焦土作戦
殿部隊を引き上げ、前線基地へと戻る。約束通り、敵からの追撃はなく、勇吾たちは軽微な――ジグルスが出てきた割りには――損害を負っただけで帰還することが出来ていた。
――畜生、相変わらずいい奴だな!
約束を守り、仲間のために頭を下げられる、チート持ちの敵キャラなんて誰得だという話である。倒し辛いったらありゃしない。まあ、物理的に倒せないんだけど。
『勇吾くん、ありがとうね。おかげで助かりました』
「まあ、そういう契約だからね」
部隊規模に比して報酬の割合が高かったのも、この英雄対策のためである。
現状、ジグルス対策としては、既知のある魔王軍幹部〈不死のフィナッシー〉をあてがい、停戦交渉をさせている間に撤退するというのが最も有効だとされていた。
そのため勇吾は、支援系のソロプレイヤーでありながら、重要な戦闘ミッションには欠かさず呼ばれる用心棒的な地位を確立している。
王都近郊の重要拠点であるハイネ砦は、ジグルス登場の最有力候補であったため、高額報酬と引き換えに〈腐った林檎〉に召集されたというわけである。
「みのりさん、ちょっと上がるね」
『ほい、あとはお姉さんに任せなさい。ゆっくり休んで』
ヘッドギアを外しながら身を起こした。
「おかえりなさい、マスター」
「ただいま、エアさん」
先に基地へと帰還していたエアが労ってくれる。
「お疲れさまでした。凄まじい戦いでしたね」
「ほんと、ジグルスとやりあうと疲れるんだよ」
再びソファーに倒れ込む。
ジグルスは強い。高い身体能力と、凄まじい威力の剣技と魔法を持つ、最強の魔法戦士。離れてもダメ、近づいてもダメ、しかも、回復持ちときている。
父親にプロレスごっこをせがむ子供みたく、どれだけ本気で戦っても絶対に勝てない、勝てる道筋さえ立てられないような相手に、遮二無二挑み続けられるほど勇吾は若くないのだ。
「膝枕でも、しましょうか?」
「それじゃあ、お願いしようかなぁ」
ぽろっと本音が漏れる。
――あ、やべ、エアさん固まってる。
「冗談だけど、って自分から言い出してそのリアクションはどうなの?」
慌てて笑い話にする。
「すいません。思ってもみない返答でしたので言語プログラムがフリーズしました」
エアはそう言って、勇吾が寝ころぶソファーの端に腰かけた。
「こほん、どうぞ、ごゆるりと、お過ごしください」
「いや、過ごさないからね。普通に寝るわ」
若干、頬を赤らめて言うので、こっちまで恥ずかしくなってしまった。
再出撃は一八時間後、消失したユニットの補充や、部隊の再編制を考えるとあまりのんびりもしていられない。
だというのに、瞼が自然と落ちてくる。プール帰りのバスに揺られている時みたいな充足感のある、疲労感のせいで何も考えられなくなる。
「ごめん、ひと眠り、するから、エアさんも……適当に……」
「はい、おやすみなさい、マスター」
*
「……やっべ」
勇吾はそう言って、ベッドから起き上がる。無意識で移動していたらしいが、快適な睡眠環境のせいで気が付けば翌朝になっていた。
ゲーム部屋であるリビングへ向かう。ゴーグルを被ったエアが座っていた。こちらに気付いた様子はなく、完全に無防備な状態を晒していた。
ちょっとしたいたずら心が沸くが、もちろん我慢する。
「それより早く始めないと」
慌ててゴーグルを被り、メビウスにログインする。
寝過ごしたせいで再出撃まであと四時間を切ってしまった。それまでに失った戦力を前線基地から呼び寄せ、弾薬燃料の物資を補充、その後、部隊編成を行わなければならない。
『おはようございます、マスター』
「おはよう、エアさん! ごめん、ちょっと今から作業するから!」
ログインと同時に、部隊の確認し、
「あれ? 準備、終わってる」
『はい、お疲れのようでしたので、こちらである程度、終わらせておきました。この作戦では〈オウルナイト〉ライフル銃が多く必要ですので特に多めに用意しておきました。いかがでしょうか?』
「あ、ありがとう」
戦慄する。勇吾が頭の中で考えていた部隊編成を、そのままトレースしたような内容となっていた。流石はプロ志望といえたが、ちょっと優秀過ぎやしないだろうか。
『ハッ、他に必要な装備があればご指示ください』
「大丈夫、むしろ完璧。本当に助かったよ」
『おーい、勇吾くーん。ちょっといいかな?』
その時、みのりから通信が入る。
「はい、何かトラブルですか」
『トラブルというか、もう、どうしようもないんだけど……これ、見てくれる?』
砦周辺に配置していた監視部隊からの映像が送られてくる。
「これは……」
『やられましたね』
そこには轟轟と燃え盛りながら、崩れ落ちていくハイネ砦の姿が映っていた。
*
「下手に奪われるくらいなら、全部燃やしてしまえってことか」
焼け落ちたハイネ砦を接収した勇吾たちは、支援系ユニットを使って瓦礫の中を探索させているのだが、成果は芳しくない。
『つまり、焦土作戦ということでしょうか?』
「かもね。だとしたら相当困ったことになる」
エアの質問に、勇吾が答える。
敵の重要拠点を制圧するメリットは、戦略的に近隣地域へのアプローチが用意になることだけに留まらない。
例えば、執務室に残された資料からは周辺の地理情報や敵軍規模といった機密情報、あるいは魔法について記述された魔導書が得られるし、倉庫や商館に残された宝石や貴金属、その他のアイテム類は侵略軍の貴重な収入源となる。
