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第七八話 室町幕府滅亡

 ■天文十六年(一五四七年)十月下旬 近江国 三雲(みくも)城付近


 佐和山城を出発した美濃勢・尾張勢と援軍の朝倉勢は、柴田勝家が近江統治の拠点としている観音寺城にさらに一泊。そして翌日、将軍足利義藤が立て(こも)っている三雲(みくも)城のある城山付近まで三時間ほど進軍して陣を構えた。

 三雲城は六角氏重臣だった三雲(みくも)定持(さだもち)の居城で、標高三百メートルほどの城山(しろやま)を利用した山城だ。


 かつて六角氏本城だった観音寺城は、面積は広大だがさほど守りの堅い城ではない。六角氏は伝統的に敵に本城の観音寺城を攻められると、すぐさま放棄してこの三雲城や甲賀山中へと逃亡して、敵軍の退却を待ったり、ゲリラ戦を行なう一風変わった戦術を取る。

 史実でも室町幕府九代将軍の足利義尚(よしひさ)が率いる幕府軍に、観音寺城が攻められたときには、甲賀山中で三年間もゲリラ戦を展開して、結局幕府軍を撤退に追い込んでいる。


 また信長が六角義賢を攻めたときも、一晩であっさりと観音寺城を放棄して、その後は甲賀山中を拠点としてゲリラ活動を展開した。甲賀衆と連携した弓を用いた攻撃を主として、織田軍に対し奇襲を行って少なくない被害を与えたのである。

 現在は数え三歳の六角義治(よしはる)も弓の名手となり、かつては敵として戦った浅井家と連携したりと、しぶとい抵抗を見せつつ十年以上も何処ともなく潜伏する。なんと、信長と争った甲斐の武田勝頼と連携するために、遠く甲府にも出現したエピソードが残っている。

 さらに本能寺の変後は、いつの間にか豊臣秀吉の弓術師範に就任しているのだ。今は幼児でも、素早い逃げ足と弓を使った強力な攻撃力は脅威。加えて長期の潜伏にも耐える体力と忍耐力と強かな政治力をあわせ持ち、敵にすると非常に厄介な武将に成長するのだ。


 六角氏当主は伝統的に逃げ足が速く、強力な弓攻撃をしてきて実にしぶとい。

 ただ六角のしぶとさは、甲賀衆との連携があってこそ。この世界では甲賀衆の多羅尾光俊が織田の諜報衆の頭領になっているだけでなく、甲賀衆や伊賀衆からすでに多くの人材を取り込んでいる。六角ゲリラも甲賀衆との連携を史実ほどには取れないだろう。そもそも甲賀衆は、史実でも六角氏没落後は信長に協力したり、本能寺の変後は徳川家康に接近するなど、次期の権力者を確実に見定める強かな面もある。


 信長ちゃんに抵抗している室町幕府十三代将軍の足利義藤(義輝)は、つい剣豪将軍のイメージで考えてしまいがちだ。そのため史実の信長を外交戦術で苦しめた、弟の足利義昭より、(くみ)しやすしと思えてしまうが、義藤はしつこく暗殺を仕掛けてくる厄介な性格をしている。


 暗殺好きの粘着質な将軍と、ゲリラ戦が得意で強力な弓攻撃を仕掛けてくる六角氏。この組合わせは危険すぎる。

 反英武力闘争を行なっていたIRA(アイルランド共和軍)のメッセージに『俺たちは一度だけラッキーならいい。だがあんた方は、常にラッキーでなければならない』とある。

 暗殺を防ぐのは非常に困難なミッション。刺客は隙があればいつでもどこでも仕掛けられるけれど、防ぐ側は常に隙がない状態でなければならない。


 愛しの信長ちゃんが暗殺のターゲットとされて、いつでもどこでも狙われるのは勘弁ならない。彼女の天下統一へと歩む将来への危険分子は、今回の合戦でおれの手により完全に殲滅する心積もりだ。


 昨晩から三雲城内に、次の内容の矢文を盛んに打ち込んでいる。もちろんおれの提案だ。

『城内の甲賀衆と伊賀衆は全員助命する。城から退出せよ。


 甲賀衆および伊賀衆は、城将の捕縛(ほばく)、城将の首級(しゅきゅう)、城壁や城門の(かんぬき)の破壊、井戸への毒投入などの功績を多羅尾光俊あてに報告せよ。

 それぞれの功績に応じて充分な褒美を与えるぞ。心得があるものは明朝までに行動せよ。


 六角定頼は足利義晴・義藤親子を(そそのか)して、大恩ある武家の頭領である織田右大将信長に謀反を起こさせた。

 六角・足利は天下の謀反人だ。彼らに忠誠を誓っても必ずや天罰が落ちるだろう。

 三雲定持は謀反人に城を奪い取られただけなので、城外へ脱出すれば助命する。


 細川・三好・北畠の援軍は、それぞれの討伐のために信長が大軍勢を差し向けているので後詰には来ないぞ。

 越前の朝倉宗滴は最初から織田の味方で、寄せ手に加わっているのを知っているか? 旗印を確認してみろ。


 この三雲の城は既に三〇〇〇〇以上の兵で包囲されているぞ。勝てるわけがない。

 甲賀衆と伊賀衆は(やぐら)に登るな。大量の鉄砲で狙っているので誤射してしまうぞ』


 このような矢文を大量に打ち込めば城内はたまらない。

 甲賀や伊賀の兵は、城内で破壊活動をしたり隙のある武将の首を取って脱出する。また甲賀衆や伊賀衆でなくても、破壊活動を行ったと偽って投降すれば、褒美がもらえるし、三雲兵と偽れば生命の危険なく脱出できる。

