新たな世界
テニスコートの真ん中で膝から崩れ落ちる。
「ああ……うあああああああああ‼」
中学最後の全国大会決勝。
絶対に負けられない戦いで俺は勝てなかった。
前衛が作った相手ペアの隙間に対して俺が最も得意とするトップ打ち(バウンドしたボールを高い打点で打つこと)。
それが入れば逆転の可能性があったのに。
チキった。いつもとは逆に速度よりも相手のコートに入れることを意識したから……。
「うぅ……」
砂粒が刺さる膝の痛みなどどうでもいい。
力任せに砂ごと握りしめてしまう。
やり直したい。
もう1ゲームから。
「しゃああああああああッ‼」
対照的に相手チームや仲間からは歓喜の声がこれでもかと響いている。
両腕を上げるアイツの姿はまさに頂に立った者。
俺がそうなるはずだったのに。
「和成」
ペアの悟が優しく肩に手を置いてくれた。
「立たないと。そうしないと終わらない。テニスは握手してコートに出るまで試合は続くんだろ」
「……うん」
落ち着いた声が痛い。
いっそ罵ってくれる方がまだ現実を受け入れられるのに。
泣きじゃくる顔を手で覆うことすらせず、ネットまで歩く。
「4対3でこちらのペアの勝ちです」
「「ありがとうございました!」」
「「ありがとうございました……」」
相手の後衛が一歩前に出た。
「素晴らしい試合だった」
そりゃあそうだろう。
勝てたのだから。
「お互い、一歩でも譲れば負けていた。これ以上ないほどの緊張感だった。だからこそ、言いたい」
右手を差し出して来る。
「1年後、インターハイでまた会おう。待ってるぞ」
憎たらしいほどの大きな手、そして見た目通りの腕力。
この腕が打ち出すボールに、俺はリベンジしたい。
「ああ、必ず会おう」
こうして中学最後の全国大会は終わった。
悟と別れたあと、離れたところにある公衆トイレに走る。
洗面台に行き、水圧を最大にしてから顔を洗う。
涙は止まったが、跡がみっともない。
「涙を洗うぐらい悔しいのですか? あんな低レベルなスポーツの大会で」
鏡越しに後ろを見ると、入り口に1人の女性が立っていた。
肩まで伸びた白い髪の毛。身長は160の俺より50ほど低い。
お金持ちの淑女が着ていそうな露出が全くない黒い服は、黒なのに不思議の国のアリスを思わせる。
「お前にとってはそうかもしれない。だけど、俺にとっては全てなんだ、人生だったんだ」
「あなたもすぐ私と同じ領域に行くんですよ」
女性は俺の隣に立つと、バッグから口紅を出した。
「ここ、男子トイレだぞ」
「大丈夫ですよ。さっきだって父親が3歳くらいの娘さんを連れてましたから」
それはまだ親の目が必要な年齢の場合だ。
30を超えたおばさんがやることじゃない。
「できない約束はしない方がいいですよ。1年後にあなたが彼らと会うことは決してないのですから」
「あれが俺の願望だ」
「わかりませんね。もっと凄い世界に行けるというのに」
化粧を終えると、女性はこちらに振り向いた。
「さ、行きましょう。魔法使いの世界に」




