何時でも伝えられる「ありがとう」は言えない
「これ、がっでぇえええ! がっでぇ!」
専門店の集まるお店。その中にある子どもが好きなおもちゃが並ぶ、お店。その前には泣きじゃくってしゃがみ込む男の子の姿があった。その男の子が指さしているのは、車のおもちゃだった。
しかし、その子の親は男の子の手を引いてその場を去ろうとする。どうやら、買っては貰えないようである。だからこそ、男の子もその場を動こうとはしなかった。
母親は男の子の手を引き離れようとするが、その子も負けない。床に座り込んで、泣き、叫んでいる。
周りはそれを遠目に見たり、一瞥して去って行く。多くの客が訪れる休日もあり、その親子は視線を集めていた。
「もう、今日は帰るの。ほら!」
母親は周囲の目が、周りの話す声が、聞こえている。それが焦りとなっているのだろうか、話す声も手を引く力も次第に強くなっていった。早くその場を去りたいと思う母親とは逆に、男の子は動かない。
どうしても欲しいおもちゃ。欲しい物は欲しい。はっきりとした意志が伺える。
欲しい物があるのに買って貰えない。母親の力は強くなる。いろいろな感情が男の子の中に溢れ、止める事が出来ないそれは、叫びとなって開放される。
私はそれを、カフェの一角から見ていた。懐かしい思いで見ていた。
*****
嫌だった。
何時も引っ張られて、自分の思う通りに行かなくて。だから、悔しくて、そうして欲しくて泣いたし叫んだ。何も分かってくれないと思っていた。
それは、少し大きくなっていった時にも感じた。
勉強しろだの、手伝えだの、言われなくても分かっていることをいちいち言ってくる。1人にして欲しいのに勝手に様子を見るくるし。タイミング悪く勉強の休憩中でまた、勉強しろ。苛々、苛々。
お弁当も嫌いなトマトが入っていて文句。食べないのだから入れないで欲しい。なのに、食べろ食べろと言われてまた口喧嘩。
その頃の家族写真はどこか距離をおいていた。私なりの小さな抵抗と独立。
でも、今は少し、分かる気がする。
親と離れて暮らす今。少し大人になっていく今。気付かなかったことに気が付いていく今。
あの頃は自分のことしか考えていなかった。本当に。どうして、あんなに言ってくるのか、分からなかった。本当のことなんて、聞いたことがなかったのだもの。親なんてしつこくてうざったいと思っていた。でも、私はその親を理解しようとしただろうか。
あの時は全部が全部嫌だった。
勉強しろって言ったのは、私が心配だったから。せがんだ物を買ってくれなかったのは家のこともあるから。様子を見に来るのは私と話したかったから、お弁当にトマトを入れるのは健康に育って欲しいから。
小さな、毎日積み重なるはずの「ありがとう」が言えない。
自分の変なプライド。恥ずかしさと照れ。
男の子と母親はまだ、奮闘中。
それを見て、きっとあの男の子もこの事を申し訳ないと思う日が来るかもしれないと考える。
その時は親を恨むだろうけど、今は感謝の方が多すぎて、おつりがくる。困ったものだ。
そのおつりの分、私はまだ言えていない。
「花でも買って帰るかな……」
選ぶ赤いカーネーション。
たった5文字の言葉がまだ、素直に言葉で言えないのは、いつかきっと克服しよう。
何時でも伝えられる「ありがとう」は言えない
>Do you like red?
この時期になぜか母の日っぽい話です。
デパートとかでそういう子どもを見つけると、自分の事を思い出します。
あの頃は多大なる迷惑をかけてしまったな、と(-_-;)
親って大変だと改めて思いました。
私も面倒くさい奴でしたが、見捨てないでくれた親に感謝です。
2015/10 秋桜空




