第百二十一話……ルドミラ総管区
――聖帝国暦六四五年十月下旬。
星ヒンデンブルクを揺るがした反乱は、終結した。
聖堂周辺に残っていた旧教皇派の武装勢力も次々に武器を置き、首都ニデルではようやく銃声が途絶えていた。
……が、平穏が戻ったわけではない。
帝国軍は今なおルドミラ領内へ侵攻を続けている。
さらに増援として、二個正規艦隊と十個師団もの惑星地上軍が向かっているとの情報も入っていた。
内乱に勝利したからといって、喜んでいる暇などなかったのである。
旧教皇庁の大会議室には、ルドミラの主要人物たちが集められた。
中央の議長席に座るのは、エロー枢機卿である。
「では、始めましょう」
エローが静かに告げた。
「旧政権は崩壊しました。しかし、国家そのものまで失ったわけではありません。我らは一刻も早く新たな統治体制を作り、旧帝国軍への防衛を継続せねばなりませぬ」
軍人、聖職者、地方領主、商会の代表者たちが頷いた。
「問題は、誰を暫定政府の首班とするかですな」
一人の司教が口を開く。
「エロー猊下では?」
「いや」
エローは即座に否定した。
「私では旧帝国軍を防げません」
その言葉に、室内が静まり返った。
「我らだけで独立を維持できるという考えは、もはや捨てるべきです。旧帝国中央政府との国力差はあまりに大きい」
「では、どうなさるので?」
エローは用意していた書類を机上へ置いた。
「暫定政府の首班には、アストレア聖帝国皇帝ユリウス一世陛下に就任していただきます」
ざわめきが広がった。
「外国の皇帝を首班にするというのか?」
「それでは事実上の併合ではないか!」
「事実上ではありません」
エローは淡々と言った。
「併合されるのです」
今度こそ、会議室が沈黙した。
「ルドミラ教国という国号は廃止します。我らの全宙域はアストレア聖帝国へ編入され、以後、この地域をルドミラ総管区と称します」
「……そこまで話が進んでいたのですか?」
「はい」
エローは悪びれなかった。
「旧帝国軍に滅ぼされるか、アストレア聖帝国の一員となるか。私は後者を選びました」
一人の地方領主が腕を組んだ。
「我らが宗教はどうなる?」
「ルドミラ教会は存続します。信仰、典礼、寺院運営については広範な自治が認められます」
「軍は?」
「帝国軍へ編入されます」
「税は?」
「当面は現行制度を維持し、段階的に新帝国法へ移行します」
反論はいくつもあった。
だが、旧帝国軍が迫っているという現実以上に強い反論はなかった。
数時間に及ぶ協議の末、暫定統治体制は承認された。
最高首班は皇帝ユリウス一世。
しかし、皇帝自身が常時ヒンデンブルクに滞在するわけにはいかない。
そのため、首班代理としてアストレア聖帝国副宰相ザイフリートが派遣され、エロー枢機卿と共同でルドミラ総管区の統治に当たることとなった。
行政と軍事はザイフリート。
宗教界と旧来の地方勢力との調整はエロー。
二人による共同統治であった。
◇◇◇◇◇
その決定は、前線のラヒーム艦隊にも伝えられた。
旗艦「セト」の艦橋で報告を聞いたナシール=イブン=ラヒーム提督は、長い間、何も言わなかった。
「……教皇領は、なくなったということか」
「はい」
「エローの爺め。思い切ったことをしおったな」
幕僚たちが不安そうに顔を見合わせる。
「提督、我々はいかがいたしますか?」
「どうするも何もあるまい」
ラヒームは戦術モニターへ目を戻した。
「我々の後ろには、何億もの民がおる。政府の看板が変わったからといって、旧帝国軍が攻撃をやめてくれるわけでもない」
「では、暫定政府を?」
「承認する」
ラヒームは即答した。
「全艦へ通達。我々は新政府の指揮下へ入る」
少しだけ間を置き、苦笑する。
「それに、アストレアの皇帝が本気で兵を出してくれるなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ」
こうしてルドミラ艦隊は、正式にアストレア聖帝国軍へ編入された。
部隊名称も改められた。
アストレア聖帝国第五艦隊。
もっとも、艦艇も乗員も昨日までと変わらない。
旗艦に掲げられていた教国旗が降ろされ、その代わりにアストレア聖帝国旗が掲げられただけである。
「似合わんな」
新しい旗を見上げ、ラヒームは笑った。
「まあ、そのうち慣れるか」
◇◇◇◇◇
国家の編入は、軍隊だけにとどまらなかった。
ルドミラ総管区では、暫定的な特例を除き、アストレア聖帝国法が施行されることとなった。
その知らせを聞き、特に大きな反応を示した者たちがいる。
ノーム人であった。
「二級市民法がなくなるぞ!」
「本当か!?」
「俺たちも平民と同じ裁判を受けられる!」
「子供を学校へ入れられるんだ!」
ルドミラには、ノーム人の人口が極めて多い。
旧帝国以来、彼らは二級市民として扱われ、職業、居住、教育、財産所有など、さまざまな制限を受けてきた。
だが、アストレア聖帝国には、種族による二級市民制度が存在しない。
昨日まで二級市民だった者が、今日から帝国臣民となる。
ノーム人居住区では、人々が酒を持ち寄り、即席の祝宴まで始まった。
もちろん、新体制を歓迎しない者もいた。
だが少なくともノーム人たちにとって、この併合は征服ではなかった。
解放に近い意味を持っていたのである。
◇◇◇◇◇
そして、暫定政府首班となったユリウスは、直ちに軍事行動を開始した。
「パウルス元帥へ通達。第二艦隊は補給を終え次第、ルドミラ総管区へ向けて出撃してください」
「はっ!」
「それから第三艦隊も動かします」
第三艦隊。
パニキア勢力の編入に伴って新設された艦隊であり、その主力は旧パニキア軍によって構成されている。
司令官は、パニキア自治領出身のタコ型星人のバーバラ中将であった。
「バーバラ中将には、第二艦隊とは別航路を使わせます。敵にこちらの総戦力を読ませたくありません」
「御意」
パウルス率いる第二艦隊。
バーバラ率いる第三艦隊。
そして前線で戦い続けるラヒームの第五艦隊。
かつて孤立した小国として旧帝国軍の侵攻に耐えていたルドミラは、もはや存在しない。
その代わりに。
旧第六総管区とパニキアを飲み込み、さらに旧第五総管区まで領土に加えたアストレア聖帝国が、旧帝国軍の前へ立ちはだかろうとしていた。
ルドミラを征服するために送り込まれた旧帝国軍は、知らぬ間に戦争そのものの相手を変えてしまったのである。




