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執事現るの巻。





 記念に、と貰った紙包みには、怪しげな店で見た『妖精の羽のレプリカペンダント』が入っていた。


「何で……」


 あの店で、ルドランはほとんどタリアの側にいなかったはずなのに、何故これを欲しがっているとわかったのだろうか。


(やっぱり手馴れてるわ)


 しかも、別れ際にキスなんか(額だが)をされて、一体どんな顔をして明日ルドランに会えばいいのだろう。

 タリアはその夜悶々としてなかなか寝付けなかった。

 ただ、それは杞憂だった。

 翌日、ルドランはタリアの前に姿を現さなかったのだから。


 単に休みなのかと思ったが、次の日もその次の日も──さすがに心配になったタリアが庶務課へのお使いのついでに職員へ声をかけると、元々一週間の有休申請が出てるのだと言われる。

 あの日、タリアに合わせて休みを取ったのかとちょっと疑っていた。自意識過剰でちょっと嫌になる。


 そしてあれ以来、リュシーもタリアの前には現れなかった。

 本当に、あんなことをしておいてどの顔で、とは思うが一度あることは二度ある。しばらく警戒していたのだが、その必要はなさそうだった。

 タリアのことを浮気者と罵っていたし、ようやく見限ったのかもしれない──まぁ、先に見限ったのはタリアの方だが。



 ところが、有休期間は過ぎたはずなのに、結局そのままルドランは姿を現さなかった。

 タリアの前に現れないという意味だけではなく、実際職場にも来ていないらしい。デートの翌日は顔が見られないと思っていたが、実際に見られないとなると彼のことが気になって仕方がなかった。

 彼が気になっているのではない。彼が来ないことが気になっているだけだ。

 タリアはそんな言い訳を自分にしながら、毎日のように庶務課を訪ねた。


 何度も訪ねてくるタリアが鬱陶しくなったのか、庶務課の人はタリアの顔を見るなり「今日も来てませんよ。まぁ、いつも無断欠勤も珍しくないですから。何であれでクビにならないんでしょうね、こっちは彼の分の仕事をやらなきゃいけないのに」と、零した。

 そしてそれから小一時間ほどルドランに関する愚痴を聞かされた。相当溜まっていたらしい。

 ついでに「夕食でも」と誘われたが、愚痴を夕食どきまで引っ張るつもりなのだろうか。冗談ではない。


 大体、だ。


 タリアはルドランの保護者でもなんでもない。

 彼がタリアの恋人候補に立候補している、ただそれだけの関係だ。現時点では友人でさえない。

 しつこく食い下がる職員を、適当にあしらって戻ってきたはいいが、一体彼に何があったのだろう。





 そしてとうとう、例のパーティーがもう明日に迫っているその日になった。

 相変わらずルドランの行方はわからない。

 庶務課ではもう、元からいなかったものとして扱われていた。

 もちろんタリアは、彼が幻なんかではないことを知っている。今胸元で揺れている虹色の羽がその根拠だ。


「どこかで事故にあって死んでしまったのではないか」

「大きな事件に巻き込まれて逃げている」

「仕事が嫌になって逃げ出したのではないか」


 庶務課では諸説囁かれているが、どれもタリアにはしっくり来なかった。


 街の人間は皆、認識票を身につけている。例え野垂れ死んだとしても、どこの誰かは判明するはずだし、真っ先に役場に連絡が入るだろう。

 巻き込まれて姿を隠さなければならないほど大きな事件も、起きてはいないはずだ。

 仕事が嫌で逃げ出すことも多分しないだろう。何故ならば、彼は仕事のほとんどの時間を寝て過ごしていたのだから。そんな仕事が今更嫌になるわけもないだろうし、それでもクビにはならないのだから他にこれ以上好条件の仕事があるとも思えない。

 とすると、考えられるのは誘拐にあったとか、部屋で人知れず倒れているとか──色々不吉なことがが頭をよぎる。

 しかし、友人でさえない今、彼の連絡先を勝手に庶務課に聞くのは躊躇われる。職権乱用と思われても仕方がないし、彼との関係を根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 まぁ、例のマウント女が公衆の面前で騒いだせいで、男爵家のパーティーに一緒に参加することは周知されてしまっているので、今更な気もするが。


