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工場は変わらずに動いている

 メアリーが経営に参画することが決まってからは、準備は迅速に進められた。数日後には、メアリーは旧エドワード邸に呼ばれた。一室にメアリーだけでなく、工場長や技師長、その他数人の幹部がいる。


「みなさんには、新工場の経営幹部になって頂きます」


 キャサリンが話し始めた。


「まず最初に、会社の設立です。契約書を用意してきました。確認のうえサインをお願いします。次に私と経営者の皆さんとで融資契約を締結して……」


 キャサリンが手順の説明をするが、この部屋の中で、詳細まで理解している者はいなさそうだった。来た書類にいちおう目を通して、サインをしていくだけだった。


 その後準備期間を経たある日、メアリーが会議室に入った。その時、先に入室していた経営幹部全員が立ち上がった。


 窓の外に工場が見える。工場の周辺では工員らが歩いている。煙突からは煙が立ち上がっている。


「座ってください」


 メアリーが言うと同時に全員が着席した。


「今日から工場が再開できました。ここまででずいぶんとご苦労をしてもらいました。感謝申し上げます」


 メアリーがここまで言って、幹部らの顔を見回した。メアリーの言葉を素直に受け取っているようである。


「今後は誠実に職務に向き合っていただければいいです。私たちはこの工場を発展させることができます」


 緩やかな微笑みを見せつつも、メアリーの語調は強い。幹部はみなうなずいた。


「……では第1回の幹部会を始めます。まずは当面の運営について検討しましょう。工場長は案はありますか?」


 工場長が立ち上がった。


「はい。当面は以前の収支および稼働状況と比較して、現在の運営状況を確認します。復旧フェーズです。その後については、体力強化の推進が必要かと思います」


「復旧フェーズは、すぐに終わりそうに思いますが、こういう時こそ細かい点にも注意する必要があります」


「はい。そのようにしてまいります」


 工場長が座った。その直後にメアリーが口を開いた。


「今の話は、私たち全員のことです。よろしいですか?」


 幹部らはうなずいた。


 幹部会はその後順調に進んで、滞りなく終了した。幹部らは個々に会議室を出ていく。


「第1回幹部会の仕切り、お見事でした」


 工場長がメアリーに声をかけた。メアリーは振り返って、少しぎこちなさのある笑顔を見せた。


「いえいえ、もう緊張して……」


「そんな風には見えませんでしたよ」


「それなら良かったです」


 メアリーは微笑んだ。しかし、すぐに表情を引き締めた。


「それより、これからが本当の経営が始まりですよ」


「その通りです」


 工場長が頷いた。


 二人は会議室を出た。会議室内には誰もいない。工場長がドアを閉めた。


「そういえば、旦那様はどうなりましたか?」


 メアリーが尋ねた。


「もう引っ越しました。首都に部屋を借りてトマスと秘書だけを連れて行ったとか」


「秘書も行ったのですね。まあトマスさんがいれば、どうにかなるでしょう」


「はい」


 工場長が答えた。そして、やや躊躇して工場長が切り出した。


「それと、エドワード様は隣のお館も売りたいとのことです」


 メアリーは少し驚いた表情を見せた。


「あら、あちらもですか?こちらには戻らないお覚悟なのかしら?」


「そのようです」


 メアリーはため息をついた。


「お館も買って差し上げたいですが、今は厳しいですからね……」


「そうですねえ」


 工場長は腕を組んだ。


「どうにかしたいですね……」


 メアリーの言葉に工場長が驚いた。


「奥様?『どうにかしたい』ということは、お館の面倒も見るおつもりですか?」


「ええ。お館で働いている方たちは路頭に迷わせられません」


「そう思われるのはいいのですが……」


 工場長が厳しい表情を見せた。


「資金に余裕はありませんし、工場から見たら活用できない資産です。売ってもらうしかないのではないでしょうか?」


「誰が買うか分からないのを恐れているのだと思いますよ」


「……確かにそうですね」


 工場長の発言が止まったところで、すかさずメアリーが発言した。


「賃貸借契約はできるのではないでしょうか?」


 メアリーの指摘を受けて、工場長は立ち止った。


「そうですね……」


「伯爵家で働いている人の一部は工場に行ってもらったりするのも考えられませんか?」


「あ……はい。考えてみます」


 工場長は早足に工場長室に向かった。部屋に入るなり、メモを書きつけた。


「あれだけ真剣な目で考えておられるんだ。やらないと」


 そのしばらく後に、メアリーは一人で自らの執務室に戻った。


「肩が凝るわねえ……」


 部屋に入るなり肩に手を乗せたり、首をゆっくり左右に振ったりした。


 メアリーは窓から外を見た。


 工場は変わらずに動いていた。

これにて本短編は終わりとなります。

お読みいただきありがとうございました。

特に最初から最後まで読んでいただいた方には深く感謝申し上げます。


いかがだったでしょうか?ご感想を頂けるとありがたいです。


よろしくお願い申し上げます。


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