召喚
ハイネ砦の攻城戦から一週間が経ち、問題が顕在していった。
勇吾の部屋では、大規模輸送ミッション〈前線を立て直せⅡ〉のブリーフィングが行われていた。参加者は勇吾とエアの二人だからいつも通りと言えなくもない。
〈前線を立て直せⅡ〉は、前回のミッションより更に規模が大きくなり、その輸送量はなんと五〇〇トンにも及んだ。
「前線、ごたついてるね」
勇吾が呟くと、彼の葛藤など知る由もないエアは、カクンとロボットめいた動きで頷いた。
「本来の計画ならば今頃、王都攻めを始めている頃です」
「無期限で延期だったけ?」
先日、攻略ギルドによって同時開催された攻城戦ミッション後、ゴブリン軍は新たな一手を指してきた。
〈フレイ騎士団〉の投入。この精鋭部隊の出現により、王都攻略計画は見直しを余儀なくされた。
この部隊はゴブリン軍が保有する特殊部隊らしく、〈ゴブリンコマンダー〉や〈ゴブリンウィザード〉といった上位種のみで構成されている。
一〇〇匹ほどの戦闘部隊だが、一騎当千の戦闘能力を持つ貴種〈ゴブリンジェネラル〉によって統率されており、その強さは筆舌にしがたい。弾幕を軽やかに回避しながら――しかも、数発当てたくらいじゃビクともしない――で接近し、多彩なスキルや強力な範囲魔法攻撃を駆使して、前線部隊を食い散らかす鬼畜集団であった。
集団としての戦闘能力は、〈妖精殺しのメビウス〉が誇る理不尽の権化〈ゴブリンヒーロー〉ジグルスに匹敵するとされており、そんな連中が昼夜問わず前線で暴れ回っているのだから始末に負えない。
「攻城戦で消耗したところだから、余計に辛いね」
攻略ギルドは攻城戦ミッションを行ったばかりで、戦力の補充が間に合っていない。そんな状況で<フレイ騎士団>の対応までさせられているのだから、王都攻めどころではないのだ。
また焦土作戦が現実化されたことで、ちょっとした厭戦ムードも漂っている。
先週、同時開催された王都周辺の重要拠点の攻略時、ゴブリン軍は敗北が決定的となるや、砦や城下町に火を放って撤退した。
特に執務室や図書館といった場所は念入りに燃やされていたようで、これまでのように奪った資料を使って敵軍情報を手に入れることが出来なくなってしまった。
唯一の救いは、勇吾たちのように、全てが焼け落ちてしまった拠点が少なかった事だろう。
大規模な火災が発生しても、早い段階で気付ければ消火も可能となる。ドローン軍団は消防士なんて目じゃないほど消火活動に向いた存在だ。熱に強く、生命活動に酸素を必要としない、煙に巻かれても各種センサーさえ無事なら外部情報を得ることが可能だった。
更に、爆弾を抱えたユニットを、火災現場のど真ん中に部隊を突っ込ませて自爆、爆風によって建物自体を吹き飛ばすなんて、日本では到底考えられない荒っぽい方法も取れる。
多少、被害は抑えられているものの、今後、攻城戦ミッションではこれまでのような莫大な収益は上げられなくなったと見ていい。
実質的な収益の減少、敵軍情報が得られなくなったことによる不安感、更に騎士団による被害拡大、作戦本部は王都攻略計画は白紙に戻し、それどころか戦線縮小のため撤退まで視野に入れているという。
「まずはこのミッションを終わらせて、物資不足をどうにかしないと」
一度は回復したはずの前線基地の物資不足が、ここに来て深刻化してきたのだ。
〈妖精殺しのメビウス〉では、戦闘ユニットや武器弾薬といったあらゆる物資が、地球との〈ゲート〉を経由して送り込まれる。
自走可能な戦闘ユニットはともかく、銃火器やその弾薬、予備部品などの前線で必要な戦略物資は、プレイヤーたちの手で送り届けなければならないのだ。
王都からゲートまでは直線距離にして一五〇キロ。東京から軽井沢、大阪からなら京都までの距離だ。まともに舗装されていない街道を使って、そんな長距離輸送を行わなければならない。しかも、輸送路の途中には大きな河川が三本、標高三〇〇〇メートル級の山脈もある。
つまり、物資輸送のために相当な時間が掛かるのだ。
以前、勇吾が受領した〈前線基地を立て直せ!〉では、ミッションクリアには五日もの時間を要した。
夜間は、経路上にある幾つか中継地点――占領した砦や町など――を利用したため、夜間こそ休めたものの、最終日、前線近くの物資集積所から前線基地までの輸送には、二八時間ぶっ続けで輸送部隊を監視し続けねばならなかった。
前線付近の地域では、ゴブリン軍による輜重狩りが横行しており、片時も気を緩めることができないのだ。現に、最終日だけで勇吾は五回の襲撃を受けた。
