表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

第25話 彰人とメイジー

 システムエンジニアのメルビスが、メジロドンなどと名付けた巨大なサメを見た日の夜。

 彰人(あきひと)はどうにも寝つけず、またバーへ向かった。適当な緑と紺のラガーシャツに、グレーのスラックス。

 ファッションに興味がない彰人にしては、まだマシな格好だ。一応よそ行きと意識して用意して来た。

 来た当初は、アクアノートの素晴らしさに興奮していた。しかしルーカスと飲んでからは違う。


 嫌な予感が増して行き、朝には最悪の光景を見せられた。生物兵器として作られた、古代のサメ。

 もはや古代の、という表現も正しくないかと彰人は苦笑する。あんなのは人工のモンスターだと思い直す。

 今後についての考えがまとまらず、身の振り方を悩む彰人。彼が歩いているのは、豪華なカーペットの上。

 宿泊エリアの調度品は、どれも一級品である。しかし今となっては、素晴らしいと彰人は思えない。


「僕は、何をしに来たのだろう……」


 つい独り言を漏らしてしまいながら、彰人はドアを開けてバーへ入っていく。監視役の大柄な男性も続いて入室。

 昨日はルーカスが先客だったが、今日は彼でなく、1人の女性がカウンターに座っていた。

 肩口で切りそろえた茶色い髪、青い目が美しい知的な麗人。イギリス人で海洋学者のメイジーだ。

 かつてアメリカの大学で、恋人関係にあった彰人の元カノ。1人で静かに、カクテルを飲んでいる。

 彼女の監視役と思われる屈強な男性が、酒も飲まずに少し離れた位置で座っている。


「あら、貴方も眠れないのね?」


 ドアの閉まる音と、足音に気づいたメイジーが振り返る。その顔からは疲労感が滲んでいる。

 実家に預けたまだ小学生の息子が、心配で仕方ないのだろう。彰人は聞くまでもなく理解した。


「君もだったのか」


「久しぶりに、2人で飲まない?」


 1人で抱えていても、何も変わらない。2人は同じ事を考えている。付き合っていたのだから、口にするまでもなく察する。

 大体の事は表情で分かる。メイジーは彰人にとって唯一、サメ以外に強い興味を持てた存在だ。

 それは今も変わらないが、もう終わった関係なのだ。諦めはとっくの昔についている。

 彰人は家庭を持つのに向いていない。つい研究が第一になってしまい、記念日などを忘れる。

 しかし誘いを断るほどに、距離を取りたいわけではない。彰人はメイジーの隣に座る。


「もうどうして良いか、僕には分からないよ」


 適当にウイスキーを注文しながら、彰人は心境を吐露した。それはメイジーも同じだった。


「本当にね。こんな筈じゃなかったのに」


 2人が纏う空気は重苦しい。バートの主張は理解した。しかし、やっている事に賛同は出来ない。

 彰人は特に、日本人であるため複雑だ。自国の防衛については、米軍の存在価値が大きい。

 あんな風に言われてしまうと、頑なにノーを突きつけられない。メイジーという人質を抜きにしても。

 もちろんイギリスにも、在英米軍基地はある。だがイギリスは、自国の軍隊を所有している。

 メイジーはいくらか、彰人よりはマシだろう。そうは言っても、大きな差ではない。


「君の旦那さんは、確か在米イギリス大使だったよね? 何とかならない?」


「……もう離婚して、2年になるわ」


「あっ……その、えっと……ごめん」


 気まずそうに彰人は頬を掻く。だがメイジーは笑って許した。他意は無かったと知っているから。

 元々離婚した事を、彰人に話していない。伝える機会がなかった。ここで再会したのも偶然だ。

 アメリカの講演会に出席し、イギリスへ帰ろうとした時、アドルフに声を掛けられた。

 最初は悩んだものの、息子の為を思って引き受けた。その結果がこれでは、全く喜べない。

 生物兵器の製造で得たお金を使い、息子を育てるというのか。母としても学者としても、胸を張れない。


「ずっと彰人と居れば、こんな事にはならなかったのかしらね……」


「……どうせ2人で、ここへ来たと思うよ」


 例え別れていなくても、同じ選択をしただろう。それだけは間違いないと彰人は思う。

 結局自分達は、知識欲に勝てない。知らない事を知りたい。自分の手で解き明かしたい。

 交際していた頃から、何度も話した事だった。今もお互いに変わる事なく、研究を続けている。

 懐かしい空気を感じながら、現実逃避を続ける。今はせめて、余計な事を考えたくない。

 それからも2人で会話をしながら、アルコールを摂取する。ほどよく酔った2人は、バーを出る。


「……彰人、今夜は1人になりたくないわ」


「えっ……あ、うん」


 彰人の部屋へ、2人で入って行く。もう監視の目なんて、どうでも良かった。

 不安な気持ちを少しでも紛らわせる時間が、お互いに必要だった。2人が別れて、10年は経っている。

 しかしあの頃へ戻ったように、お互いを求め合う。お酒で誤魔化しても、現実は変わらない。

 

 こんな事をしていても、明日はまたやって来る。だとしても今は、目の前に集中していたい。

 とても柔らかで高級なベッドが軋み、薄暗い部屋で2人のシルエットが重なる。

 日付が変わる時間まで、ずっと2人は絡み合う。化け物の存在を、その間だけは忘れられた。

今日は後2話更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