滑り込み(折小野視点)
(これはなかなか上出来だぞ!)
手紙を代筆してやると決めてから、授業はそっちのけでせこせこと手紙をしたためた。
おかげで、本人の字と遜色ない超大作が出来上がった。本文は、ちょっと照れ隠しを交え、あえて「好き」とは書かない初々しいものにしてやった。あいつはスレてないから、変にキザなこととかは絶対に書いたりしない。それにしても俺って、結構文才があったんだな。
あ、でも、もう少し砕けた感じの方が読んでいて親近感が湧くか。今のはなんか、真面目って感じだ。まあ、変にメインを調整してもおかしいから、変えるとするなら「一日中USJに行くって。」のところだな。
一個「笑」をつけてみるか。かと言って、だから何って感じだよな。うーん。何かもう一文ほしいな。じゃあ、「本当男って馬鹿だよね笑笑」とかはどうだ?ちょっとLINEっぽい感じも良いんじゃねーかと思う。でも、一行足りなくなっちまったな・・・。
時計を見ると残り10分程度だ。かなり繊細な作業だから、さっきの1枚を完成させるのに15分くらいかかった。でもまあ、一回書いたやつを写すだけだから、ちょっと急げば行けるか。
ルーズリーフが入ったビニール袋を、テープの部分から音が鳴らないよう、細心の注意を払ってペリペリと剥がす。ハゲワシはこういうどうでもいいようなことをいちいちつついてくるからな。
そうして、授業も残り1、2分というところで、「改訂版」が出来上がった。少し駆け足になったが、しっかりと字は似せて書けている。それに、追加した文もなかなか男子っぽくて良いな。これをもらって喜ばない女子はいないはずだ。最後に消しカスを左手で払って完成だ。
そんなこんなで授業は終わり、俺は満足感に顔をほころばせながら、前方にある紀野の席へ向かう。そして背後から肩に腕を回して、静かに放った。
「良いものが出来上がりましたぜぃ。旦那」
「はいはい、それは良かったですね」
既に気温は夏を感じさせるほどに高いので、うざそうにあしらわれる。
ロッカーに行ってしまいそうな雰囲気なので急いで椅子に引き戻す。
「何、用があるなら早く言って」
そう言いながら、リュックの中を整理し始める。
「な、片手間で聞くなよー、本当に大事なんだから」
視線の合わない紀野の面前に、半分に折ったルーズリーフをちらつかせる。
「だから、何。何なの」
「いいからいいから、見てみてくださいよ」
俺に一瞥をくれて、手からサッとルーズリーフを取る。片手で開き、斜に構えて目を通し始めた。
紀野が読んでいる間、俺は机に手をついて肩を揺らしていた。
「はぁ・・・」
「どう?どう?なかなか良くできてね!?」
目をつぶった紀野に詰め寄る。
「捨てて。まじでくだらなすぎ。小学生?」
手紙を不躾に押し付けられる。
大体予想はしていたが、丹精込めただけあって俺も簡単には引き下がらない。
「お前がはっきりしないから、俺が書いてやったんだぞ。字もほとんどお前と変わらんし、感謝してくれていいくらいだ」
「はっきりしないも何もないだろ。お前が勝手に勘違いしてるだけ。早く捨てて」
さっき押し付けた紙を、今度は俺の手からパッと抜き取り、ぐしゃぐしゃに丸めてしまう。
「あっ、何すんだよー!」
「はい。捨ててきて」
(何だよ。釣れねーやつだな。)
トボトボと歩いて、仕方なく黒板横にあるごみ箱のうちの一個に捨てる。あまりにも相手にされなかったので、面白くなかった。それに、また「勘違いしてるだけ」とか言いやがった。好きなのか、そうじゃないのか、はっきりしろよな。それを言わないってことは、そういうことなんだろ。
数秒後、ゴミ箱から踵を返した頃には、すでに紀野はいなくなっていた。机の上は古典の時のままになっている。よっぽどうざく感じてトイレに逃げたってところか。
(じゃああれは、村田さんの教科書・・・)
そうと気付いた俺の行動は素早かった。もう一度自分の机に戻って、書き損じたもう一枚を手に取る。一応中を確認すると、それは「改訂版」の方だった。ルーズリーフが半分に折られていると、どっちがどっちだか分からない。さっきのは間違えて改訂前を渡してしまったようだが、逆にそれが功を奏した。良い方を本人に渡せる。
紀野がいつ帰ってくるか分からないので、さっさと彼の机に向かい、置いてある教科書の名前を確認する。
「村田」
へぇ。村田さんって普段クールな感じなのに、字は、何ていうか、可愛い系なんだな。まあ、そんなことは置いておいてだ。どこに挟むのがいいか。今やってる単元のところに挟むと、分かりやすすぎるよな。誰かに見られるかもしれないし。というか、変にページに挟むと落ちる可能性もあるな。どっか良い感じに挟まりそうなところがないだろうか。そうしてページを適当にめくっていると、裏表紙がたゆむのを感じた。
(そういえば、これ・・・)
古典のトリビア好きのハゲワシが、一週間前くらいに話していたことを思い出す。
「教科書の表紙ってね?あ、裏表紙もだけど。紙が二重になっているでしょう。これは別にポケットというわけではないですからねぇ。たまにここにプリントを挟んでいる生徒もいるようだけど。まあ、勝手が悪いと言って切り離してしまう人もいるみたいですが、それはもってのほかですよ。これは補強のためにやっていることですから」
なんて話していたような。F組の古典担当はうちと同じなので、きっと同じことを話されているはずだ。
そうとなれば話は早い。二重になった裏表紙の間の、ノドに近い部分に紙を挟む。思ったよりもしっかりと挟まったので、普段こんなところにプリントなどを挟む習慣のない俺は妙に感心してしまった。
丁度その時、紀野が帰ってきた。
「何、今なんかコソコソやってなかった?」
「いや、何かいいものないかなと思って漁ってただけ」
「あっそ」
決定的瞬間を見ていたわけではないようで、あっさりと犯行は成立した。
紀野は次の化学の準備を始めている。何となくその様子を観察してしまう。
「何?教科書返してから行くから、もう行くけど」
「え?あぁ、そうか、先返し行ってていいぞ」
自分で勝手に書いたくせに、いざ渡されるとなると不思議と少し緊張してしまう。その場にいたらきっと変な顔を作ってしまいそうで、律儀に待ってくれている紀野を先に行かせた。
何やら教科書をペラペラとめくりながら歩いていくので、内心かなりヒヤッとしたが、幸い気付かれることはなかった。一人盛り上がっている俺をよそに、紀野は教室を出て右方向に消えていった。
(頑張れよ!紀野!)




