081⚫️動物園は理想郷?
作家、井上ひさしさんの「無口なふたり」伊奈かっぺいさんの綴り方教室「戯曲『無口な二人』一幕一景」もまた、例えば「く?(食べる?)」「く!(食べるよ)」のようなセリフのような印象的な会話で構成されている。生活環境、文化背景が同じ者同士であれば、争いもなく会話そのものも簡略化され、通じ会えるのだろうか。
宇江尾動物園。
そこで長らく暮らしているライオンたちが、野性の新規メンバーを迎える。
新参者がゆっくり周囲を見回す。
目は鋭く、呼吸は荒い。
「・・・ここはどこだ? 風が動かない。匂いが薄い。土の味がしない。お前たちはどうやって危険を察知している? この囲いは何だ? 逃げ道はどこだ?」
飼育下の黒いたてがみのライオンが首をかしげる。
「ここ、あかい。」
「あかい? なんだ、それは?敵はいないのか?獲物はどっちから来る?群れの順位は?ここは誰の縄張りだ?」
飼育下の古老ライオンが短く答える。
「にく、くる。」
「来る? どういう意味だ?獲物が近くにやって来るのか?お前たちは狩りに出ないのか?」
「ただ、くう。」
「待ち伏せか? 役割分担は?誰が追い、誰が倒す?」
「しない。」
「しない?・・・狩りなしでどうやって生きる?お前たちは走らないのか?」
若いライオンが尻尾をゆっくり動かす。
「ここ、しずか。」
「静かだと?静けさは危険の前触れだ。お前たちは本当に警戒しないのか?ハイエナどもの気配を探らなくていいのか?」
黒いたてがみのライオンが短く言う。
「こわくない。」
「怖くない?そんな世界があるのか?お前たちの危機管理はどうなっている?」
古老ライオンが新参者の目を見る。
「ここ、あかい。おまえ、いい。」
新参者は言葉を失う。
しばらく沈黙。
「・・’いい’とは何だ?お前たちの言葉は短すぎる。意味が曖昧だ。・・・だが、なぜか・・・伝わる。」
黒いたてがみのライオンがそっと近づく。
「ここ、すわる。」
新参者は戸惑いながらも座る。
「・・座る・・・だけでいいのか。戦わなくていいのか。身を守らなくていいのか?」
古老ライオンと黒いたてがみのライオンが、同時に言う。
「ここ、あかい。」
新参者はゆっくり息を吐く。
「・・・ああ。’あかい’というのは・・・こういう感覚のことか。」
ライオンたちの距離が、少しだけ近くなった。




