性病対策は難しいから頭がいたいぜ
さて、吉原といえば性病の梅毒というイメージが有るほど、性病と風俗は切っても切り離せない関係だ。
21世紀でも不特定多数の男を相手のする風俗嬢はそうでない、一般の女性に比べればやはり性病になりやすいと思われているな。
実際の所はそんなこともなく、むしろ一ヶ月に一回性病検査を義務付けている、まともな風俗店の風俗嬢のほうがそういう検査をしない、でも不特定多数の男性と関係することも多い一般女性より安全だったりするんだが。
で、遊女のかかる性病の代名詞である梅毒だが、この性病は、戦後にペニシリンが一般に流通するようになるまでは、ほとんど完治できない性病として恐れられていた。
梅毒の菌自体は色々なものに弱いのだが、その治療のためにはヨード、水銀、ヒ素などの毒物を使った治療や蒸気浴、マラリアにわざと感染させて高熱を出させることでの治療などかなり荒っぽいものが多かった。
幸い江戸の風呂は今はまだ多くは蒸気風呂で、三河屋や美人楼のお湯はこまめに替えてるから衛生的な問題はないんだが、風呂水の雑菌は一晩放置すると、約1000倍、二晩なら約1000000倍に増え、カビも発生しやすくなる。
だから、それが病気の蔓延につながったと思うし、これはローマ崩壊後のヨーロッパで風呂が嫌われた原因と同様であるとも思う。
なので、残り湯で洗濯をすると洗濯物に雑菌が付着して、生乾きのような匂いが付いてしまったりもする。
風水では浴槽に残り湯をためておくのは厳禁と言われるが、それなりに理由はあるんだな。
夏に洗濯物をためてはいけないとか、部屋干ししてはいけないというのも、このあたりに理由がある。
風呂を衛生的にしておくのは大事なので、そのあたりは三河屋やその他の俺の見世ではちゃんと見ているぜ。
話を性病に戻すと梅毒の次に有名なのは淋病だろう。
この性病は最も古くから知られている性病のひとつで、古代の中国やエジプト、旧約聖書にも残されているくらいだ。
しかも、性病にかかると免疫が低下して他の病気も併発しやすくなるから、やはりそれなりに恐れられていた。
淋病は淋菌の感染によっておこる性病だが命にかかわることはない。
淋菌も弱い菌で、日光、乾燥や温度の変化、消毒剤で簡単に死滅する。
しかもこの病気は女性には自覚症状が殆ど出ない事が多い。
しかし男性が感染すると淋菌性尿道炎を呈し、膿が出たり、排尿時に激痛が走ったりする。
女性でも黄色いおりものが出て、排尿時に痛みを伴ったり、尿道の出口が赤くなったりすることはあるが。
そして”淋病になると女郎にも相手にされなくなるから、おちんちんが淋しくて泣く病気だ”というのがその名前の元だというが、それくらいかかってるのがはっきりわかる性病でもあった。
淋菌は梅毒菌と違って薬剤耐性を持つので、それが結構問題になっていたはずだな。
股部白癬は水虫と同じような真菌つまりカビが増殖することによっておこる。
この病気も女性より男性のほうが多く発生するが厳密に言えば感染症ではないんだけどな。
症状は猛烈なかゆみまたは痛みで夏によく症状が出る。
江戸時代ではっきり認識されてる性病はこんなところか。
21世紀だとクラミジアとかヘルペスとかトリコモナスとかカンジダなど、他にもいろいろあるのだけどこれらはそこまで劇的な症状が出るわけではないから江戸時代では個別の病名になってないと思う。
あとHIVによるエイズはこの時代にないな。
実際問題としては江戸時代では薬物療法は不可能なので、可能な限りこまめに風呂に入って陰部の衛生状態を良くし、納豆や糠漬けなどの発酵食品を食べて免疫力を上げておくぐらいしか対策はないんだよな。
「大名旗本相手の太夫や格子太夫はいいが振袖新造とか中見世、小見世、切見世なんかの遊女はやっぱ気をつけないといかんのだがな……淋病に客が感染したらやっぱ評判も下がるだろうし」
もっとも最初から梅毒や淋病などに感染することなど気にしていないで遊女と遊んでいた男も多い気がするんだがそのあたりはおおらかというべきなのか無知ゆえというべきなのか。




