その7 創造幻想
妖精さん。
その大きさは、全長10センチ程度だろうか? 肩甲骨辺りまで伸びた金の髪と、血のような、あるいは紅玉のような赤い瞳。背があれなのでよくわからないが、胸は大きいように思える。そんな美少女だった。
……3頭身デフォルメだけどな!
「で、アンタ、何?」
『何とは失礼じゃな。我はこの神具・創造幻想に眠りし英霊じゃよ』
英霊。昨日聞いた、伝説の英雄の魂の欠片。……この3頭身デフォルメが?
神具。やはり昨日聞いた、魔装具を凌ぐ伝説の武具。……この手袋が?
『ぱっと見でわからんのも無理ないが、事実じゃよ。ちなみに3頭身デフォルメなのは、主の魔力が生前の姿を作るに足りないからじゃ。本来の我は主の好み通りのナイスバディじゃぞ。精進するがよい』
なんだと!? ならがんばって強くなれば俺好みのナイスバディのお姉さんとご主人様特権であんなことやこんなことが!?
『……いやまあ、年頃の男じゃし、当然の思考といえば思考なんじゃが、こっちにまでその妄想が駄々漏れじゃぞい』
さすがに引くわ、とまで言われ、ちょっとショック。いや俺が悪いんだけどさ。そしてエリー。なぜこっちをそんな目で見てるんだ。「やっぱり……胸……」とだけ聞こえるけど、そんなに引かれるようなことを考えてましたか俺は!?
「ごほん。で、お前は本当になんなんだ? いや、この手袋に取りついた妖精さんだと言うことは理解したけど。名前とか、手袋の力とか。あ、俺は山岸啓太」
『主の名前は精神がリンクしておるから理解している。我の名だが、あいにく生前はともあれ今はしがない道具ゆえな。個人名と言うものはない。創造幻想と呼ぶか、それがいやなら適当にあだ名でもつけてくれ』
「ふむ。……じゃあリアで」
名前をつけると、妖精――リアはふむ、と頷いた後。
『響きは悪くないの。由来はなんじゃ?』
「由来といわれてもな。“リアル”でリア」
『……はぁ』
溜息を吐かれた。なんかすげえショックだ。
『さて、我の、と言うか、創造幻想の能力じゃったな。
一言で言うなら、これは主がイメージした物質を現実に形作る能力がある』
よっしゃ投○魔術来たーーーーーーーーーーーーーーーー! 宝○か! ○具を○影すればいいんだな! エクス○リバーでどんな敵も一撃必殺だーーーーーーーーーーーーーーー!
『……いや、主よ。それは無理じゃから』
「え? なんでだよ?」
そういう能力なんだろ?
『……やってみればわかるか。とりあえず、今考えた剣を作ってみればよかろう。脳内で綿密にイメージをし、手袋に「作れ」と命令を出すだけじゃ。言葉すら要らぬよ』
ふむ。呼吸を落ち着け、軽く目を瞑る。
想像せよ! 黄金の刃、質素だが美しい装飾、迸る魔力。その剣は十二の会戦を超えなお不屈。その勲詩は千の年を越えなお不朽。
折れることなく存在し、鎧を着た敵ですら一刀両断にしたその切れ味。ゆえに、その銘は――
「こい! エクス――!」
俺の叫びに応え、大気が、魔力が、俺の中に集まり――――――霧散した。
「…………あれ?」
手の中には何もない。なんか力が集まったんだけど……
『まあ、当然じゃろうな』
「なんでだよ。想像したものを作るんじゃなかったのか?」
『無論そうじゃ。だが、無条件で何でも作れるわけではない。そこにはちゃんとした法がある』
法?
『まず、作るものの重さ、そして、マジックアイテムであるなら、その力。その双方に応じて、作るのに必要な魔力が変わる。重ければ重いほど、強大な魔力を持っていればいるほど、魔力が必要になるわけじゃ』
ふむふむ。まあ、確かにそれはそうだろう。
『次に、矛盾するものは作れん』
矛盾するもの。
それはつまり、魔力がこもっていないのに、「どんなものでも切れ、どんなことがあっても折れない剣」のようなものか。
剣は切れ味を求めれば求めるほど、折れやすくなると言う性質を持つ。残念ながら、両立は無理なのだ。
『そして最後に。その品を理解してなければいかんのじゃ。魔剣などであるなら、こめられた魔術式もな』
あ、そりゃあ失敗するわけだ。あの剣にどんな魔術式があるのか、なんて知ってるわけねえ。だってフィクションのアイテムだしなあ。
『今の主の想像力では、背負ってる剣すら作れんじゃろう。切れ味と構造に矛盾を出して破綻させるのは目に見え取るわ』
うわ、使えねえ。
つまり、リアの発言をまとめると、こうだ。「強い武器を作れるようになりたいなら、材質から構造から、果ては魔剣なら魔術式に至るまで。その武器を構成する要素全てを理解しろ」
……実用化にどれだけ時間がかかるんだ、これ。
『まあ、練習も兼ねて、主が思いつく一番身近なものを作ってみるとよかろうて。
そうじゃな、日用品とかがいいぞ』
よく使う日用品、か。……箸? とりあえず、学食にあった割り箸をイメージする。着色もされてない、普通に割り箸。イメージは簡単だ。……よし、行け!
