2話「初めての成功」
早朝、隆二は頬に当たる冷たい感触を感じ、意識を覚醒させた。
昨日、零士と一緒に寮に入った後はすぐに別れ、自分の部屋に入ると目に留まったベッドに倒れ込んでしまったところまでは覚えている。
どうやらそのまま寝てしまったらしい。自分が思うよりもずっと疲れていたのかもしれない。
隆二はそっと目を開ける。
視界には、袋から飛び出した隆二の銃。
抱くようにして寝ていたらしく、鏡で確認すると隆二の頬には触れていた銃身の跡がうっすら残っていた。
洗面所で顔を洗い、隆二は時間を確認。
まだ学校に行くには早い。
昨日は何も調べられていないし、自分の部屋の構造だけでも把握しておこう。
とりあえず、台所や冷蔵庫などはちゃんと設置してある。
バスルームも完備され、学生にはもったいないほどの内装だ。
机の上にはパソコンも設置されていて、傍らの本棚には擬人に関する資料がいくつか既に置いてあった。
「パソコンか……」
ふと、隆二はベッドにそのまま放置された銃を見た。
名前も何もわからないままではさすがに不便だ。せめて名前だけでも調べた方がいいかもしれない。
隆二は携帯で銃の写真を撮ると、それをパソコンに取り込んで画像検索する。
すると、
「SR……25? こいつか?」
検索で出てきたページには、ついている付属品や細部こそ違うが、ベッドに転がっているあの銃とほぼ同じような形の銃が表示されていた。
「狙撃銃……なのか。まあこんなにでかいんだし普通のライフルではないと思ってはいたが……」
詳細情報を見る限り、そんなに悪い銃ではなさそうだ。
むしろ、同じタイプの銃と比べると最高クラスの性能を有しているらしい。擬人化させなくても十分武器として使えそうだ。まあ銃なのだし、当たり前だが。
銃の詳細が分かったところで、隆二は制服に着替えへ部屋を後にした。
さすがに冷蔵庫の中身は空っぽなので、食料は自分で確保しなければならないからだ。
時間もちょうどいい具合だし、売店に寄りながらそのまま学校へ行くことにする。
「おうおうつれないねぇ。同じところに住んでんだし一緒にいこーぜ?」
寮を出かけた隆二の背後から、昨日嫌という程聞いた声が聞こえる。零士だ。
「……零士か」
「まあそう警戒すんなって。仲良くしようぜ? 友達の一人もいねーと学校生活は辛いからな」
言いながら零士は自然に隆二の隣につくと、腕を肩に乗せる。
それを軽く払うと、隆二は歩く速度を速めた。
だが、零士も負けずと速度を合わせてくる。
と、
「おー? この人が昨日れーじが言ってた人?」
ひょこ、と小さな女の子が隆二の腰の辺りから顔を出しこちらの顔を見上げてくる。
全体的にひらひらしてて太股が見えるくらい丈の短い着物を着こんだ、真っ白な髪を両サイドで結った小学生くらいの少女。
隆二が視線を合わせると、女の子はにっこりと眩しいくらいの笑顔を返してくれる。
純粋で可愛らしい仕草に、つい隆二は狼狽してしまう。
隆二はぎこちなく薄い笑みを作り返してやると、すぐに零士の方へ眼を逸らした。
あのまま見てると、あの年頃の女の子にはさほど興味は無い隆二ですら、変な感情をいだいてしまいそうになる。
それくらい、美術品のような美しさを併せ持ち、なおかつ幼いゆえの愛らしさを兼ね備えた完璧な容姿の女の子。
「こら白、失礼でしょう?」
さらに後ろから、ちょうどこの白い女の子を黒く染めたような子が来て、白い子の袖を引っ張り隆二から離れさせた。
こっちの黒い子は髪を結っておらず、自然に伸ばしているがそのおかげでとても綺麗な日本人の女性に見える。まだ小さいが。
「おっと、そうだ。紹介すんぜ、こいつらが俺の擬人な」
そこでやっと零士が口を開くと、親指で白と黒の二人を指さした。
「白い方が白、黒い方が黒だ。そのまんまだから覚えやすいだろ?」
「なに? お前の?」
隆二は驚愕する。
普通は、一度に擬人化させるのは一体のみというのが一般的だ。
同時に複数の擬人化は、消費する魔力量と複数の擬人をコントロールするだけの集中力がかなり必要なので、余程技量の高い操者でないとそもそも擬人化すらできない。
