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マジックテニス部(1)

 入学式の日。

 体育館で生徒会長や校長の長ったらしい話を聞いて式が終わったあとのこと。



 今日は式と教室での資料配布だけで終わるらしく、午前中で帰宅する。

 親は先生とまだ話があるようで、俺1人だけの下校だ。



 いや、これからもおそらく1人だろう。

 なにせ俺は特別学級というクラスに配属されたからだ。

 障がい者が入る学級のようなもので、クラスには俺しかいない。

 安全のため、魔法初心者の俺と普通の魔法使いを一緒のクラスにはできないらしい。

 教室の真ん中に机が一個ポツンと置かれていたのを見た時、俺がこの学校で友達は作れないと悟らされた。



 数枚のプリントと筆箱しか入っていないバッグを背中に背負って廊下を歩く。

 玄関では帰宅中の1年生を狙った部活の勧誘活動がおこなわれていた。

 熱気が凄まじく、外靴を取りに行けない。

 廊下の角で身を隠して落ち着くのを待つしかない。



「前はもっとずけずけと行動できてたのになあ」



 環境の変化だろう。

 自信たっぷりで胸を張っていたソフトテニス中学生はどこへやら。

 今ではソフトテニスを奪われ、人ごみの中を入ることさえできないほど自信を失っている。

 同じブレザーを着ているのに、俺だけ違うんだ。



「あそこにいるの、みんな魔法使いなんだよな。怖いな、少しでも目をつけられたら殺されちゃうかもな」



 事実、一般的な魔法使いでも軍隊ぐらいは余裕で相手できるらしく、それがあの玄関には100人以上いる。

 もはや国家転覆できるレベルではないだろうか。

 しかも中には魔法使いじゃない者を(さげす)む価値観を持つ者もいる。



 その中に魔法を1つも使えない俺が入る? 無理に決まってる。

 グリズリーの群れに裸で逆立ちしながら入れるわけがない。



「なあお前、こんなところで何してるんだ?」

「ヴぃghぴpsghあh‼」

「うおビックリした! そんな驚くことあるか?」



 後ろから突然耳に声が入ってきて、バカみたいなリアクションをしてしまった。



 振り返ると同じぐらいの背丈の金髪の男が俺を見ている。

 つり上がった眉毛と目が特徴的で、不良みたい。

 背中に縦長の大きなバッグを持っている。その形は見覚えがあり、俺が毎日のように背負っていたものそっくり。



 間違いない、テニスバッグだ。



 魔法使いは非魔法使いのスポーツをやっていないって聞いたけど、聞き間違いだったのか?

 それとも魔法使いではあれが普通のバッグってことなのか?



「見たところ俺と同じ1年だな。なんでここに隠れてるんだ? 部活の勧誘、そんなに嫌なのか?」



 同じ…………じゃあこの男も1年生なのか。



「嫌じゃない。ただあの中に入るのが怖くて」

「なんでだ? ただの部活の勧誘だぜ、別に怖くないだろ」



 理解できないと首を(かし)げる男。

 俺は自分の情けなさでさらに(みじ)めな気持ちになった。



「俺、特別学級でさ。まだ魔法1つも使えないんだよ」



 細い声で答える。

 恥ずかしいな。

 男は近づいてまじまじと俺を見つめてくる。



「そういえば今年は1人特別学級の奴がいるって先生が言ってたな。お前がそうか。魔法使いの世界に来るのは初めてなのか?」

「うん」



 差別されるかも、そういう恐怖が頭から離れない。

 弱い者いじめはよくあることだ。

 月とスッポンほど自分が弱者の位置にいると、何もされてなくても体が震えてくる。



「じゃあさ——」



 何を言われるのだろう。

 死ぬかもしれない気持ちで頭がいっぱいになる。



「部活一緒の入らね?」



「え?」



 意外な勧誘だった。

 いいのだろうか、特別学級の俺が部活に入っても。



「お前さっきから俺のバッグばかり見てただろ。テニスやったことあるのか?」

「うん。中学の時はソフトテニス部に入ってた」

「うはっ、そいつはいいや! じゃあ今からマジックテニス部に体験入部しに行こうぜ! 絶対楽しいからさ!」



 そう言うと男は俺の手を強引に引っ張って玄関へ歩いて行った。



 マジックテニス? なんだそれ?



 おそらく魔法使いのテニスなんだろうけど、全く想像がつかない。



「そういえば名前聞いてなかったな。俺は不死(ふし)信介(しんすけ)。気軽に信介でいい。お前は?」

「か、和成。鈴木(すずき)和成(かずなり)

「和成だな。よろしく」



 そう口にして信介という男は前歯を出すほど口角を上げた。



 そのあと玄関にいるマジックテニス部の勧誘をしているユニフォームを着た先輩のところに行くと、中庭に出てテニスコートへ行くよう言われた。

 靴箱から外靴を持って、中庭口(なかにわぐち)から外へ出る。

 テニスコートに着くまで、信介からソフトテニスのことを物凄く聞かれたので、会ったばかりの人に自分の成績を話すことになってしまった。



「へえ、全国2位か。そりゃあすげえな」

「それほどでもない。結局最後は負けちゃったし」

「でも2位まで行ったんだろ。それに敗北したのにお前はまた立ち上がろうとしてる。だから俺の誘いに乗った」



 まるで俺のことをわかりきったかのように話す信介。

 でも俺が信介の誘いに乗った理由は、強引に手を引っ張られたからだ。

 魔法使いに逆らうのが怖かったからだ。



 広大なグラウンドの横にある小さなテニスコートに来た。

 新入生たちだろうか。テニスコートを囲うフェンスの周りには男女問わず人がごった返していた。



「お前らも紅玉(こうぎょく)目当てか?」



 少し離れたところで不機嫌そうにギャラリーを見ていたユニフォーム姿の先輩と思われる男子生徒が、俺たちに気づくと睨みながら聞いてきた。

 人が集まっている理由は紅玉って人を見るためらしい。



「いえ、俺たちは入部希望者っす」



 さっき信介体験入部って言ってたような?

