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集中

好きだってこと?

紀野君が、私の事を?


でもそうだ。「気付いてくれてるといいな」って、そういうことだ。

それに、澪の教科書に挟まってるということは、恥ずかしいから渡しておいてと頼んだと考えていいだろう。確か二人は中学校が同じだったとかで、面識だけではなく、それなりに親交があったと記憶している。

想定はしていなかったが妄想はしていたこの状況に、鼻の下は正直な反応を示す。


「・・き村さん、幸村さん!答え!」


焦りを含む右からの声が私を一気に現実に引き戻す。

そして瞬時に、さっきまで心底恐れていたことが今起こっているのだと認識した。


「あなたねぇ、えっと・・・幸村さん?そこの席はいいよねぇ。私も良くわかるよ。集中しやすいからねぇ。」


早速、ご挨拶程度といったところだろうか。


「すみません、えっと・・・」


これは相当まずいことになった。集(・)中(・)しすぎたせいで、最早何を聞かれていたかすら分からない。答えるべきなのが、単語なのか、数字なのか、平仮名なのか。さすがにそこすら間違えたら、普段の嫌味では済まされないはずだ。


「さん、さん」


突如、天井に設置された扇風機の羽音に紛れるくらいの大きさの声が、再び右隣りから聞こえる。

彼、鳥井君とは普段事務連絡しかしないくらいの仲、と言えばこの教師が与える恐怖の大きさがわかるだろう。


「さ、③です。」


丸が付いているのかいないのか、そこすらつついてくるほど獲物に飢えている奴だ。


「・・・はい、急いで言い直しましたね。正解。素晴らしい。それに、このクラスの仲もとても良好なようだ。担任の先生も楽でいいねぇ。ええっと、幸村さん、ね。次のテストはとても楽しみにしていますよ。はい、それでは次は・・・」


鳥は次の餌食を探しに飛び立った。

今回は幸いかすり傷程度で終わったから良かった。

鳥井君にごく軽い会釈をして、また集(・)中(・)する。


そういえば、この手紙は澪の教科書に挟まっていたわけだが、わざと教科書を入れ違えたり、いちいち裏表紙の間に挟んだり、そんな回りくどいことをする必要があったのだろうか。

ページの途中に挟まっているのならまだしも、補強のために二重になった裏表紙の間なんて、何なら見ない確率の方が高い。


(何か別の目的がある・・・?)


だが、この字を見れば、そんな疑問など簡単に吹き飛んでしまう。

紀野君は、字が特段綺麗といったことはなかった。だが、筆圧の感じを見る限り、彼なりに相当丁寧に書いてくれたのではないかと容易に想像がつく。それに、力が入るということは少なからず緊張もあったのではないか。丸い角をぴったりと合わせてあるのも、スマホで打ちそうな文章をあえて手紙にしたためているのも、全ての要素に彼の想いを感じずにはいられない。


自分で保管しておきたいところではあるが、一応澪の教科書に挟まっていたものだ。だからと言って、こんなのが挟まっていた、と本人に行ったところで無駄に茶化されそうな気もする。でも、この喜びや驚きを誰かと共有したいという気持ちもある。一体どうするのが一番無難か、真剣に頭を悩ませる。


とりあえず、何と話せばいいのかもよくわからないし、気付かなかったことにしよう。

名残惜しさを感じつつも、そのルーズリーフを折り目の通りに畳み、また裏表紙の間に挟む。


(これで返せば、とりあえず私が気付いたかどうかは澪には分からないはず)


そして、気付けば黒板の前からはあの男が消えており、教室も騒がしくなっている。

授業が終わったのも気づかないくらい集中してしまっていた。


(澪がいるF組は美術だったから、まだ教室にはいないか。あとで適当な時にでも返そう)


そう決めて、廊下のロッカーへ次の授業の荷物を取りに行った。


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