「ああ、まあ二体同時ってんで驚かれたりはするんだが、これが出来るだけで俺はそんなに強くないぜ?」
笑いながら頭をかく零士だが、それだけでも十分凄い事なのは確かだ。
それに、白と黒はどう見ても完全体。どうやらクラス最下位は零士ではなく隆二で確定のようだ。まあ、察しはついていたが。
「よろしくね! おにーちゃん!」
「黒と申します。よろしくお願いしますね、隆二さん」
自分に呆れる隆二の傍で、黒が頭を下げ白がまた笑顔を作ってくれた。
いい子達だ。だが、
「零士……お前、ロリコ――」
「あー! あー! ちょっと待てちょっと待てそこから先は言わなくていい。あと違うからな!」
言い切る前に零士が遮る。
そのまま冷ややかな視線を隆二が向けていると、
「な、なんでかしらんが俺が擬人化させるとみんな小さい子になるんだよ……他意は無い、他意はないぞ」
基本的に操者が擬人の容姿を選ぶことはできない。
操者の性質に合わせて擬人の容姿は決定される。だから、同じ物を使っても擬人化させる操者が違えば擬人の容姿は異なる。
大抵異性になる事が多いが、揃って小さい子になるというのはやはり零士にその気があるからそれが反映されているだけなのではないだろうか。
「そうか」
「本当だって! 信じてくれよ友達だろ!」
「そうだな」
必至で弁解する零士の横で、黒が咳払い。
「確かに零士さんは少し情欲が強い気もしますが……ロリコンではないと思います。隠してた本の内容からすると、私達のような子から同年代、更には人妻とカバー範囲が広いようですし」
「よーするに、単なるエロ男だねれーじは」
「てめぇらフォローになってねぇぞ! マスターを敬え!」
「っえ? 零士さんをですか……」
冗談でなのかは分からないが嫌そうな顔をする黒と、ニヤニヤと意味深な笑みを作る白。
主従関係は微妙なところだが、仲が良さそうだ。
「チクショーもういい行くぞ隆二!」
「お、おい……」
強引に零士に腕を掴まれると、隆二はそのまま引っ張られながら学校への道を走る。
その横にぴったりついてきて、エロ男を連呼してからかう白と無言で溜息をつく黒。
騒がしいが、不思議と悪くはないな、そんな風に思ってしまう隆二だった。
今日最初の授業は、いきなり擬人化の実技らしい。
物を擬人化させて、自由に触れ合う。そう、それだけの簡単な内容――のはずだった。
いや、少なくとも普通の人にとってはそうなのだ。
だが隆二は違う。
擬人には、完全体と不完全体の二種類がいる。
不完全体は、大きくても三十センチ程度の、ファンタジー系アニメなんかに出てくるマスコットキャラクターのような、人をデフォルメ化したようなもの。
それに対して完全体は、先ほどの白と黒のように完全に人間の容姿を再現したもの。
不完全体は消費魔力量も大したことはないし、この状態で攻撃を受けても物本体が破損することは無い。
ある程度は浮遊できる能力もあるので、簡単な作業ならこちらでやらせた方が便利な場合もある。
完全体は、人の形をしているがゆえに人と同じ制限を受ける。
勿論飛べないし、怪我もする。しかも完全体の状態で一定以上のダメージを負うと、元となった物そのものが壊れ破損。例外もあるが、量産品などは特に、完全に壊れたものを擬人化させることはできない。
つまり、擬人も死ぬ、ということだ。
ここで問題なのは、隆二は完全体を呼び出せたことが一度もないこと。
いろんな物を試したが、どんなものを使っても不完全体を出すのがやっとだった。
操者にも物との相性があり、合わないと擬人化させられなかったり、一度誰かが擬人化したものだとその操者との繋がりができてしまい上手く擬人化させられないこともある。
だが隆二の場合は、新品で誰も触っていないものですらそうだった。
だから、隆二はこれまでの学校で擬人化の授業の成績は最低。
白鞘学園には何とか筆記試験を頑張って入学した。もちろん、実技は避けられないと思ってはいた。だが、いきなりだとは予想もしなかった。
「どーしたの? りゅーじ?」
