第八十五話……突破口を求めて
メイラード号の操縦席は、古い金属と安煙草の匂いで満ちていた。
ツーシームは操縦卓に片肘をつき、目の前に立つエジルを見下ろしていた。
小柄なノーム人の青年は、防寒用の作業服を身にまとい、緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。
「自由はね、与えられるもんじゃない。勝ち取るもんだ」
ツーシームは低く言った。
「誰かが可哀想だと思って、鎖を外してくれるなんて考えるな。鎖を外させるだけの価値を、こっちから突きつけるんだよ」
エジルは唇を結び、深く頷いた。
「はい」
その後、二人は短く言葉を交わした。
ノーム人の強制収容所が多い惑星や、労働区の位置。各所の監視網の弱点。制圧しやすい宇宙港。
最後にツーシームは、端末から小さなデータカードを抜き、エジルの手に握らせた。
「これを見せりゃあ、話の分かる連中は動く。分からない連中は、あんたが動かせ」
「やってみます」
「違うね」
ツーシームは笑わなかった。
「やるんだ」
エジルはもう一度頷き、小型シャトルへ乗り込んだ。
数分後、シャトルはメイラード号の格納庫から射出され、暗い星間空間へ消えていった。
副長のビッグベアが、腕を組んだまま呟く。
「ヤツはやりますかな?」
「さあてね」
ツーシームは安煙草を灰皿に押しつけた。
「頑張ってもらわなきゃ、アタイたちが坊ちゃんに示しがつかなくなる」
「そりゃあ困りますなぁ」
「困るだけで済めばいいけどねぇ」
ツーシームは頭をかきながら、次のワープ座標を端末へ入力した。
中古高速船メイラード号の船体が、古い木材のようにぎしぎしと軋む。
「行くよ。目的地は惑星ヴァルカンだ」
古びた船体が光の尾を引き、星の海へ滑り込んだ。
◇◇◇◇◇
「総員、乗船を急げ!」
惑星ヴァルカンの旧軍港に、カタコン将軍の怒声が響いた。
かつて帝国軍の上級大将だった男は、いまや亡命者であり、大公国軍では中将待遇に置かれている。
だが、その声の張りだけは昔のままだった。
彼の前に集まっていたのは、若く精強な兵士ではない。
年齢や負傷を理由に、今回のユリウスの出兵から外された老兵たちであった。
片腕を義手にした者。
片足を引きずる者。
背中の曲がった砲兵。
古い軍帽を大事そうにかぶる退役歩兵。
彼らは退役寸前の強襲揚陸艦を前に、ぼろぼろの装備を担いで並んでいた。
「わしらが戦場に出ても、役に立つとは思えんがのう」
傷病兵の一人が苦笑する。
それに答えたのは、募集受付を任された会計係だった。彼は古い帳簿を叩き、にやりと笑った。
「孫に小遣いを渡すくらいには稼げるぜ」
「ちげぇねぇ!」
老兵たちが一斉に笑った。
この宇宙の片隅、福祉などという言葉は薄い。
働けぬ者、戦えぬ者、稼げぬ者は、静かに社会の隅へ押しやられる。
だが、いま彼らは必要とされていた。
それだけで、老いた背筋が伸びた。
港には見送りの老婆たちも集まっていた。
疲弊していた村々にも、久しぶりに声が戻る。
誰かが古い軍歌を口ずさみ、誰かが笑いながら杖を振った。
「死に損ないども、船に乗れ!」
カタコン将軍が叫ぶ。
「今度の相手は惑星一つだけだ!」
老兵たちは歓声を上げ、退役予定だった強襲揚陸艦へ次々に乗り込んでいった。
こうしてツーシームが惑星ペルーン攻略のために用意できた戦力は、およそ二千五百名。
老兵と傷病兵から成る、寄せ集めの陸戦隊であった。
正規軍なら二線級にも数えられぬ兵たちである。
だが彼らは、自分たちがまだ戦えると信じていた。
そして、そここそが死に場所と決めた者も少なくなかった。
◇◇◇◇◇
帝国軍第二総軍の防衛隊が籠る小惑星帯へ、大公国軍艦隊がじわじわと押し寄せた。
だが、それは全軍を挙げた本格攻勢ではない。真の矛がラプーチク中将率いる第六高速分艦隊であることを悟られぬよう、あくまで限定的な攻勢を装った探りであった。
戦列の前面にはシールド艦と駆逐艦が出た。
彼らは厚い防御膜を展開しながら、後方の工作艦を守る。
工作艦は小惑星の陰や暗礁宙域に潜む宇宙機雷を一つずつ探知し、無力化していった。
時折、虚空に白い閃光が走る。
処理に失敗した機雷が爆発し、小惑星の破片が散弾のように飛び散った。
シールド艦の防御膜が青白く揺れ、駆逐艦の艦首装甲が焼ける。
だが、大公国軍は攻勢を止めなかった。
やがて、四十六か所に及ぶ細い攻勢回廊が確保された。
それは小惑星帯を貫くにはあまりにも頼りない、針の穴のような航路であった。
だが、そこに艦隊を通すしかない。
総旗艦ハヌマーンの作戦指令室では、巨大戦術盤に新たな航路が次々と表示されていた。
青い線が大公国軍の進路。赤い光点が帝国軍の防衛拠点。灰色の影は、未処理の機雷帯である。
総司令官パウルスは、その盤面を睨みつけた。
「全指揮艦艇へ伝達。威力偵察をかけよ」
「はっ」
命令は即座に全艦隊へ伝わった。
パウルスが求めていたのは、敵の防御線の綻びである。
ラプーチク艦隊を投入すべき宙域。攻城要塞アイアンオーガ攻略へ至る突破口。
その一点を見つけ出すために、パウルスは各所で小規模な攻勢を繰り返させた。
偵察艦隊は機雷処理済みの回廊へ入り込み、帝国軍の射線を探った。
駆逐艦が前進し、ビーム砲艦が応射する。
帝国軍の隠蔽砲台が小惑星の影から火を噴き、大公国軍のシールド艦が防御膜を膨らませて受け止めた。
各所で小競り合いが起きた。
だが、それはまだ戦争ではなく、戦争の前触れであった。
両軍の指揮官が把握できる範囲での撃ち合い。損害を計算できる範囲での衝突。
敵を試し、宙域そのものを測るための戦いであった。
「まだ突破できそうな宙域は見つからぬか」
パウルスの声には焦りが滲んでいた。
情報参謀が硬い表情で答える。
「はっ。敵は小惑星を利用し、何重にも防御線を張り巡らせております。確認できた回廊はいずれも狭く、艦隊主力を突入させるには危険です。突破可能と断言できる宙域は、未だ見つかっておりませぬ」
パウルスは黙った。
戦術盤の赤い光点は、まるで小惑星帯そのものが帝国軍へ味方しているかのように、青い光点の進路を押し返していた。
それでも大公国軍は退かなかった。
機雷は確実に処理され、回廊は少しずつ広がる。
偵察艦は傷つきながらも戻り修理を受ける。
砲艦同士の撃ち合いは日ごとに激しくなる。
……だが、決定的な突破口は見つからない。
大きな激突が起きぬまま、時間だけが削られていった。
そして、二週間が過ぎた。




