23.声
翌日の授業中、俺は今にも警察が学校を訪ねてくるのではないかと気が気じゃなかった。頭の中に、パトカーが学校に横付けする場面が浮かぶ。
きっとそうなる。そして、みんなの前で俺は連行されるんだ……。
そんなことを悶々と考えながら、時を過ごした。
そして放課後。ぐったり疲れた俺が帰ろうとすると、八神が息を切らして校庭を走ってきた。
「先輩! 昨日すぐ帰っちゃったでしょ。探してたのに」
「そうなの?」
「明月ほたるのPV撮影、一緒に見に行こうと思ったのに……」
その名前を聞いて、ぎくり、とした。昨日、その明月ほたると、俺は出会ったのだ。そして彼女に目撃された……怪物と戦うところを。まさかそんなこと八神には言えないので、俺は適当に返事をした。
「あ、そそうか、すまんすまん」
「まあ、人多すぎて全然見えなかったんすけどね。知らないうちに、抜け出して帰っちゃったみたいだし。明月ほたる」
「ふーん」
「でもね、そのあと大変なことになったらしいっすよ」
「何だ?」
「暴漢に襲われたんですって」
「ま、マジか」
思わず声が上ずる。
「誰か、助けてくれた人がいたらしいっすよ。命の恩人だってニュースで言ってました」
「命の恩人ねえ」
「名前も言わずに立ち去ったんですって。かっこいいじゃないですか」
「そうかな。そうでもないんじゃない」
「あ、嫉妬してるんすか」
「そんなんじゃないけど」
そこで八神は少し黙った。何かを考えているようだ。じっと俺の顔を見て、そしてこう言った。
「…………先輩、何か俺に隠してないすか」
「何のことだ」
「いや、俺の友達でね、先輩が超能力使ってるの、見たってやつがいるんすけど」
思わず咳込んだ。やべえ、誰かに見られてた! 気をつけていたつもりだけど、目撃されていたとは。俺は慌てて否定する。
「超能力? 馬鹿な!」
「ですよねえ。俺もそう言ったんすよ。見間違いだろって」
「で?」
「遠目だったから、確かに見間違いかもしんないって」
危ない危ない。俺は、ほっと溜息をつく。でもそうか、明月ほたるが黙っていてくれたとしても、別のところからばれる可能性もあるのだ。これは気をつけないと。
「……でも、先輩、ホントに最近様子おかしいっすよ。何かあるんじゃないですか」
八神は意外なところでするどいから困る。
「……恋しちゃったとか?」
と、思ったら見当はずれな質問。何を言っとるんだ、こいつは。だが話が逸れたのは助かった。
「ちげーよ」
「ま、告白したくなったら言ってください。あ、いや、恋の告白じゃなくて、超能力のね」
「馬鹿かお前は」
俺はまた暗い路地をぼんやりと歩いていた。街灯の明かりが照らすアスファルトをじっと見つめながら、考えていたのはやはりシャービルのこと。
どういうことだろう。シャービルが、こっちに来た。異世界からやってきたのは間違いない。だが、魔王は倒したはずではなかったか。いや、ただのナメクジだったにしろ、シャービルを操っていたのは、あいつだったはずだ。
シャービルは、自分の意志で行動したりしない。確かそのはず。ポーティはそう言った。だとしたら、何が起こっているのか……。
出口のない考えに沈む俺を、甲高い声が引き戻した。
「うしろ!」
俺はとっさに振り向き、攻撃を繰り出した。知らないうちにシャービルが背後に迫っていた。
「危ねえ……」
肩で息をつきながら、倒れたシャービルを見下ろす。まだ僅かにかちかちと歯を鳴らしていたが、やがてそれも止まった。
そして今の声の主は誰だろうか、と辺りを見まわした。誰もいない。
「おかしいな、確かに声が……」
不思議に思ってキョロキョロしていると、きらきらと黄色い光が視界の端へ降ってきた。それは懐かしい光だった。
「まさか」
俺が上を見上げると、そいつは光の粉をまき散らしながら、螺旋を描いて降りてきた。
「きちゃった」
妖精は、にこにこ笑いながらそう言った。




