はじめ
久々の投稿です。復活に先駆け、リハビリ感覚で書いてみました。お暇な時にさらっと読んでいただければと思います。
『この王宮は毒されている』
それは最近よく耳にするフレーズだ。
「今日も彼らは離宮から出てこないそうですわ」
「なんと嘆かわしい。もうどれくらいになりますか」
「上は何も言わないのですか?」
目的の場所へ向かって廊下を歩いていて何度も耳にはいってくるのは、噂話にしては大きすぎる声音で交わされている会話の数々。
皆、うまく仕事をしながら会話をするため、咎める者はあまりいない。むしろその会話の内容を咎めることは非常に難しいことだった。なぜならすべてが事実だからだ。その会話を苦々しい気持ちで聞いているのはきっと、先ほどから擦れ違っているお偉い方のおじ様やおば様達である。先ほどから表情が苦痛に歪んでいる。
ご苦労様です。
心の中で合掌をしながらその迷える魂たちを見送りつつ、私はひたすら目的に向かって歩いていた。
私にも仕事がある。無情といわれるかもしれないが、噂話は放っておくことにしよう。
一際大きな扉の前で止まり、その扉を警護する二人の騎士様に一礼した。顔見知りの彼らは表情を緩ませてその扉を開けてくれた。
「おはようございます」
部屋に入って、もう一度一礼する。
すると、部屋の中央の椅子に腰かけていた金髪のウェーブヘアーが大変麗しい美女と、その膝の上に座る幼子がそれぞれあいさつを返してくれる。
「おはよう、アーサー」
「おー」
すぐに彼らの元へ近づき、美女から幼子を受け取る。
「おはようございますフランシス様」
可愛らしい容姿をしているが、その実、この幼子は男だ。フランシス・レイ・ミカエル様は満二歳になるこの国の皇子。ちなみに先ほどまで彼を抱いてた女性は彼の母で、この国を治める女帝。
「今日もお疲れのようですね、ダニエラ陛下」
「疲れるもなにもない」
魅惑の女帝は吐き捨てるようにそう言って、お行儀悪く長椅子の前にある机に長い己の脚を投げ出す。
「陛下、お行儀が悪いですわよ」
すぐに彼女の後ろに控えていた女性から咎める声が飛ぶが、女帝は無視を決め込んで再び大きなため息をついた。
それに諦めにも似た苦笑するのは、私を含めたこの場に居る四人の女人。
この国の中心を支える皆様は、この国でも人気の高い女傑でもあった。
ちなみに私も一応、この国の未来の王になるであろうフランシス様の乳母という大役を任されている。しかしながら国中の憧れの的である彼女達と共に居られるなんてまるで夢のようだ。それもこれも育ての親のおかげなんだけれども。
「あの馬鹿達をどうにかしたいのは、わたくし達とて同じこと」
この国の宰相であるリア様は爽やかな笑みをこの顔を湛えているが、彼女の翡翠の瞳は少しも笑っていない。ちなみに、先ほど陛下を注意したのは彼女だ。リア様は元は陛下の身周りの世話をする侍女長だった。先日までは彼女の兄が宰相という立場に居たのだが、その話はまた後ほど。
「奴らが居なくても起動するこの国も考え物だけれどな」
騎士服に身を包み、眉間に皺を寄せるのはカレン様。今は、五隊ある騎士団すべてを纏める騎士団長と女帝を守る近衛騎士を兼任されている苦労人だ。
燃えるような赤い短い髪にキッチリと纏った騎士服姿は、油断すれば一瞬でその道に引き込まれそうになるほど素敵。私も最初に会ったときはくらっと来た。クラクラっと。
ちなみに彼女の兄二人が、元騎士団長と近衛騎士の役目をそれぞれ担っていた。理由はまた追って説明しようと思う。
「本当に申し訳ありません・・・・あの馬鹿のせいで・・・・」
そう言って項垂れているのは、踝まで届く銀髪をそのまま流している美女。この国、いや、この世界でも名高い偉大なる魔術師、シャーリー様だ。その有り余る能力故に、気ままに旅をしては気が向いたら人助けをするという素敵な人生を送っていたシャーリー様は、しかし半年前に起こった悲劇のせいで、この国のお抱え魔術師として生きることを余儀なくされた。
それもすべて、彼女の弟のせい。
「いや、彼はこの国の史実に乗っ取り、やるべきことをやったまで。咎めはせぬ」
ダニエラ様は笑っているが、その声音は乾いている。私たちはそっと目元を拭った。
ここまでの会話で、多少の疑問を持った方もいることだろう。
なぜ国の中心核に女性しかいないのかとか、先ほどから聞こえてくる、『兄』とか『弟』とは一体なんのことなのかとか。
簡単に説明すると、ダニエラ様が治めるランドルフ王朝には昔から聖女と呼ばれる存在を異世界から呼び出しこの国の穢れを払ってもらうという言い伝えが存在した。言い伝えに従いその聖女様を呼び出し穢れを払ってもらったのだが、その後なぜか王宮の中でも顔に定評のある男達が皆揃いも揃って聖女様に骨抜きになってしまうという事件が起きてしまったのだ。結果その事件の尻拭いを彼らの血縁である皆様が行っているというわけ。終わり。
なんの乙女ゲームのパクリだなんて思う人もいるだろう。安心してほしい。私も思った。
「アーサーは良いな。お前の書いている本は飛ぶように売れているそうじゃないか」
陛下が恨めしそうに私を見てきたので、あえてニッコリと笑い返す。
「えぇそれはもう。ふふふ、笑いが止まりませんわぁ」
フランシス皇子に頬を掴まれながら私は笑う。
「同じニホンジンとして、なんとか出来ないのか、彼女を。ヒロイ・・ン?ギャク、ハー?なんだそれは」
「そんな事おっしゃられても、私たちは全然違いますよ。見てたらわかるでしょう?」
そう。聖女様とやらは元は日本の女子高生だったらしい。そしてお察しの通り、私も日本人である。その事実はこの国でも信頼のおける人にしか言ってはいない。
私がランドルフ王朝に来たのは今から二十一年も前になる。日本では二十歳に成り立てだった私は何故か気が付いたらこの世界に居た。しかも体は五歳児になって。そこで今の育ての親である彼に拾われ、今日まで生きてきたというわけだ。本名は亀田朝子。けれど、朝子という名はこの国では浮いてしまう。アーサーという名をくれたのも、私の育ての親である。
もうすでに日本という国は遠くにあった。ここに生活の基盤を作ってしまっている今、もう日本に帰りたいなんてことも思わない。大事な人が出来すぎてしまったしね。
そして先ほど殿下が仰っていたように、私は物書きとしても活躍してる。内容は異世界からやってきた聖女様とそんな彼女を巡る王宮の男達のラブロマンス。
もちろん、話の内容はそれなりに脚色してある。でないと、それはただの痛いだけの物語だ。特に物語の中心人物は痛すぎる。
黒髪の可愛らしい少女が、召喚され魔方陣に降り立って早々、『待っていたわこの時を。ワタシを主人公にした物語りが今始まるのね』『超イケメン達に囲まれた逆ハーだわ』なんて言ったのを聞いた時の私のドン引きした気持ち、察してほしい。
ちなみに私の書いた本達の売上は良好で、印税でかなり儲けさせていただいている。これから更にお金が入用になる私にとってはありがたいことだ。
ちなみに今は第四巻を執筆中である。
とまぁ、そんな感じで、この王宮の重要職に就いていた男達は異世界の聖女に毒され、今も離宮から出てこない。




