10.ランプ
「あ、あれ!」
急に妖精が叫んだ。洞窟の奥の方に明かりが見えた。
「ランプだわ」
「やっと着いたか」
自然と早足になる。ようやく、ゴールか。早くランプをゲットして、ナメクジだらけのこの洞窟から出たい。しかし、意気揚々と近づいていくと、どうやら、ランプの脇に何かがいるらしいのが分かった。
思わず足が止まる。
「魔物か?」
「ううん、人みたい」
それは、ぼろ服を着た、髭もじゃの老人だった。ランプに寄りかかるように座っている。
「あのじいさん、ランプを守ってるんじゃないか?」
「訊いてみる」
ポーティは、じいさんの元へ飛んでいき、何かを話し始めた。じいさんは妖精を見ると、何かぶつぶつとつぶやいた。やがて戻ってくると、妖精は言った。
「俺のものだって」
「やっぱりそうか…………譲ってくれないかな?」
ポーティはじいさんに話しかけにいく。じいさんが何かぼそりと言う。
「だめだって」
「だめって……どうすんの」
「頼んでみる」
ポーティはまたじいさんに何事か話しかけている。小さい身体をできる限り大きく動かし、身振り手振りで訴えかけているようだ。対して、じいさんは、ほとんど動かない。ここから見ていると、目と口だけが動く置物のようだ。
それにしても――俺は思った。あのじいさん、こんなところでどうやって暮らしているんだ? もしかして、あのナメクジみたいな生き物を食ってんのかな。
うわー想像しちまった。おえ。
そうやって俺が一人、嫌な妄想に悶えていると妖精が戻ってきた。
「どう?」
俺は期待を込めて訊いた。
「絶対だめだって……」
その後もポーティは必死で説得しようと試みていたが、じいさんは頑として首を縦に振らない。
「どうしよう……」
ポーティは疲れ果てたように、へろへろと俺の元へ飛んできた。
「どうしよう、って言ったって……」
俺だって何の名案も思い付かない。無理やり奪う訳にもいかないし……。
そのときだった。辺りが急に暗くなった。松明が消えたのだ。
まずい。妖精も光ってはいるが、その光は僅かで、洞窟内を明るく照らすほどではない。数十メートル置きに落としてきたコインを、ポーティの明かりを頼りに辿っていたら何日かかるかわからない。ここから出るには、あのランプが必要だ。だけど、あのじいさんは、ランプを譲ってくれる気は、さらさらないようだ。つまり……
…………詰んだ。俺たちは、ここでくたばるしかない。
俺たちは黙り込んだ。洞窟内を静寂が包んだ。
何の考えも浮かばないまま、しばらくじっとそうしていた。無為に時間が過ぎていく。
動いたのは、じいさんだった。
じいさんは、俺の方に走りよると、何かをまくし立て始めた。
これがあの置物みたいだったじいさんか?
もしかして、ランプを譲ってくれる気になったのだろうか。俺はポーティに尋ねた。
「何だって?」
「その音は何だ、って」
ポーティも不思議そうな顔をしている。
「音?」
俺たちはさっき、ただ黙り込んでいた。音などするはずがないのだが……。
じいさんはじっとこちらを見つめている。
俺は耳を澄ませてみた。やはり何の音もしない。あたりは完全なる静寂だった。
――いや? そのとき何かが聞こえた気がした。とても小さい、だが甲高い音。
息を殺して聞くと……鳴っている。確かに何か、音がする。
チッ、チッ、チッ…………。
ネズミが舌打ちしているようなその音は、俺の身体の左側から鳴っていた。
次の瞬間、じいさんは興奮を押さえられない様子で、俺の腕へすがりついてきた。
「ちょ、ちょっと!」
じいさんはその髭を俺の腕に擦り付けるようにして、まじまじと見つめている。
俺はようやく音の正体に気づいた。
「……これが欲しいのか?」
ポーティが通訳すると、じいさんは首がもげそうなほど激しくうなずいた。
俺は言った。
「ランプと交換だ」
すると、じいさんはすぐさま承知した。勝手に持って行けとばかり、顎でランプを指す。
こうして俺たちは、それと引き替えにランプを手に入れた。
こんなところで役に立つとは――。何が幸を奏するかわからないものだ。俺はそう感じ入った。
俺は、ランプを手にして振り返った。じいさんはこっちには目もくれず、嬉しそうに自分の手にいそいそと巻き付けていた。
俺が百円で取った「ペモイ」の腕時計を。




