第七十七話……若き元帥
聖帝国暦六四五年十月下旬――。
ユリウスは旗下の貴族たちへ召集をかけ、その艦艇群を惑星ヴァルカンの衛星軌道上へ集結させていた。
輸送船、巡洋艦、旧式駆逐艦、武装商船を改造した補助艦までが、宇宙桟橋の周囲へ幾重にも並ぶ。
まだ寄せ集めの色は濃い。
ゆえに彼は、各家ごとにばらばらな指令系統を一本化し、ようやく一個艦隊らしい形へ整えようとしていたのである。
その最中、アーヴィング大公からの勅使来訪が告げられた。
「何かあったのでしょうか?」
老臣グレゴールが眉を寄せる。
疫病、戦況、宮中の政争――不穏な種はいくらでもあった。
だがユリウスは背筋を伸ばし、短く命じる。
「失礼の無いように、お通ししろ!」
「はっ!」
やがて衛兵たちに先導され、勅使が応接室へ姿を見せた。
ユリウスは上座へ招き、自ら頭を垂れる。
室内は張りつめていた。
だが、側近たちの危惧は杞憂に終わる。
勅使は厳かに巻書を開き、朗々と読み上げた。
「アストレア侯爵を、大公国軍の元帥に任じる」
一瞬、空気が止まった。
すぐにユリウスは深く一礼する。
「ありがたき幸せ」
差し出された元帥杖と任命証を、彼は恭しく受け取った。
若き辺境侯爵が、ついに大公国軍の最高位へ押し上げられたのである。
任命の儀が終わると、勅使は急に肩の力を抜いた。
「いやぁ、お忙しい中、申し訳ない」
「いえいえ、遠路はるばるご苦労様です」
勅使ロンメル子爵は、かつてのアストレア家と同じく資源惑星を治める地方領主で、どこか土の匂いを残した男だった。
茶が出されると、彼は苦笑して言う。
「私も侯爵様のように出世して、元帥にでもなってみたいものですな」
ユリウスもわずかに笑った。
「おおよそ、運が良かったのが大きいですよ」
そんなひとときの後、ロンメル子爵の乗るシャトルは桟橋を離れ、星の闇へ消えていった。
その背を見送りながら、グレゴールはついに目頭を押さえる。
「若様……ついに軍の最高峰におなりで、先代様もあの世でお喜びに……ううっ」
「爺よ、泣くな」
ユリウスは照れくさそうに顔をしかめ、それでも力強く言った。
「僕は、もっと立派になってみせる」
三日後。
六百隻に達した艦隊は、ヴァルカン軌道を離脱。
星系外縁へ進出すると、次々に空間跳躍を敢行し、ルドミラ教皇領への援軍として旅立っていった。
若き元帥としてのユリウスの戦いが、いま新たに始まろうとしていた
◇◇◇◇◇
宇宙桟橋の端で、ツーシームは手すりにもたれ、安煙草の煙を細く吐いていた。
眼下では無数の作業灯が明滅し、修理中の海賊船モリガンが、まるで傷ついた獣のように沈黙している。
先の虚空杭雷攻撃が残した傷は深かった。
船体装甲は純度の極めて高い位相鉄鋼で出来ており、溶接ひとつにも熟練工の腕と特殊な加工設備が要る。
その上、次元潜航を可能にした新型エーテル機関も、無茶な連続運用の反動で深刻な悲鳴を上げていた。
しばらくは戦える状態へ戻りそうもない。
背後から、ビッグベアが安ワインの瓶を差し出す。
「船長も、戦場へ行きたかったですかな?」
ツーシームは煙草をくわえたまま、肩をすくめた。
「いや。アタイは坊ちゃんみたいな立派な貴族でも、軍人でもないよ。せいぜい、こうしてのんびりさせてもらうさ」
そう言って瓶を受け取り、ちびりと飲む。
酸っぱい。安物だ。
だが今は、それが妙に心地よかった。
その時、桟橋の通路を事務員が全力で駆けてきた。
「商会長! 第百六十六鉱区で反乱が起きました!」
「はい??」
ツーシームは本気で間の抜けた声を出した。
彼女の裏の顔は海賊船の船長。
だが表向きは、アルテミス商会の商会長である。
しかも最近は、アストレア家の勢力拡大につれて、商会の管理地域まで馬鹿みたいに広がっていた。
「……それ、どこだっけ?」
彼女は眉間へ指を当てて唸る。
助けを求めるようにビッグベアを見るが、筋肉の塊みたいな副長が分かるはずもない。
彼は真顔で首を振っただけだった。
「今、ゾル婆どこだっけ?」
別の事務員が即答する。
「惑星ルイスへ出張中です」
「ちぇっ、肝心な時にいないねぇ」
参謀役不在。
しかもモリガンは修理中。
まともなら厄介事を避ける場面だ。
だが、ツーシームは安煙草を床へ落とし、靴先で踏み消すと、口元をわずかに吊り上げた。
「仕方ない。暇だし、行ってみるかねぇ」
その日のうちに、彼女は民間のぼろ船を一隻調達した。
嫌そうな顔を隠しもしないトロスト技師、渋い顔のビッグベアを引き連れ、反乱の起きた第百六十六鉱区を抱える資源惑星シャンプールへ飛び立つ。
休暇の最中に厄介事を抱え込む。
それが、どうやらツーシームという女の性分らしかった。




