泡少女
試合が決まった翌日。
紅玉との試合にむけて練習が始まった。
内容はある意味かなりハードだった。
魔法が使えない俺は危険なためまだコートに入ることは許されず、フェンスの外で基礎的な魔法の練習のみ。
練習している魔法は動体視力の強化。
マジックテニスをやるにはまず剛速球のボールを見えるようにしなきゃ話にならない。
信介が紅玉の弾丸サーブが見えた理由もそれだ。
魔法使いのスポーツをするなら必須条件らしく、体育でも使うということでこの魔法から練習することになった。
目元に魔法の源である魔力を集める、それだけ。
「クソ、ダメか」
信介や先生や先輩方が教えてくれた通りに魔法を出そうとするも、全くできない。
そもそも魔法を知らなかったのにいきなり魔力を目元に集めるなんてできるわけがない。
みんなはどうやって魔力を感じたり操作したりしてるんだ。
「何がダメなんだろうな。目にグーンと魔力を集めればいいだけなんだがなあ。そしたらグオオって感じになるのに」
信介が練習に付き合ってくれるのは頼もしいのだが、説明の仕方が擬音ばかりで全く理解できない。
グーンはまだ理解できそうだけど、グオオってなんだよ。怪獣の咆哮かって。
信介は腕組みをして目を瞑る。
「うーん、やっぱりアイツに頼むしかないか」
そう言って信介は笑ってもない怒ってもない顔をした。
「部活、終わっても残ってくれ」
部活が終わったあと、先輩方に一緒に帰ろうと誘われたが信介と約束があるからと先に帰ってもらった。
その信介は帰りのミーティングでさよならの挨拶を言った途端、幼稚園児が帰宅するような足取りで校内へ入ってしまった。
暗くなったコートの中を見ると、紅玉がまだ残っていて1人寂しくサーブの練習をしている。でも部活の時と違って魔法無しのサーブだ。
まだ魔法は使えないけどわかる。なぜなら比較にならないほど遅いから。
フォームの確認かな。成長で体が大きくなると無意識に体の使い方が変わるからな。俺も中学ではそれでストローク(ボールを打つ基本的な動作)が安定しなくて悩んだことが何回もある。
それにしてもサーブの速度は大したものだがフォームはあんまり良くないな。打点も安定していない。
紅玉の練習を見ながら待つこと10分。疲労もありもう帰ってしまおうかと思った瞬間、帰らなくて良かったと思った。
戻ってきた信介の横には女子が1人。それも偉く童顔でかわいくて、信介を追うように俺のもとへ笑顔で走ってくる。
走るたびに揺れるバニラ色の髪は、見ているだけで甘いにおいを感じさせる。
「コイツ佐藤静って言って、俺の彼女」
「え」
一瞬、俺にこの人を紹介してくれるのかって思ったことが恥ずかしい。
でもそれ以上に、信介に彼女がいることという事実に驚いた。
まだ出会って2日目だけど信介はバカがつくほどマジックテニス好きなのはわかる。だから彼女なんて作るタイプじゃないと思ってたのに……。
少しだけ嫉妬心が湧き、ジェラシーを込めた眼差しを向けてやる。
そんなことを知らない信介はびっくりする提案をしてきた。
「コイツな、魔法知ったばかりで全然ダメなんだ。教えてやってくれ」
信介は自分でもものを教えるのがヘタクソなことを自覚してたようで、魔法ができない俺をどうしたものかと考えていたらしい。それで佐藤さんが元特別学級という話を聞いて、同じ境遇同士なら、と紹介したらしい。
『私にできるかな』
そう言っている口の動きと同時に、佐藤さんと俺の間に〝私にできるかなあ〟という形の泡が出てくる。泡は地面の雑草に当たると弾けて消えてしまった。
信介が言うには、佐藤さんは小学6年生の時に初めて魔法を知ったらしい。そして中学1年生から特別学級として進学した。しかし魔法の勉強中、誤って魔法を自分に掛けてしまい、その影響で声を失ったようだ。それからは文字の形をした泡を出すことで会話をするようにしたという。
その話を聞いて不憫に思ったが信介に睨まれる。こういうことだけはよく見てるよなあ。
