表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間覇道  ――没落貴族と女海賊、銀河帝位争乱――   作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/63

第五十五話……機械仕掛けの皇帝

 聖帝国暦六四五年四月上旬――。


 帝国軍の戦線は、各方面で崩れつつあった。

 アーヴィング大公国軍の攻勢は激しく、帝国艦隊は星域ごとに押し返されている。


 防衛線は次々と突破され、その矛先はいよいよ皇帝直轄領――第一総管区へ迫ろうとしていた。


 敗北の余波は、宇宙空間だけでは終わらない。

 艦隊戦で制宙権を失えば、次に起こるのは地上の崩壊である。


「うははは! 奪え、奪え!」

「そこの小娘、逃げるなよ! たっぷり可愛がってやる!」


 軌道上の帝国艦隊が潰走すると、惑星の支配階級は護衛部隊とともに宇宙へ逃亡する。

 残された都市に秩序など存在しない。


 そこに降り立つのは――勝者である大公国軍の兵士たちだった。

 いや、兵士と呼ぶにはあまりにも粗暴な集団である。


 建物は焼き払われ、倉庫の食料は略奪される。

 女も、財産も、そして命さえも戦利品だった。

 泣き叫ぶ声が惑星を満たす。


 だが、その地獄は偶然ではない。

 そもそもアーヴィング大公国軍は、純粋な正規軍ではなかった。


 軍旗の下に集まったのは、宇宙海賊、傭兵、ならず者――ありとあらゆる武装勢力である。

 統制は弱い。


 だが、その代わりに数があった。

 それこそが、帝国第三総管区の防衛網を力任せに食い破った理由だった。



 ――そして今。

 帝都ネオ=ベルゼブブ。


 帝国総軍作戦室の巨大スクリーンには、敗北の報告が次々と表示されている。


「閣下、援軍要請が止まりません!」


 情報参謀が声を張り上げた。


「各星系から救援信号が殺到しています!このままでは第三総管区全体が――」


 作戦室の中央に立つ男は、静かに腕を組んだ。

 帝国総軍作戦部長。

 クライツ上級元帥。


「……まぁ、事情は分からんでもない」


 低い声が響く。


「だがな」


 彼はスクリーンを一瞥した。

 そこには、炎に包まれた惑星都市の映像が映し出されている。


「いま勢いづいている反乱軍と、正面から矛を交えるのは得策ではない」


 軍人としては冷静な判断だった。

 だが、参謀たちの顔は曇る。


「焦土作戦とは――」


 クライツはゆっくり言葉を続けた。


「我慢がもっとも大切なのだ」


 作戦室は沈黙に包まれた。

 誰も反論できない。


 焦土作戦――。

 侵攻してくる敵軍を自領深くに引き込み、兵站を崩壊させるための戦略である。


 理論上は極めて有効だ。

 だが、その代償はあまりにも大きい。


 焼かれるのは敵ではない。

 帝国の都市であり、帝国の農地であり――

 帝国の民だった。


「……」


 参謀たちは言葉を失う。


 そして、誰よりもその重みを理解しているのは――

 他ならぬクライツ自身だった。


 彼の目の下には、深い隈が刻まれている。

 焦土作戦は成功する可能性が高い。

 だが同時に、帝国の被支配階級に甚大な被害をもたらす作戦でもあった。


 勝利のために、民を犠牲にする。

 その決断の重さが、上級元帥の肩にのしかかっていた。


 それでも――

 彼は命令を撤回しなかった。




◇◇◇◇◇


「……な、なんだって!?」


 通信越しに、ユリウスの声が裏返った。

 ツーシームから届けられた報告――

 荒鷲の金印を持つ少女を保護したという知らせは、彼の予想を遥かに超えていたのだ。


 荒鷲の金印。

 それは銀河聖帝国ノヴァにおいて、ただ一つの意味しか持たない。

 正統なる皇帝の証。


 そして、皇統の正当性を掲げて勢力を拡大してきたアストレア家にとって――

 これ以上ない切り札だった。


「す、すぐに拝謁したい。準備を頼む!」


 ユリウスはほとんど叫ぶように言った。

 だが、その言葉をツーシームは軽く受け流す。


「いやいや、そう焦るなって」


 落ち着いた声だった。


「実はね、どうも記憶障害らしくて治療中なんだよ。それに――」


 彼女は窓の外の夜空をちらりと見上げる。


「坊ちゃんが動けば、隠れ場所がばれる可能性もある。機会はこっちで作るから、もう少し自重してくれないかい?」


 通信の向こうで、しばし沈黙が続いた。

 やがてユリウスが小さく息を吐く。


「……わ、わかった」


 通信が切れる。

 ツーシームはゆっくり椅子にもたれ、肩の力を抜いた。


「ふぅ……」


 わずかな安堵の息が漏れる。


 その横には――

 例の少女が、静かにベッドで眠っていた。

 まるで壊れやすい人形のように、微動だにせず。


「姉御」


 部屋の扉が静かに開いた。

 他の患者の診察を終えた医師が入ってくる。


 もちろん、ただの医者ではない。

 ツーシームの息がかかった闇医者であり、表社会では決して名前の出ない男だった。


「例の話は、なさったのですか?」


 低い声で問いかける。

 ツーシームは苦い顔をした。


「いや……さすがに言えないだろ」


 彼女は安煙草を取り出すが、火をつける気にはなれなかった。


「次期皇帝の後継者が、機械仕掛けの人形だったなんてさ」


 吐き捨てるように呟く。


「いったい誰だよ……こんな仕掛けを作ったのは」


 医師は少女の手を持ち上げる。

 小さな指に嵌められた指輪。

 そこには、紛れもなく荒鷲の金印が刻まれていた。


「ただ」


 医師は冷静に言う。


「この金印は遺伝子レベルで、少女の指の組織と融合しています」


 彼は端末の検査データを表示した。


「人工的に後から装着したものではありません。極めて高度な生体融合処理です」

「つまり?」


 ツーシームが目を細める。


「偽物の可能性は、ほぼありません」


 ツーシームは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「……うーん」


 そして肩をすくめる。


「とりあえず、伝染病で隔離して治療中ってことにしておくかね」


 煙草を口に咥えながら言う。


「しばらくは、誰にも会わせないよ」


 彼女はベッドへ歩み寄った。

 眠る少女の頬に、そっと手を触れる。


 肌は驚くほど滑らかだった。

 人工皮膚とは思えないほど繊細な感触である。


 精巧すぎる。

 まるで本物の人間のようだった。


 ツーシームはしばらくその顔を見つめる。

 そして、ぽつりと呟いた。


「……お前さん、一体何者なんだい?」


 眠る少女は答えない。

 ただ静かに呼吸を続けていた。




お読みいただき有難うございます (*´▽`*)

よろしければ、ブックマークやご採点を頂けると、大変に執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
どんどん面白くなってますね!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