よほど酷い顔をしていたのだろうか、白が心配そうに隆二の方を覗き込んでくる。
気にするなと言ってはみたが、腑に落ちないらしく眉をひそめながら度々こちらを確認してくる。
今後も隠し通せるものではないだろうし、いっそのこと零士に相談してみるのも手だろうか。
二体同時に擬人化できる腕があるなら、何かいいアドバイスを貰えるかもしれない。
だから、
「そ、そのだな零士……」
授業の結果は言わずとも。
さすがに零士のアドバイスだけでどうにかなるものではなかった。
今は放課後の帰路を零士と一緒に歩いているところだが、その足取りは決して軽いものではない。
傍らでは白が隆二の学生服の袖の端を掴みながら、何か言いたげな顔で隆二を見上げていた。
励ましてやりたいが、なにを言ってあげればいいか分からないといったところだろうか。優しい子だ。
隆二はそんな白の頭にぽんと手を乗せる。
「りゅーじ、その……」
「気を落としてはいけません。幸い白鞘学園には擬人化に関する資料が豊富にあります。これから練習していけばいいんですよ。私達も微力ながらお手伝いいたしますから」
左右両方から白と黒の励ましを受け、少しだが隆二もやる気が出てきた。
それとは逆に、零士は不満そうな顔をしている。
「おいこら、俺の時と態度違うじゃねーかお前ら」
「あら? 零士さんは別にいいんです。それよりも、隆二さんが友達だというなら激励の言葉の一つでもかけて差し上げたらよろしいのではないですか?」
「むう、なんつーかまあ、あれだ。俺も練習くらいには付き合ってやるからさ」
「すまない」
今一信用するには怪しい面もある零士だが、彼は本心から隆二を気遣うような発言をしてくれる。
少しは気を許して彼を頼るべきなのだろうか。
「れーじになんて任せても時間の無駄だよ! 私が練習付き合うよ!」
「そうですね、零士さんが的確なアドバイスを与えられるとは思えません。私達にお任せください隆二さん」
とても定規と鉛筆から生まれたとは思えない程、操者に比べ白と黒、二人の擬人はよくできた子だ。
特に白の笑顔を見ていると気が緩んでしまう。
「分かった。三人ともありがとう」
明日から放課後に白と黒が擬人化の練習に付き合うと約束をした後、隆二達は寮のそれぞれの部屋へと入った。
零士のように二体同時なんて贅沢は言わない。とにかく完全体の擬人が出したい。
目的達成の為にも、隆二は力を付けねばならないのだ。
隆二はベッドに放ったSR-25狙撃銃を見つめる。
実技で使ったのは学園が用意したテスト用の物だったので、今日は持ち運ぶ以外でこれに触っていない。
そっと持ち上げ、被せた袋を取る。
ひんやりとした金属特有の冷たさが、指先から伝わる。
真っ黒な、力の象徴。
「お前も……俺に応えてはくれないか」
そういえば、まだこれで擬人化を試したことは無かった。
まあ、結果なんて見えているだろうが、つい戯れで。
隆二はSR-25に触れた手に意識を集中させる。
自分の身体に流れる魔力をSR-25に流し込むのを脳内でイメージし、なんでもいいので魔力を解放するためのキーワードを口から発する。
「アクセス――」
そのまま数秒経過。
SR-25は反応すらしない。
「不完全体すら出せないか……はは、疲れてるのかもな」
だが、次の瞬間――
突然眩い光が部屋中を照らしだし、隆二が目を瞑った瞬間なにか重い物が床に落ちる音がした。
「な、なんだ一体……」
「あいたたた……」
近くで、誰かの声がした。
透き通るような、凛とした女性の声。
徐々に光に眩んだ目が治ってきて、視界が鮮明になる。
と、
「なっ!?」
「あ、あはは……こんにちわ」
そこには、一人の少女がいた。
隆二の目の前で四つん這いになり倒れている。
額に擦ったような跡があるから、頭から床に落ちたのだろうか。
少女は気まずそうな顔をして姿勢を直すと、両足を開いて女の子の座り方に直る。
「え、ええと……」
「君、は……」
言葉が出ず呆然とする隆二に、少女は笑顔を浮かべ、
「と、とりあえず……これからよろしくお願いしますね、マスター!」




