第13話 「覚悟」
「……こんなことになっちゃったけど、君はこれからどうするの?」
姉の由衣が、静かに俺へ問いかけた。
――どうする?
「分からない……」
もう頼れる人はいない。
代わりに決めてくれる人もいない。
俺は、一人になってしまった。
何も分からない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
――生きなければならない。
それが祖父と父から託された願いであり、呪いだった。
「私たちと、一緒に来る?」
「えっ……」
予想外の提案だった。
「こいつら、東京から来たみたいなの。
あっちは鼠の魔物被害がひどくて……これからも人が流れてくると思う。
だから、一緒にもっと遠くへ逃げない?」
この姉妹は、あれほどの目に遭いながらも、生きることを諦めていなかった。
あの家を捨てたくない。
でも、もう俺一人しかいなくなってしまった。
この人たちについて行くのが正解かもしれない。
その答えを、自分で出さなければならなかった。
しばらくの沈黙の末、答えを出す。
「……ありがとうございます。
でも俺は、ここで生きていきます」
覚悟が決まりきったわけじゃない。
両親とシッポの遺体を、あの家で埋葬してあげたかった。
それに、やっぱりあの家を守りたい気持ちが強かった。
「……そう。強いのね」
浅原姉妹は、それ以上何も言ってこなかった。
夜が明けたら、すぐにここを発つという。
チンピラどもの死体を探り、拳銃を手に入れたが弾は残っていなかった。
それでも見せるだけで脅しになる。
護身用として、彼女たちに渡した。
すでに焼かれてしまった鶏たちも、残ってる分を食べる。
食事など喉を通る気分ではなかったが、無理にでも口に入れた。
可愛がってた鶏たちの命を、無駄にするわけにはいかない。
食べることが責任だった。
浅原姉妹は、久しぶりのまともな食事に、涙を流しながら食べていた。
焼かれずに転がったままの鶏も、悪くなる前に加工する。
細く裂いて乾燥させ、旅立つ二人の保存食にするためだ。
それらを「全部上げる」と言うと、二人は目を大きく見開いて驚いた。
なんせ俺には、鹿肉が一頭まるまる残っているから、別に問題はなかった。
姉の方が遠慮がちに、「お礼をしようか?」と尋ねてきた。
何かくれるのかと聞いてみたら、“身体を使った”お礼だと言う。
二人とも、相当に可愛らしい顔をしているのは確かだった。
だが、そんなことをしたいとは思わない。
母のあの姿が脳裏をよぎる。
それに彼女たちは、これ以上誰にも搾取されるべきではないと思った。
「そういうのはいいです……代わりに、母がどんな様子だったか教えてください」
二人は顔を見合わせ、聞かない方がいいと躊躇った。
それでも俺は、それを聞くべきだと思った。
母が何をされ、どんな最期を迎えたのか。
復讐はすでに遂げた。
それでも、その感情は――今後生き続ける俺の燃料になる。
父の分まで。
母の分まで。
シッポの分まで。
鹿も、鶏もそうだ。
奪ってきた命の分まで、生き続ける。
今の俺に必要なのは、ただ一つ。
――覚悟だった。
◇◆◇
山の向こうが、わずかに白んでいく。
長い夜が終わった。
――夜明けだ。
浅原姉妹とは、ここで別れる。
「じゃあ、私たちは行くわね。助けてくれてありがとう。
こんなことになっちゃったけど……あなたたちは命の恩人よ」
「絶対忘れないわ。郁斗君も元気でね」
二人は手を振りながら、街中へ消えていった。
去っていく背中を眺め、どうかこの先も無事でいて欲しい。
心から、そう願った。
「……よし、やるか」
小さく息を吐いて、作業を始める。
まずはリヤカーのような物を探す必要があった。
幸いここは中学校。
倉庫を探すと、すぐに見つかった。
もうカチカチに固まった父と母、そして車に残してきたシッポを荷台に乗せる。
残った食料は米だけだが、それも忘れずに積む。
死体は、予想よりもずっと重たいものだった。
体内の魔力を活性化させ、どうにかリヤカーに乗せる。
死後硬直で、身体は曲げることができない。
はみ出しながらも、無事に積み上げる。