『上手くできるかはわからないけど、よ、よろしくお願いしまう』
挨拶と同時に頭を下げると、ふわりとなびいたバニラ色の長髪が数本俺の鼻を撫でる。柑橘系の香りが鼻腔をくすぐり脳が沸騰しそうになるも、教える立場の人間を先に頭を下げさせる、という無礼極まりない行為をしていると我に返り、急いでこちらも頭を下げる。
頭を下げることに夢中で、泡は一瞬しか見えなかったが、『します』が『しまう』になっていた。泡の魔法には、自動翻訳機能はないらしい。
「こ、こちらこそよろしくおにぇがいします」
噛んだ。はっず。
コートの横にある原っぱに座り、練習が始まった。
『信介君。鈴木君には何を教えればいいの?』
「最初から全部だ。とりあえず魔力がどんなものなのかから教えてやってくれ」
何とも大雑把な言い方に佐藤さんは苦笑いを浮かべた。多分、信介が俺にどんな教え方をしてきたのか察したのだろう。
『あの、わかる範囲でいいんですけど、魔法の授業はどこまでやりましたか?』
「えっと、今日が初めての授業で、魔法の起源って言うのをやりました」
『じゃあ明日には魔法の実技が始まりそうですね。予習になって丁度いいかもしれません。私のやり方だともしかしたら授業と違うところもあるかもしれませんが、よろしいでしょうか?』
「あ、もう全然大丈夫です。はい」
気遣いのできる優しい人だなあ。それでいてかわいい顔って。
鼻の下伸びてないかな。大丈夫だよな。
『いきなり魔法なんて言われても焦りますよね。私も経験があるのでよくわかります。魔法は魔力を源にして出すことができますが、そもそも私や鈴木君のような特殊な例の人は魔力すら感じたことがないので難しいです。なので、まずは魔力を感じてみましょう。私の手を握ってください』
佐藤さんが両手を前に出してきたので、ためらいながらも優しく握る。
小さく細い手。俺のようなゴツゴツした手とは全く違う。触り心地も。
……やめよう。友人の彼女に何考えてるんだ俺は。気持ちが悪い。
『じゃあ、微量ですが私の魔力を鈴木さんの体に流しますね。感染のリスクがありますが、今は風邪もひいていないので大丈夫だと思います』
魔力にも細菌やウイルスが効くらしい。ちょっと俺のイメージする魔力とは違う。
ゲームや漫画の表現からずっとただのエネルギーだと思ってたけど、血のようなものって考えた方が良いかもしれない。
『いきます』
佐藤さんが俺の手をギュッと握りこむと、俺の手から何か暖かいものが体全体へ流れ込んでくる。
悪いものが入ってくる感じではない。むしろ力が溢れてくるようだ。
目を凝らすと、佐藤さんの髪色と同じバニラ色の靄が体を覆っている。これが魔力か。
『どうですか。何か感じましたか?』
「うん。凄いわかるよ」
佐藤さんの手が離れる。すると、だんだんと体全体を包んでいた靄が消えた。みなぎっていた力もほとんど感じられない。どうやら佐藤さんから貰った分は燃料が切れたらしい。
『それを自分1人で引き出すような感じです。やってみてください』
「できるかな?」
『さっきの感覚を思い出しながら、体の奥底から魔力を引き出すようイメージするんです』
言われたとおりにイメージしてみる。
『炎みたいなものが風船のようにお腹の中で膨らむのを想像してみてください』
炎……風船……お腹の中。
『それがだんだんと体全体に浸透していって、溢れてきます』
「なんか催眠みたいでエロくね?」
「信介は黙ってて」
『周りの音で乱されないで。深呼吸をしてリラックスです』
すぅー、はぁー。
なんだか指先が暖かくなってきたぞ。
『いい調子です。そのまま目を瞑ってイメージをもっと鮮明にしましょう』
言われたとおりに目を瞑る。炎……風船……お腹の中。
指先の温度がさらに高くなっていく。
体の奥底から何かが溢れてきそう。そうだ、これだ。
「来たッ!」
感覚が頂点まで来たので目を思い切り開けると、体全体が紫色の靄で覆われている。
さっきとは比べ物にならないほど体の調子がいい。今なら100メートル10秒台も目指せるかもしれない。