30秒ほど集中してイメージして、割り箸を作る。
「……本当に、できた」
手の中には、れっきとした割り箸があった。
「ケイ、これは何ですか?」
興味を持ったのだろう、エリーが手の中を覗き込んで聞いてきた。
「これは割り箸といって、俺の故郷にあった食器だ。こうやって割って、こういう風にもって食べ物を掴むんだ」
割り箸を割って実演してみる。
「面白いですね」
私もやってみたいです、なんていうエリーの願いに応え、もう1回。……よし、成功!
ところで。
「なあ、リア。これの何が“反転属性”なんだ?」
『ああ、そこか。それは、反転の力で現実を反転させ、主の想像を現実にしておるのじゃよ』
よくわからないけどそんなものなのか。
取り合えず、いつかこれで物語みたいなすごい剣を作ってみたいものだ。
◆ ◇ ◆
取り合えず、リアを肩に乗せた俺は、エリーの手を引いて冒険者の店にやってきた。
冒険者、と言うのは、いわゆる何でも屋だ。何でも屋と違うのは、傭兵のように戦闘を想定していること。傭兵と違うのは、何でも屋のように戦闘以外のことも行うこと。
冒険者は、時に物語の英雄としての立場を得るが、事実ははなはだ散文的で、ゴロツキよりはマシな正規の職業につけない人々、と言うイメージを人々は持っている。まあ、それでも仕事があるのだから、そんな連中の力でも借りたい世界、と言うことなのだろう。
ちなみに、冒険者は登録とか特権的同業組合とかはまったくない。名乗ればそれで冒険者なのだ。
「と、言うわけではじめまして。新米冒険者のケイとエリーです」
「どういうわけかはよくわからないが、よろしくな。新米かい、お前さんたち」
挨拶をした冒険者の店の親父さんは好々爺みたいな表情でそんなことを言った。ちなみに冒険者の店と言うのは、その名のとおり冒険者に来る依頼を仲介するお店で、酒場も兼用している。
依頼人は、普段は冒険者なんて関わりたくない人々。個々の冒険者なんて知らなくても、冒険者の店の看板を見て来れば、依頼はできると言うわけだ。
「まあ、うちは初心者歓迎だからね。ゆっくりとしていってくれ」
「いえ……ゆっくりしたいのは山々なのですが、できるだけ早く仕事を始めたいんです。初心者でもできて、別の町や国に向かう仕事はありませんか?」
残念ながら、俺たちは城から抜け出してきた客人とお姫様なのだ。城下町とはいえ、長居すると追っ手に捕まる可能性は高くなる。
「ふむ。急だね。訳ありかな? おうい、リチャード」
親父さんの呼び声に応えて、酒場のテーブルでポーカーらしきゲームをやっていた男性がこっちへとやってきた。
「なんだい、親父さん」
「お前さんたちのパーティ、確か午後から隊商の護衛でラムラドールまで行くんだろ? このひよっこどもも連れて行ってくれないか」
「いつものかい? まあ、かまわないけど」
30半ばくらいの男性は、そこでこっちを向いて挨拶をしてきた。
「はじめまして。私はリチャード・エレン・ライアンだ。この店の専属冒険者でね。君たちのような新人と一緒に仕事をして、仕事の基本や感覚を勉強する、と言うことをよくやっている。
君たちがよければ、今回私たちの仕事を、共に請けることになるけどどうだろうか?」
「はじめまして。ケイです。こっちはエリー。
今のお話ですと、渡りに船と言うか、デメリットがこちらにはまったくないおいしい話のように聞こえますが、何か“受けない”ことを選ぶ可能性のある問題はあるのでしょうか?」
俺の返事に、リチャードはほう、と感嘆の声を上げた。
「よく目をつけたね。確かに私は、君たちに有利なことしか言わなかった。そこで食いついてこなかったのは正解だ。見込みがあるね。
ちなみに言わなかった問題点だけど、まず一つは、基本的に私たちの指示に従ってもらうことになる。もちろん、無茶なことを言うつもりはないよ。この新人教育も親父さんからの依頼として扱われるからね。無茶なことを言って死なれたらこっちも報酬を貰い損ねるわけだ。
でも、嫌な思いをするような内容になる可能性はあるからね」
素人でもできる、でも汚れる仕事とか、疲れる仕事とかを任されるのだろうか。あるいはミスをしたときに怒鳴られるのかもしれない。
まあ、そんなこといってたらバイトすらできないしな。新人なら当然のことだ。
「次に、研修期間、と言うことで、報酬の分配のとき、君たちの分は少し少なくなる。そうだな。みんなで頭割りをしたときの、2割くらいが減ると思ってくれ」
