住んでいたこの街は、もはや誰もいない、あるのは廃墟だけ。
ここに来てようやく、少女の言葉の真意を理解した。
『不老不死になるには、それなりの"代償"が必要です。あなたにはそれが払えますか、それが何なのかわかりますか、それを失っても尚、生きたいと思いますか』