 城内の士気はこれ以下にならないほど低下するはずだ。脱走・殺害・破壊活動や疑心暗鬼の嵐が吹き荒れるだろう。


 そもそも戦国時代の攻城戦では、城を枕に城内の将兵が全て討ち死にする決着は、めったに起こるものではない。謀略・調略による内部分裂・裏切りや、兵糧切れ・水切れや圧倒的戦力差によって、守備側が士気を維持できずに降伏して落城する場合が殆ど。

 三雲氏も六角に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、この時代の殆どの国人衆と同様。強いものに巻かれるように主家を見限ることもある。


 城内への謀略工作をすると同時に信長ちゃんは、朝倉宗滴率いる一二〇〇〇の軍勢を京方面から迫る細川・三好の援軍に向け、斎藤道三など美濃勢には伊勢からの北畠の援軍に対応できるように展開布陣させた。

 刺客が怖いので今回の合戦では、信長ちゃんには軽装ではなく黒い南蛮鎧と黒い南蛮兜のいわゆる『現代の信長公イメージ』のスタイルで戦ってもらうことにしている。

 スリムな信長ちゃんにはずっしりと重いかもしれないけれど、安全には代えられない。可憐な美少女信長ちゃんの信長公スタイルも、新鮮で凛々しく惚れ惚れしてしまう。


 ◇◇◇


 大量の矢文の策略が功を奏したようで、将軍をはじめ敵兵が籠る三雲城から脱走する兵は、後を絶たなかった。既に城内の士気はガタ落ちしているだろう。いくら将が抗戦をしようとしても篭城できるものではない。

 結局のところ三雲城を一昼夜包囲しているうちに、三雲定持、六角定頼と義治の首級が届けられた。


 例のごとく太田牛一にあとから聞いた話だが、寄せ手におれ滝川一益の軍勢が加わっている事実がさらに効果的だったらしい。

 おれがこの世界にくる前の戦国時代の滝川一益さんと六角氏には因縁がある(第九話)。そこで『六角に恨みをもつ滝川左近が寄せ手に加わっている以上、六角係累や六角に同心した者は根切りにされる』と噂を呼んだらしい。そうして皆殺しを恐れた六角兵十数名を中心とする数グループが、目ぼしい将を殺害してまわったとのこと。


 手間が省けたといえば省けたし、なによりゲリラ戦術を取られなくて済むのがほっとしたところ。だがさすがに三歳の六角義治の小さな首をみると、どうしようもなく嫌な気分になる。この世界では力を持たねば勝者にならねば、あの幼い奇妙くんだって義治の二の舞になってしまう。


 脱出する兵が後を絶たず、城内に残るのは足利将軍親子他兵数十名となったため、信長ちゃんは柴田勝家にいよいよ城攻めを命じた。勝家の配下には数か月前に帰参したばかりの旧浅井家臣が多く、武功をあげさせる狙いもあった。


 結局のところ攻城戦は半刻(一時間)足らずで終了した。

 前将軍の足利義晴は磯野員昌(かずまさ)配下の攻撃により、鉄砲玉数発を受けて討ち死にし、将軍足利義藤(義輝)は城内で自害していたとのこと。

 抵抗する将兵がいなくなったため、三雲城は補給隊に所属する工兵によって、完全な破却と放火が行われて三雲城攻城戦が終了した。


「天下に弓する足利典厩(てんきゅう)(義藤=義輝)を討ち取ったぞぉおお! えいっ! えいっ!」

「おおおおおおーッ!!」

「えいッ! えいッ!」

「おおおおおおーッ!!」

 信長ちゃんは、ひとしきり勝どきをあげる。

 その後は死体処理などの残務を行なう隊など別命のある隊以外の尾張勢・近江勢に対しては、観音寺城にほど近い建築中の安土城へ向かうように命令を下した。


 佐久間信盛には、足利将軍親子・六角定頼・六角義治・三雲定持らの首級を京へ運び(さら)させる。多羅尾光俊には京都で『足利と六角は天下に弓引いたため天罰が下った』旨の風聞を広めさせるなど、世論操作の命令や帝への戦勝報告の文も忘れていない。