「なるほど。それだけでしょうか? そうでしたら、よろしくお願いいたします」
この条件。確かに全部が全部いいことではない。だが、リチャードさんたちが正統、かつ善人な冒険者であるならば、この条件は金銭よりも大事なもの、つまり経験とか、冒険者の常識とか、そういうものを手に入れられるはずだ。
それに、午後にも街を出るとなると、これはとてもありがたい。
こうして、俺たちの初めての冒険は幕を開けた。
◆ ◇ ◆
Side:飛鳥
朝、と言うか、すでに昼なのだが、起きたら、ジャスティン姫ことジャスティが部屋に飛び込んできた。
「飛鳥様! 一大事です! 飛鳥様の御友人が城の財宝と妹のエリーを盗んで城を抜け出しました!」
「……………………はい?」
ジャスティの話をまとめると、起床の時間になってもエリシエル姫が起きてこなかったらしい。
これは珍しいことなのだが、疲れていたのだろう、と少し放置したものの一向に起きてくる気配がない。さすがにこれ以上はまずい、と言うところで女官がお越しに部屋へ入ったところ、ベッドはものの抜け殻。
寝巻きがなく、服は揃っていたことから、寝巻きのままいなくなった、と判断したのだそうな。
確かに、寝巻き出歩いて城を出るわけないから、誘拐された可能性、と言うのは妥当な線だろう。さらに調べを進めてみたところ、エリシエル姫の装飾品がいくつかと、宝物庫においてあった魔装具が2つなくなっていたらしい。
姫の誘拐、さらに宝物の窃盗。断じて見過ごすわけには行かない、犯人を見つけなければ、と意気込む兵士たちは、ふと気づいた。
啓太がいない。
もし、これで啓太もさらわれた様子があったのなら、別の判断がされたのだろうが、啓太の部屋は、どう見ても事前に準備をして自らの意思で城を出たようにしか見えなかったらしい。
で、国王陛下を筆頭に、「啓太がエリシエル姫に懸想を抱いた挙句、身分の差を慮って誘拐。行きがけの駄賃に金品を奪ったのだ」と言う理屈で纏められ、現在指名手配の準備をしているらしい。
「飛鳥様はどう思われますか?」
「エリシエル姫がなぜいなくなったのか。宝を盗んだのは誰か。それはわからない。啓太が自分の足で城を出たのも正しいと思う。けど、犯人は啓太じゃない」
それだけは断言できる。
「なぜ? 自慢ではありませんが、エリーは器量よしです。年頃の殿方が惚れてしまい思いつめてもおかしくはありません」
「うん、一度拝見したことあるけど、可愛い子だったね。でも、その理由で啓太が彼女をさらうことはないんだ。だって……」
うん、この理由でだけはありえない。何年幼馴染やってきたと思ってるのか。
「あいつ、スタイルのいい年上の女性が好みだからね。女性に惚れて浚うなら、エリシエル姫じゃなくてジャスティのほうだと思うよ」
「え? そ、そうなのですか?」
「うん。ジャスティはすごい美人だし、多分啓太の好みどんぴしゃだと思うな。だから、啓太じゃないよ」
あ。ジャスティがすごい真っ赤になった。やっぱり付き合いのない人間でも、自分がその男性の好みそのものって言われるのは意識するものなのかな。
「わ、わかりました。飛鳥様のことですから、信じます。ですが、父上や兵士たちまで説得できるとは……」
そこが難点だ。状況証拠としては啓太に不利すぎる。
「困ったな。どうにかならないかな?」
「……わかりました。父上を説得します。手配まで解除できるとは思えませんが、せめて捕まえるときに五体満足で捕まえる、位の妥協は引き出して見せます」
そんなわけで。
山岸啓太の指名手配が始まったのだった。……啓太、ごめん。僕は無力だ。
気がついたらPV6500オーバー! ユニークアクセス1000オーバー! さらにお気に入り数が20を超えました! 皆様ありがとうございます!
創造幻想は、術者に知識があればあるほど力を増す神具ですが、現在の啓太では日用品(割り箸)を作り出すのがせいぜい。それも30秒の集中が必要なので、実戦ではまったく使えません。
もっとレベルが上がったら戦闘にも使わせたいのですが……魔剣はないな、多分(笑)
そして初の感想をいただきました! アルフォンス様、ありがとうございます。悪い点の御指摘ありがとうございます。
すでに投稿した話を書き直す、と言う意思は現在のところありませんが、これからの話を書くときに留意点とさせていただきます。