 気になっているのは、彼が別れ際に「じゃあパーティーで」と断言していたことだ。

 あの時既に彼は、パーティーの日まで帰れないことを承知していたのではないだろうか。


 疑問は膨らむばかりだった。


 今日はパーティー前日──まぁ、この際パーティーははっきり言ってどうでもいい。

 一人で参加する勇気はないし、考えてみたらパーティーに着て行けるような服も持っていなかった。

 ドレスを借りられるような知り合いもいない。

 買うにしたって、中古の型落ちドレスでもタリアの半年分の給料位はするのだ。一度きりしか着ない服にそんなにお金はかけられない。

 明日、体調不良でドタキャンすればいいだろう。所詮はお貴族様のままごと遊びなのだから。

 タリアが参加しないからといって、何が変わる訳でもパーティーに差し障りがある訳でもないだろう。

 あのマウント女とリュシーがタリアを嘲笑うことが出来ない、ただそれだけのことだ。


 つらつらと取り留めもないことを考えていると、いつの間にか終業の鐘が鳴っていた。

 飲み過ぎたあの日以降、距離感がぐっと縮まったマデリーンが夕食に誘ってきたが、今日ばかりはそんな気になれない。

 タリアは少しだけ残業をして書類を片付けると、ささっと私服に着替えて職場を出た。今の時期は日が暮れるのが早く、既に外は暗い。


(結構肌寒くなってきたなぁ)


「……ん?」


(何だろう──誰かに見られてる?)


 職員用の出入口付近に立つと、ふと視線を感じた気がした。

 気になって辺りを見回すと、ビシッとスーツを着こなした執事然とした人が、こちらを向いて立っているのに気づいた。


(執……事……?)


 実際に見たことはないが、きっと執事というのはこんなだろうという想像を体現したような人物だったので、きっと執事なのだろう。

 艶やかな光を放つ黒い燕尾服、薄暗い夜道に真っ白なシャツが眩しい。

 目が合ったので、軽く会釈しておく。

 すると、なんとその執事(仮)がタリアに近づいてくるではないか。


「失礼します。お嬢様がタリア様でいらっしゃいますか?」

「え……はい、タリアは私ですけど……」

「これは僥倖でございました。わたくしはドナウドと申します。ウェイゴールド家よりお迎えに上がりました。こちらへどうぞ」

「えっ……えっ?! ちょっと……?!」


 タリアが戸惑っている間に、さぁさぁと背を押されて側道に止まっていた馬車に乗せられてしまった。乱暴ではないし、恐ろしい感じもしないものの、有無を言わせない感じだった。

 執事(仮)は御者席に座ってしまったため、馬車の中はタリア一人になってしまった。これでは誰にも事情を聞くことができないではないか。

 結局、馬車はそのまま出発した。

 微妙な舗装の街道をガタガタゴトゴトと揺られながら、タリアは「何でこんな事に……」と呟いていた。


(これは誘拐? 誘拐なの?)


 少々強引ではあったが、犯罪を犯しているような空気感ではなかった。嘘か誠かはわからないが、家名も名乗っていたし。

 ただ流れるようにして馬車に押し込まれただけだ。何だか手馴れていたのは気になるが。

 しかし、タリアが知らないだけで、そういう感じの誘拐も有り得るのかもしれない。

 だがしかし──これだけは声を大にして言いたい。タリアを誘拐しても一文の得にもならない。

 何と言ってもただの平民だし、両親は死んでしまっていないのだから、身代金を搾り取るところがない。


(え、じゃあ捕虜とか奴隷にでもされるのかな?)


 仮に彼らが誘拐犯だったとして、だ。

 街中にある役場の裏口、しかも他の人間も見ている前で、誘拐するような危険を犯すだろうか。

 顔も丸見えだったし。執事服目立ってたし。

 それほどのリスクを犯してまで誘拐する価値が、タリアにあるとは思えない。

 それに、今もこうして馬車の中で自由に動けているのも解せない。

 これはタリアの中の勝手な誘拐のイメージだが──例えば、人気ひとけのない場所で突然睡眠薬を口に当て気絶させた女を担ぎあげ、叫ばれないように猿轡を噛ませて馬車に転がしておく──それこそまさしく誘拐じゃないだろうか。

 考えれば考えるほどわからない。


「?????」


 頭の中で沢山の疑問符が踊っている。


 増える一方の疑問は何一つ解けないまま、タリアがうんうんと唸っている間に目的地へ到着したようで、馬車は緩やかに止まった。









明日もできれば夜(20-23時)に更新したい所存です。


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