 訂正しようとしたけど、目の前の先輩の表情が柔らかくなったのを見て今はやめた。

 ここで違うって言ったらさっきより怖い顔をしそうだ。

 空気の読める影の薄い人間だと印象付けないと、あとでどんな酷い目に会うかわからない。



「ようこそマジックテニス部へ!」



 そう言って名も知らない先輩はギャラリーを押しのけ俺たちをコート内へ入れてくれた。

 穏やかな口調で「あそこにいる部長のところに行って」と言われたので、信介と一緒にその部長のところへ。



 すでにテニスコートではボールを打ってる人もいた。



 マジックテニスって聞いたからどんなものなのかと思ってたけど、中学で見てた乱打(らんだ)の光景とよく似ていた。

 魔法使いのテニスも、俺の知ってるテニスと大差ないらしい。



「信介、紅玉って誰?」



 心に余裕が生まれたのか、興味もないくせに聞いてしまった。



紅玉(こうぎょく)天河(あまか)。俺たちと同じ1年。天才と言われたマジックテニスプレイヤーでいくつもの大会で優勝してて、中学全国大会では去年と一昨年連続優勝する本物の実力者」



 凄いな。

 中学3年生になってやっと全国2位になったことに悔しがってる俺なんて子供同然じゃないか。



「ほら、あそこにいる赤い髪の奴がそうだよ」



 信介が指をさした方向は、ギャラリーの視線の先と同じ。



 160センチの俺よりちょっと背の高い女生徒が、違う女生徒と乱打をしていた。



 名の通り紅玉のような赤いロングヘア―に黒いヘアバンド、美しいという言葉だけでは足りないと思えるくらいの美顔。

 照り付ける太陽など無視するかのごとく絹のように白い肌。

 目つきがとても鋭く、目を合わせるだけで凍えそう。

 外見だけで見れば、クールで技巧派なプレイヤーかな。



 長い手で打たれたクロスへのバックハンドは、サービスラインぎりぎりでバウンドした。

 相手はロブで返すが、ネット近くに弱弱しく落ちたチャンスボールは紅玉によってスマッシュで返され、相手は一歩も動けなかった。



「……ふーん」



 魔法使いのテニスは一体どんなものなのかと思ったが、ソフトテニスの乱打と大して変わらないようだ。

 あれなら俺でも勝てる。



「和成、先に言っておくけど、紅玉には惚れない方がいいぜ」

「なんで?」



 信介から理由を聞こうとした途端、コート外にいたギャラリーからどよめきが起こった。

 紅玉が乱打をやめてギャラリーの方へ向かったからだ。ファンサービスかな。



「お前たち。さっきから視線が気になってテニスに集中できないのだけど。おかげでさっきのスマッシュ、1センチも内側にずれたわ。邪魔するなら、帰ってくれる?」



 こわ。

 女王様のように高くて気品のある落ち着いた声。

 それなのに先生から怒鳴られるよりも恐怖を感じた。

 人を踏みつけて喜ぶ悪政の女王を彷彿(ほうふつ)とさせた。



 そこまで良いスマッシュを打ったわけでもないのに、なんで1センチなんて気にしているのだろう。



「聞いた通りの毒舌(どくぜつ)(ひめ)だな。あんな感じだから、実力以外では評判よくないんだ、アイツ」



 それはそうだろう。

 世界的なテニスプレイヤー、というよりスポーツ選手にもそういうタイプの人はたまにいるが、やっぱり嫌われていることが多い。

 まあ、本人はパフォーマンスや戦略の一つと思ってるかもしれないんだけど。



 怒られたギャラリーは、各々いろんな反応を見せた。

 評判通りだった、応援してたのに酷い、がっかりした、嬉しい。



 ……なんだか危ない感じのものもあったな。



 人がいなくなって満足したのか、紅玉は俺たちを一瞥(いちべつ)したあと乱打を再開した。

 一瞬だけ見えた目の色もルビーのように輝いていた。

 引き込まれそうな(まぶ)しさがあった。



「君たちも入部希望者だよね。こっちに集まってね」



 7人の1年に囲まれている眼鏡をかけた部長のところに俺たちも小走りで向かう。



「アイツはいいの?」



 紅玉だけまだ練習していることを信介に問う。



「紅玉はもう団体戦メンバーに入ってるようなもんだろ。だから先に練習してていいんじゃない?」



 スポーツは実力の世界。

 上にいる人ほど特別扱いを受ける。

 こういうところも俺がいた部と同じか。



 そのあと羽成(はなれ)という部長から軽く部活の説明を聞いたあと、マジックテニスの試合風景を見せるというので、部長と紅玉以外はフェンスの外へ出ることになった。


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