学校のカーテンを外して、見えない様にかけてあげた。
片道、五キロか六キロ。
ゆっくりと、力を込めて引いていく。
鹿運びも重くて大変なのだが、その重さは喜びと等価だった。
今運んでいるのは、死んだ人間。
しかも、大切な家族だ。
引くたびに、胸の奥が軋む。
この世のどんな悲しみよりも、重かった。
◇◆◇
ひたすら歩きながら、今後のことを考えていた。
俺はまだ十三歳。
大人と比べたら、身体も小さくて力も弱い。
だからこそ、思考だけは止めるわけにはいかなかった。
それだけが、俺に残された武器だった。
家に着いたら、墓を掘る前に鹿肉を優先した。
いくら寒いとは言え、肉をそのまま放置はできない。
電気がない今、冷凍庫も使えないので当然だった。
まずは、山に置いてきた分を取りに行く。
背負子を背負い、斜面をずんずんと登る。
吊るしておいた肉を下ろし、落とさないようにロープで縛る。
家に戻ると、すぐに肉の処理を始めた。
風通しの良い軒下に、細長く切った鹿肉を吊るしていく。
長期保存用は、塩を擦り込み、樽に入詰める。
先月、塩を大量に確保しておいて助かった。
あとは、外で焚火を起こし、燻製も作る。
なんてったって、とにかく量が多い。
食べられる分は、そのまま焼いて食べた。
そのあとは家の中と畑の様子を見て回る。
何が奪われて、何が残っているのかを確認する必要があった。
畑も荒らされていたが、全部は取られなかった。
大根、白菜、長ネギ。
寒さに強い、冬野菜の定番たち。
鹿肉と米だけではさすがに辛い。
この三つが残っていたのは、唯一の救いだった。
その日は、そこで日が暮れた。
一人の家は、どうにも静かで恐ろしかった。
風が吹くたび、戸がガタガタと鳴る。
外に置いたままの皆が、俺を呼んでいるかのようだった。
翌日、ようやく墓を掘り始める。
三人分だから、相当大きな穴になる。
祖父の墓の隣に、スコップでどんどん掘っていく。
大変な重労働だ。
多少浅くても入るか?
そう考え出す自分が嫌になった。
冬なのに上着を脱ぎ、汗を垂らしながら掘り続けた。
なんとか埋め終わり、石を立てて完成だ。
家族全員を、一つの場所に入れられた。
それだけで、少し心が軽くなるのを感じた。
俺も一緒に入れたら……
叶うことのない妄想を振り払い、また働いた。
◇◆◇
猟銃の弾は、もうほとんど残っていなかった。
特に散弾の方がない。
スラッグ弾はあるが、とても当てる自信などなかった。
猟銃は、これからは護身用のためだけに使う。
罠猟だけで、頑張ることを決めた。
大量の肉は残っているが、それでも安心はできない。
冬の間に取れるなら、もう一匹くらい欲しかった。
山へ入り、罠を仕掛けて回る。
その帰り道だった。
また、ふわふわと漂う光を見た。
――微精霊だ。
前よりも、少し大きい。
同じ個体かは分からない。
それが、真っ直ぐに俺の方へと近づいてくる。
まるで――
皆が、俺がちゃんと生きているかを見に来てくれたみたいだった。
父。
母。
シッポ。
命の輝き。
淡く、美しい、温かな光。
俺は迷わず、身体から魔力を放出した。
手のひらから火花のように魔力が溢れる。
導かれるように微精霊が手のひらに降り立った。
家族が俺を見守ってくれている。
頑張れと、励ましてくれている。
そう確信すると、涙が溢れた。
魔力を吸っていた微精霊は、少しすると小さな核を差し出した。
――霊核。
これが精霊の本体に違いない。
つまり、俺を受け入れてくれたのだ。
今も脳裏にこびりついている、レグナートが教えてくれた祝詞。
「魔力分ち、魂を紡ぐ。今この時より、我ら契約を結ぶ」
光が弾ける。
微精霊は、俺の胸へ吸い込まれるようにして消えた。
――感じる。
胸の奥に、小さな力が確かに存在している。
「……ありがとう」
まだ魔法も使えない微精霊。
それでも、どうしようもなく嬉しかった。
俺という存在を受け入れてくれたことが。
まるで――許されたように思えたから。
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