9.洞窟
街人たちの反応は熱狂的だった。本当に救世主が降臨したみたいな騒ぎだ。ちょっと、持ち上げすぎだよ、と思いつつも、悪い気はしなかった。
「勇者さま!」
「勇者さま!」
「ありがとうございます、勇者さま!」
そんな声援に送られて、俺は宿に戻った。
「で、どうすればいいの」
俺はポーティに尋ねた。
「え?」
「だから、どうやって敵をやっつけるのか、って訊いてるの。まさか一匹一匹倒してく訳じゃないよね」
ポーティはきょとん、としている。そして、みるみる顔がほころぶ。
「うれしい! やる気になってくれたのね」
「ん、まあね……」
俺の気が変わらないうちにと、ポーティは急いで説明を始めた。
「シャービルみたいな魔物は、自分の意志で行動したりしないわ」
「というと?」
「どうも、裏で魔物を操ってるやつがいるみたいなの」
「それは人間?」
「ううん、もっと、うんと強い魔力を持ったもの……」
「魔王か……」
「魔王? ああ、魔物の親玉のことね。そう、魔王がいるの」
俺は、おもわず身震いした。親玉。あのシャービルより恐ろしいやつがいるなんて。
「行くしかないのか……」
「うん」
「場所は分かってるのか? 魔王の」
意を決して尋ねると、拍子抜けの返事が返ってきた。
「わかんない」
「は?」
「魔王がどこにいるか、わからないの」
「何だよそれ」
思わず肩の力が抜けた。
「でも大丈夫。魔王を探し出すための道具があるから」
「道具って、どんなもの?」
俺は妖精に尋ねた。
「ランプよ。魔力のありかを指し示すランプ」
「じゃあ、早くそれを出せよ」
「それをこれから取りに行くの」
妖精は悪びれもせず、言った。
俺たちは、とっとと宿を出発することにした。ぐずぐずしていて、また多くの街人が見送りに来るといけない。何せ、魔物を倒したことによって、街人の俺に対する反応は、さらに宗教じみてきている。
宿の主人と、あの女の子だけに見送ってもらった。
「勇者さま、どうかお気をつけて」
俺は答えた。
「大丈夫だよ、ありがとう」
女の子は泣き出さんばかりだった。俺の手を握ると、彼女は言った。
「どうかどうか、どうかお気をつけて」
街を出ると、俺は妖精に連れられて歩き出した。向かったのは、ある小高い丘の上だった。
その途中で、妖精が尋ねてきた。
「ねえ、王様には会わなくていい?」
「王様?」
思わず声がひっくり返る。この国には王様がいるのか。でも王様と会うってどういう……
「この国の王様があなたに会いたがってるの」
「無理むりムリムリ! 王様に会うとか絶対無理だから」
俺は、自分が王に謁見している場面が、どうしても思い浮かばなかった。そもそも、目上の人との会話自体苦手なのに、王て! 国のトップだぞ。治めてる人だぞ。
「カンベンしてくれ。俺できないよ」
「そう言うと思ったから、断っといたわ」
「そうか。助かった……」
俺はほっと胸をなでおろした。
「お姫様もいるのに」
「あ、そうなの?」
「ちょっと興味惹かれてるじゃない」
「ウソウソ。やっぱ無理」
どっちにしても、俺には縁のない話だ。王様やお姫様と口を利けるような、品も根性も持ち合わせてはいない。
俺たちはまた黙って歩き始めた。
しばらく行くと、丘の上に何かが見えた。あのストーンヘンジのような結界だ。
ここにも同じものがあるのか。そう言えば、ポーティはところどころにあるようなことを言っていたな。
「そのランプ……魔力を指し示すランプって、ここにあるのか?」
「ううん、ここから飛ぶの」
「飛ぶ?」
「いいからはやく結界に入って」
俺が結界に入ると、妖精は呪文を唱え始めた。
体が宙に浮いたと思うと、あっというまに白いトンネルの中にいた。
「到着~」
「…………」
たどり着いたのは、別の結界のようだった。放心状態の俺に妖精は言った。
「あそこに山が見えるでしょ」
確かに、近くに山があった。それは灰色をした山だった。ごつごつとした岩肌がむき出しになっている。
「あの山の洞窟に、例のランプがあるの」
「そう」
「どうしたの?」
「もうちょっと、優しい移動手段、ないのかね」
これは安全ベルトのないジェットコースターみたいなもんだ、と俺は思った。
「これが一番、はやいの。行くわよ」
「やれやれ」
洞窟はすぐに見つかった。岩でできた山肌に、ぽっかりと黒い穴があいていた。
「どうすんの?」
「入るのよ」
妖精は当然みたいに言った。
「いやいや、明かりは?」
「要る?」
「当たり前だろ」
もしかして、真っ暗闇の中を手探りで行かなくちゃならないのか? 想像して空恐ろしくなった。
「安心して、ちゃんと、用意しておいたわ」
妖精は、そう言いながら洞窟の中へ入っていった。妖精自身の光で、洞窟内がほんのり明るくなる。どうやら、結構奥が深そうだった。
「あ、あったあった」
入り口近くに、松明らしきものが何本か転がっている。
「街の人に、運んどいてもらったの」
「ふーん」
俺はおそるおそる中へ入った。洞窟内はひんやりとしていた。
「どうやってつけんの」
「火打ち石があるでしょ」
「使ったことねーって」
「これだからゆとりは……」
「変な言葉覚えてんじゃねえよ」
俺は悪態をつきながら、側にあった石をカチカチと打ち合わせてみた。確かに、火花が散った。昔は、こうやって、火をおこしてたんだなあ。俺は感心する。
しかし、結局、火をつけるのに五分以上を要した。
「ふー……。今度はライター用意しといてくれよな」
俺は松明を持ち上げながら言った。
「あち」
松明の熱が顔に当たって熱い。俺は松明を顔から離して高く掲げた。
奥を照らすと、くねくねと曲がった道が続いていた。
「道はわかるの?」
「わかんない。だけど、そんなに分かれ道はないはずよ」
「はず、ねえ……」
俺はしぶしぶ歩き始めた。
確かに、別れ道は多くなかった。が、深かった。結局何度か分岐点を間違えて、行き止まりから引き返すことになった。もっと厚着してくりゃよかった。そう思った。ベッドに入った時のラフな格好のままだから、風邪をひきそうだ。
おっと――また分岐だ。小銭足りるかな。
俺は、分岐があるごとに一応、小銭を置いて、帰りに迷わないようにしていた。
「ねえ」
不意にポーティが話しかけてきた。
「何だ」
「どうして、急にやる気になったわけ?」
「え?」
「だって、全然、乗り気じゃなかったじゃない」
「ああ、まあな」
俺はもごもごと答えた。
「どうして?」
妖精は追求する。
「あー。いつか話すよ」
「いつかっていつ?」
「いつかはいつかだ。……あれ何だ?」
壁に何か動くものがある。
俺は松明で照らしてみた。そこには、灰色をした妙な生き物がいた。見た感じ、地球のナメクジに似ていた。
「何これ」
「ヌースよ」
「ヌース?」
見ると、分泌された粘液が、ぬらぬらと光っていた。率直に言って――気持ちワリィ。
「そいつも、ほんの僅かだけど魔力を持ってるから、食べ過ぎるとお腹を壊すわ。気をつけてね」
「一匹も食わねーっての」