輸送系ミッションはただでさえ人気がない。効率的な輸送ルートの策定、輸送位置に合わせた作戦領域の警戒など、戦闘系とはまた違ったテクニックも必要とされる。手間がかかるわりに報酬が少なく、物資輸送に失敗すれば減点を受けて報酬カットだ。
だから誰も運ばない。しかし、ミズガルズ王都クライムまで迫った今、戦闘は激化している。更に騎士の対応と重なって、湯水のごとく物資が消費されている状態だ。供給が全く間に合っていないのである。
「戦闘系ギルドの一部が不満を漏らしているそうですよ」
「だったら、〈腐った林檎〉みたいに、自分たちで使う分くらい自分で運べばいいんだよ」
前線基地への物資輸送は、勇吾とエアの二人で賄っているような状態なのだ。手伝えとは言わないが、せめて節約するなり、ギルド間で協力して早期警戒網を敷くなりすればいいのだ。
状況が変わったにも関わらず、これまでのやり方に固執して、無駄に物資を消費し続ける戦闘系ギルドのやり方には流石に辟易してしまう。
そんな風に二人が愚痴を漏らしていた時だ。
警報音が鳴り響いたのは。
*
「ん、地震?」
勇吾は何事かと周囲を見渡す。スマフォを開き、情報を確認するも災害情報などは通知されていない。しかし、警報は一向に止まることなく、今も鳴り続けている。
「これは……まさか、こんなに早く」
左腕についたコンソールを操っていたエアが呟いた。
エアはクローゼットまで走り、仕舞った覚えのない巨大なコントラバスケースを二つ取り出した。一つを背負い、残る一つは片手で持つ。
「失礼いたします」
そして、抱き着かれる。
「なッ、ちょ、エアさん!?」
「申し訳ありません、すぐにゲートが開きます。それまでご辛抱を――」
「辛抱って、たまらんけど! 確かに辛抱たまらんけど!!」
生まれも育ちも関東なのに、思わず湧いて出る方言。腹部から感じられる柔らかな何かとか、意外と着やせするんだなとか、ちょっと甘い匂いするなとか、髪つやっつやだよなとか、このままいくと事案だなとか、様々な情報が駆け巡って機能停止に陥ってしまう。
そもそも引き剥がせそうにない。どんな拘束具を使ったのか、勇吾の懐に飛びついたエアはまるで万力で固定されたかのように動かないのだ。片手で抱き着かれているだけなのに、全く逃れられる術がない。
「勇吾君!」
警報が鳴り響く中、坂木とみのりが乱入してくる。
「違うんです、これは違うんです!」
「分かっている。坂木君、二人を固定するんだ」
「はい、閣下!」
みのりはそのままチェーンのようなものを取り出し、勇吾を縛り始めた。
「分かってないじゃないか!!」
「ごめん、分かってるから! 詳しいことは後で説明するから」
みのりは言いながら、チェーンの先端をエアの腰ベルトから伸びたカラビナに接続させる。いかにも軍用といった風情の太くて大きなそれである。エアが持っていたコントラバスケースにもチェーンを付け、カラビナに繋げていく。
「閣下、設置完了しました。引き続き、追加物資の搬入作業を続けます」
「了解。残りも急いで」
「承知しました!」
みのりはそう言うと、その後も次々に運び込まれる――〈腐った林檎〉のギルドメンバーらしい―コントラバスケースをカラビナに接続していく。
「よし、これで最低限の物資は揃えたな……あ、勇吾君、これも背負って」
坂木は言いながら背負い紐のあるトランクケースを渡してくる。
「重っ、坂木さん、これは一体、なんですか」
「調味料!」
「はぁ!?」
「異世界では絶対に必要になるから!」
「異世界って、あの! ちょっと」
勇吾の足元を中心に、赤い光が浮かび上がる。光はまるで外と内とを隔てる壁のようにそそり立ち、勇吾とエア、彼女に接続された荷物だけをその内に収めた。
「坂木さん! これ、何なんですか、これ!?」
勇吾が手を伸ばすも、光の壁に止められる。
「勇吾君、君はこれから勇者として異世界に召喚される」
光の円から徐々に複雑な――見たこともない文字――が浮かび上がる。赤い光の文字はぐるぐると勇吾の周囲を旋回すると密度を増し、外界と勇吾とを切り離していく。
「大丈夫だ、勇吾君、君にはエアが付いている。そのために彼女を作ったんだ」
「ちょ、どういう……あの、いいから助けて!」
勇吾は光の壁を叩いた。
「勇吾君、頼みがある。バッグの中にある手紙を、私の息子に伝えてくれ!
そして、伝えて欲しいんだ――」
壁を叩く。
声が遠い。
むしろ、遠ざかっていく。音よりも速く動いているなら、声が聞こえないのは自明の理。
「……メビウスの輪を――断ち切って――」
いずれ光さえ遠ざかる世界の中で、誰かの願いがぽつりと響いた。