 この辺りの手際は、毎度の事ながら見事な信長ちゃんである。


「ふーぅうっ。この鎧は丈夫で見目も良いのだが実に重かったのじゃ」

 二十キロほどの重量の鎧を着用し続けていたため、微笑んではいるもののさすがに疲労は隠せない。

 早々にお気に入りの軽量の白い鎧に着替えた信長ちゃんが、はにかみながら声を掛けてきた。

「安土の城はいかなる様子であろうなあ」

「城普請がどの程度進んでいるか楽しみですね」

 

 集合場所で建築中の安土城まで行軍する尾張勢に朗報がもたらされた。京方面から来襲する敵援軍の迎撃に向かった朝倉勢と、伊勢方面からの敵援軍の迎撃に向かった美濃勢から相次いで戦勝の報告が入ったのである。


「頼もしい爺どもであるのじゃ」

 信長ちゃんは満足げに笑うのだが、佐和山の爺合戦というか口論を思い出して思わず苦笑してしまう。


 ◆天文十六年(一五四七年)十月下旬 近江国 安土城


 建築中の安土城では普請責任者の丹羽長秀が迎えてくれた。

「上様、おめでとうございます!」

 五郎左さすがだぜ。信長ちゃんが右近衛大将(うこんえのだいしょう)を任官したので『殿』から『上様』へ呼び方を変えている。


「うむ。五郎左も城普請、大儀であるのじゃ。戦勝祝いに諸将に湯殿を振舞おうと思ったのだが……」

 来客に風呂を振舞う行為に大歓迎の意味があったことを知ってか知らずか、信長ちゃんは戦に尽力した諸将に湯殿を振舞いたいらしい。

 確かに、疲労も取れて気持ちいいとは思うけれど、そもそも建築中の安土城だし、湯を沸かす燃料があるのか心配だ。


「こんなこともあろうかと大量の薪炭(しんたん)を用意してあります。それから上様用にはしゃぼんを堺から取り寄せました」

 素晴らしいぜ、長秀。気が利くことこの上ない。『こんなこともあろうかと』は君のためにあるようなフレーズだ。

「見事な手際。さすが、五郎左だ。素晴らしいぞ」

 旧暦の十月下旬は新暦の十二月上旬に相当する。特に日が暮れると冷え込みも厳しい。きっと皆さんも温かいお風呂を喜んでくれるはずだ。

「うむ。近江勢や美濃勢、宗滴の爺にも楽しんでもらうように」

 きっと宗滴爺ちゃんや蝮爺ちゃんなどの年配には特に喜ばれるだろう。


「はい、かしこまりました」

「父上と爺も来るかも知れぬが(さわ)りあるか?」

「いえ。問題ありません」

 伊勢方面の攻略に出陣した信パパは、予定通りに調略済みの長野氏の長野城、木造(こづくり)氏の木造(こづくり)城を開城させた。その後は伊勢のラスボス北畠氏の霧山城も、既に北畠勢が道三率いる美濃勢に打ち破られていたこともあり、開城および接収して伊勢攻略が一段落ついている。そこで娘の戦勝祝いのためにも、この安土城に向かっているとのこと。


「うむ。みなに酒や食事などを充分振舞ってくれ」

「はいっ! 委細承知しております」

 戦に参加した各将への湯殿や酒の振る舞いの手配を長秀に任せた当の信長ちゃんは、建築中の城のいたるところを見て回って、持ち前の好奇心がかなり刺激されているようだ。

 安土城は総石垣で竣工予定なので既に数か所で石垣工事が始まっている。おそらく石垣積みのスペシャリスト――穴太衆(あのうしゅう)の手によるものだろう。この安土城から日本中に総石垣の城が流行するのかもな。


「さこん! ほら、この石垣の有様(ありよう)は見事であるなっ!」

 大きな目をキラキラさせながら信長ちゃんは辺りを駆け回って、石垣の石を叩いてみたりしている。

「姫、石垣はまだ仕上がってないので危ないですよ」

「この石組みは実に見事であるゆえ検分しておるのじゃ」

 信長ちゃんは制止などお構いなく、あちらこちらの石垣や建物に興味津々だ。

 こうなってしまうと、もう彼女を止める術はない。

 駆け回る信長ちゃんを見ていても楽しいし、当面の敵を一掃した気分の良さもあるから、強く止める気もないけどね。


「ほー!? この上に天主なる矢倉が建つのであるなっ!」

 彼女は次に天主台と思われる石垣へ走っていって、石をこんこんと叩いたりしている。

「ええ。おそらく天主が建つでしょうが、近づきすぎると危ないですよ」

「うむっ! 十八間(三二.四メートル)の天主が建つのが楽しみであるなあ!」

 この好奇心いっぱいの生き物が実質的な天下人である。史実の室町幕府の滅亡よりなんと二六年も早い快挙だ。


(第二部 飛翔編 了)


これにて第二部完結です。

ご読了まことにありがとうございます。

武田戦がメインとなる第三部以降も引き続きお楽しみいただけると感謝感激でございます。


付録をはさみまして第三部は3/10(火)2000ごろ 更新予定。


読者の皆さまのブックマークと★評価が、創作活動のモチベーションの源になります。

どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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