第133話 橘尚哉は向き合っている。
夕日はまだ沈まない。
静かな教室で二人きり。
机の上には未来日記。
開かれたページには、誰にも届かなかった言葉たち。
六花はそれを見つめていた。
尚哉もまた、黙ってそのページを見ている。
しばらくの沈黙。
不思議と気まずくはなかった。
さっきまでなら苦しかったはずなのに。
今は違う。
誰かがいる。
それだけで全然違った。
◇
「なあ」
尚哉が口を開く。
六花は顔を上げた。
「うん」
尚哉は少しだけ考える。
言うべきか迷っているようだった。
そして。
「俺ってさ」
静かに言った。
「どうやって死ぬんだ」
六花の身体が固まった。
いつか聞かれると思っていた。
でも。
聞いてほしくなかった。
思い出したくなかった。
◇
「……色々」
六花は小さく答える。
「色々?」
「毎回違うから」
尚哉が眉をひそめた。
「毎回違うのか」
「うん」
六花は頷く。
「同じじゃない」
火事。
事故。
転落。
病気。
他にもたくさんあった。
思い出したくないくらい。
「文化祭の火事もあった」
六花は静かに言う。
「歩道橋の事故も」
尚哉は黙って聞いていた。
「駅のホームで死んだこともある」
六花の指先が少し震える。
最初のループ。
目の前で消えた背中。
今でも鮮明だった。
◇
「何か共通点は?」
尚哉が聞く。
六花は答えられなかった。
「分からない」
「分からない?」
「探したことはある」
何度も。
何十回も。
何百回も。
「でも見つからなかった」
事故の種類は違う。
場所も違う。
時期も違う。
だから。
結局分からなかった。
「そうか」
尚哉は未来日記へ視線を落とす。
何かを考えている。
◇
「じゃあさ」
尚哉が言う。
「俺、自分から危ないことしてる事が多いのか」
六花は言葉を失った。
その質問は想定していなかった。
でも。
考えてみれば。
文化祭の火事。
歩道橋。
駅のホーム。
どれも。
尚哉は誰かを助けようとしていた。
「……多いかも」
小さく答える。
「かも?」
「分からない」
六花は首を振る。
「でも」
言葉が続かない。
「でも?」
「橘くんは」
六花は俯いた。
「困ってる人を見ると放っておけないから」
尚哉は苦笑した。
「否定できないけど、死ぬほどって事か」
◇
少しだけ空気が緩む。
けれど。
六花は笑えなかった。
放っておけない。
その優しさを知っている。
だからこそ。
何度も失った。
「白鷺」
尚哉が呼ぶ。
「うん」
「もう少し話聞かせてくれ」
六花は顔を上げる。
尚哉の表情は真剣だった。
「俺のこと」
「……」
「ちゃんと知りたい」
未来日記のことも。
ループのことも。
死のことも。
全部。
怖くないわけじゃない。
でも。
目を逸らしたくなかった。
◇
六花はしばらく黙っていた。
そして。
小さく頷く。
「……うん」
今までは一人だった。
全部一人で考えていた。
全部一人で背負っていた。
でも今は違う。
隣にいる。
話を聞いてくれる人がいる。
それだけで。
少しだけ前を向ける気がした。
橘尚哉は向き合っている。




