旦那様の会議と本当の会議
「この前聞いたんだが、蒸気機関というものがあるらしい」
伯爵家当主のエドワードが、会議の終盤に、突然言い始めた。
「綿織機に蒸気機関を使えるようにするのだ!」
エドワードが高らかに述べた。
会議に出席している部下たちは、表情を変えずに座っていた。
「今は水力だが、蒸気機関だともっと力が出るらしい」
エドワードの声がますます大きくなっていく。
「生産量は倍増、いやもっと行くかもしれないぞ。職人も減らせられる。いいことづくめじゃないか!?な?」
エドワードが紅潮させながら訴えている。部下たちは、怒りもせず、喜びもしない。ただじっとエドワードが会議室から出るのを待っていた。
「来年までに使えるようにしておけ」
部下たちは全く動かなかった。
「蒸気機関をつけるだけだ。これぐらい簡単だろう?」
エドワードが畳みかける。それでも部下は何も言わなかった。
「どうした?金儲けの好機なんだぞ!もっと景気のいい顔を見せんか!?」
エドワードは上機嫌で会議室を出て行った。「これで大儲けだ!ははは!」という叫び声を残して。
ドアが使用人によって閉められた。
部下たちは静かに座っていた。
誰も立とうともしない。ため息がいくらか聞こえる。ある者は、腕を組み、首を振り、天井を見つめていた。そして、誰かがファイルを叩きつける音が聞こえた。
それでも誰も口を開かずに時間が過ぎて行った。
エドワードの席の隣にいた、伯爵夫人のメアリーが立ち上がった。
「これから本当の会議を始めましょう」
メアリーは穏やかな笑みをたたえながら部下を見回した。
部下たちの中から、一人、また一人と、微笑みが増えて行った。
「技師長。これは技術面でできそうですか?」
メアリーが呼び掛けた。
「おそらく難しいと思います」
メアリーは笑みを保ったままうなずいた。
「私もそう思います。蒸気機関の職人、いないものね?」
技師長がうなずいた。
他の部下もうなずくようなそぶりを見せた。また会議室が静かになった。皆対策を見つけられず、腕を組んで上を見たり下を見たりしていた。
「工場長、順番が前後してごめんなさい」
「いえ。お気になさらず」
工場長が微笑んだ。
「運営面でいかがですか?」
「有体に言えば無茶です」
再び会議室は静まり返った。
しばらくの沈黙の後、メアリーが発言した。
「工場長、他に蒸気機関を入れようとしている工場はご存じですか?」
「いやあ、いないですね」
「他の職種では?」
「炭鉱の排水は聞きますね」
メアリーは微笑みを崩さずにうなずいた。
「では、研究開発ということで話を進めていいですね。誰も挑戦したことのないものですので、失敗はつきものです。そのための職人の雇用はできますか?」
「それはできます」
工場長が言った。
「では決まりですね」
メアリーが言った。工場長と技師長が「はい」と返事をした。
他の部下たちも顔を上げてメアリーに向いた。
「伯爵への説明は、工場長、お願い」
部下たちが揃って困った表情を見せた。一人が口を開く。
「工場長に怒り出したら、また奥様が引き受けるのですか?」
「もちろん」
メアリーがうなずきながら言った。
「お辛い目に遭っていただくのは本望ではありません」
工場長が言う。
「でも、あなたたちだと、怒り出したあの人は止められないでしょ?」
部下たちが揃ってメアリーから視線を反らせた。
「だから私が引き受ける。いいですね?」
誰もうなずかないが、止める者もいなかった。
「はい、決まり。じゃあ工場長。その方向で」
会議室でメアリーを除く全員が「はい」と返事をした。
「でも研究開発計画もちゃんと詰めないとね。蒸気機関職人の雇用と資材の資産が必要ですね。試算できますか?」
工場長が手を挙げた。
「はい。こちらで引き受けます」
「技師長、大変ですけど職人を受け入れてもらわないといけません。できますか?」
「まかせておいてください」
「じゃあよろしくね。これでどうにかなるわね。進めましょう」
メアリーが立ち上がると、全員が続いた。メアリーは扉を開けて外の光を浴びながら退出した。
その後を部下たちが着いて出てくる。
「しかし……本当にこれでいいのか?」
廊下で部下の一人が同僚に言った。
「いいや。全部奥様に圧し掛かるよ」
二人の間に、短い沈黙が落ちた。
「でも奥様を助けられないよな俺たちは」
「工場長……」
「せめて今回の研究開発は成功させないとな」
「……はい」
もう一人もうなずいた。
「奥様のために、ですね」
工場長は笑った。
「そうだ」