『凄いです! スポーツマンだけあって呑み込みがとても早いですね。私なんて1週間は掛かったのに』
優しい拍手が送られる。自分のことのように喜ぶ佐藤さんがかわいい。
「いやー、佐藤さんの教えが上手だからですよ」
「な、コイツはやっぱり才能があるんだよ」
拳を作ってギュッと握ってみると、そこだけ靄が濃くなった。
爪が手の平に食い込むと、血が出ると思うぐらい痛い。明らかに握力が上がってる。
「お、魔力の流れを変えるのもできてるじゃん。そうそう、そうやって強化したい部分に魔力を集めるんだ。そうすれば強化の魔法になる」
「……」
「どうした? 急に黙っちまって?」
「信介、お前マジで教えるのヘタクソ。これならわざわざ佐藤さんを呼ばなくてもお前が俺に魔力を流せばすぐにできてただろ」
「そうかあ?」
「信介だけだったら俺多分一生魔法使えなかったぞ」
練習1日目で佐藤さんを呼んだのはナイスな判断だった。
「でもそれはまだまだ未熟な強化だ。俺や紅玉、というか普通の魔法使いには遠く及ばない」
「そりゃあそうだろ。初めて使ったんだから。でもこれを練習していけば、いずれは俺も紅玉みたいな弾丸サーブを打てるようになるんだろ?」
「できるかもしれないけどおすすめはしないぜ。あれは腕が壊れるギリギリまで強化してる。脳筋がやることだ」
『凄いね。マジックテニスってそんなことするんだ』
腕が壊れるギリギリか。言い方は悪いけど、スポーツにそこまでするのか。情熱の入れ方が違うな。
「ま、あのサーブには他にいろいろ技術があるが、こんがらがるから後にしよう。試合まであと5日。時間がない以上、和成がやることは紅玉の弾丸サーブを見えるようにすることだ。早速練習するぞ」
真面目な顔で信介は俺を見る。
「さっきのように魔力を目に集めればいいの?」
『はい。草を見てみてください。違いがはっきりわかります」
目に魔力を集める。それから、下にある雑草に顔を近づけて凝視してみた。
「うわ、キモッ!」
思わず飛び上がってしまった。
見えたのは、科学の授業でよく見せられた細胞の集まりだった。
『フフ、びっくりしますよね』
佐藤さんが赤子を見るような微笑みを浮かべてきた。
こういう一面もあるんだな。
『今度は遠くにある木を見てみてください』
コートの横にあるグラウンド。その奥にある木に視線を移す。
「凄い。葉っぱが1枚1枚鮮明にわかる」
「今なら視力検査最高点だな」
信介の言う通りだ。多分、100メートル先でCの形をしたやつを見せられても答えられる。
しばらくこの素晴らしい風景を眺めてたら、体を覆っていた靄が消えた。そして極度の疲労が全身を襲い、その場で倒れた。
「なんだこれ⁉」
疲れた、キツイ、腹減った。
足に力を入れたくても入らない。ソフトテニス部に入部したばかりで、練習メニューに追いつくのがやっとだった日々を思い出させた。
『魔力切れですね。しばらく休んだ方がいいです。そうしたら、だんだんと元気になりますよ』
やばい。走ってもいないのに足に力が入らないほど疲れるなんて。
「強化をキープできるのは1分ぐらいか。試合では1ポイントごとに20秒くらいのインターバル。1ゲームごとに2分。他の魔法も使うことを考えるとこれじゃあ大会だと1試合も勝てない。紅玉との試合でもギリギリだな。これから毎日魔力がカラになるまでこれやるぞ」
魔力も体力と同じで毎日鍛えないと増えないらしい。つまりさっきの状態は、ろくに運動もしてない人間がいきなり1500メートルを考えなしに全力疾走するようなものだったようだ。
俺のやるべきことが決まった。
まず魔力を増やすこと。そして目と身体の強化の精度を上げることだ。時間はないけど、やるしかない。
「頑張ろうぜ和成」
「ああ、そうだな」
差し出された手を掴み、立ち上がる。
なんで俺が頑張ることになってるんだろうな。信介が勝手に始めたことなのに。
もうすっかり夜になったので、帰ることに。コートを見ると、紅玉の姿はなかった。もう帰ったらしい。