前者はそのまま王国侵略に使われ、後者は〈ゲート〉を介して地球に送り返すことで、後日、報酬に上乗せされることになる。
特に、財宝輸送による追加報酬は大きく、ミッション報酬額を平気で上回るものとなる。攻城戦ミッションが人気となっている理由の一つだ。
『今までこんな事なかったのに』
みのりが呟く。今回のような焦土作戦を行われると攻略部隊は干上がってしまう。今後、こんなことが続けば、失敗リスクの高い攻城戦を引き受けてくれるギルドがいなくなるだろう。
「みのりさん、他のギルドはどんな感じなんですかね」
攻略ギルドでは攻城戦を始めとする大規模な戦闘系ミッションを行う際、タイミングを合わせるようにしていた。ミズガルズの英雄種は今のところジグルスしか確認されていないため、英雄被害を受けるのは一か所だけで済むからだ。
『一部の拠点では、撤退の際に火を掛けられるなんてことがあったみたい。戦闘中のギルドには情報だけ上げておいたわ』
「……ゴブリン共もようやく本気になったってことですかね」
『嫌な本気よね』
これまでミズガルズは、戦後――勇吾たちを追い返した後――のことを考慮してか、焦土作戦には消極的であった。
都市や防衛設備の構築には莫大な金がかかる。戦後復興を考えれば出来る限り設備は残しておきたいはずなのだ。城壁はボロボロ、城は焼け落ち、あるかどうかも分からない財宝は、瓦礫の中に埋まってしまう。
これでは復旧どころの話ではない。新たに建て直したほうがよっぽど安上がりである。つまり、ゴブリン軍は、それくらいの被害を被ってでも、勇吾たち侵略者への嫌がらせを優先したのである。
『……英雄被害に、焦土作戦。今回は本当についてないわ』
今回の攻城戦ミッションの収支は完全に赤字だ。〈地雷原〉の無力化に多くの〈オウルナイト〉を使ったこと、更にジグルス登場による損害。出ていくものが大きすぎた。いくら大規模ミッションといえどクリア報酬だけではとても賄えない被害である。
『マスター、この後はどうしますか?』
「んー、せっかくだから発掘でもやってみようか。有益な資料とか、財宝が残されているかもしれないし。みのりさんもどう?」
『うちはパスね。次のミッションを受けるつもり。今回の損失、さっさと埋めてしまわないとだもの』
みのりはそう宣言すると、一時間後には主力部隊を引き上げていった。
*
夜半時のビュッフェ会場、何故かいつも空いている窓際の特等席に腰かけながら、勇吾は夕食を取っていた。
「付き合わせてちゃってごめんね」
勇吾はそう言って、対面に座るエアに謝る。
「いえ、収益は上がっていますので問題ありません」
それから一週間、勇吾とエアはハイネ砦の捜索を続けていた。資料類については全て焼失してしまったようだが、瓦礫の中には宝飾品や硬貨の類が残されており、多少の利益は上げられていた。
もちろん、普通にミッションを受けたほうが効率はいいが、戦闘なしで収益を上げられると考えると悪くない話ではあった。
戦いが無ければドローンたちに瓦礫の撤去とアイテム捜索を任せっぱなしに出来るため、勇吾たちは支援系ミッションも依然と変わらぬペースでこなすことができる。ちょっとした副業を手に入れた気分であった。
「いや、そっちもそうなんだけど……いつも、ご飯、食べないのに付き合ってもらっているからさ」
勇吾が言えば、エアは「お気になさらず」と答えた。
エアは基本的に食事を取らない。正確には、チューブタイプのゼリー飲料で済ませている。勇吾の知らないメーカーだが、高機能食品なようで一本取れば丸一日は活動できるそうだ。一〇秒チャージ二四時間キープとか、もはやちょっとした仙豆の域である。
「お腹、減らないの?」
「本機に食欲はありませんから」
年頃の女の子が栄養剤だけで日々を過ごしているのは不安になる。栄養学的には大丈夫なのかも知れないが、科学では証明できない何かが不足してしまわないかと思うのだ。
料理の中に込められた親の愛情とか、談笑しながら取ることでしか得られないスピリチュアル的な物質があるのではないかと思うのだ。そういう成分を取れなければきちんと成長できない、そんな根拠のない妄想を抱いてしまう。
「……親御さんは何も言わないの?」
「そもそも親がおりませんので」
「あっ……ごめん、本当に……」
「お気になさらず」
勇吾は頭を下げるが、思い切り地雷を踏み抜かれたはずのエアは、本当に何も気にしていないように見えた。
「本当に、ごめん」
「いえ、この件については本当に気にしていませんので。それよりも、マスター、大丈夫ですか? とても苦しそうです」
勇吾は首を振り、大丈夫だと答えた。
自戒する。温かな食事、ひとつのテーブルを囲み、繰り広げられる一家団欒。勇吾には、そんなありふれた光景こそが、途轍もなく貴重で、価値のある物に見えていた。
もちろん、幻想である。親がいなくても子供は育つ。孤児だって立派に成長した人は沢山いるのだ。単に、望んでも得られなかったものだから、固執してしまっているだけに過ぎない。
――情けないな、俺。
勝手に相手のプライベートに踏み込んで、逆に自分が傷ついているのだから始末に負えない。
「ごめん、一度、部屋に戻るよ」
勇吾はもう一度だけ謝って、席を立った。
「本機も……」
「ううん、エアさんはゆっくり休んでて」
勇吾はそう言って、レストランを後にする。
徐々に小さくなっていく後姿を、エアは辛そうに眺めていた。




