1話 転生したら学校の先生になりました。
こっちは少し頻度が遅いと思われますが、ゆっくりかいてゆきます。
――人間、何事もほどほどが一番だと思う。
働きすぎても疲れる。
頑張りすぎても疲れる。
命を懸けてまで何かを成し遂げようとすると、だいたいロクなことにならない。
少なくとも、俺はそう思っている。
「……で、これが今日の授業内容、と」
王立アルカディア魔法学園。
その教員用控室の一角で、アレン・クロフォードは一枚の紙を眺めながら、大きな欠伸をした。
窓の外には、朝日に照らされた巨大な学園都市が広がっている。
尖塔のような校舎。
空を飛ぶ魔導具。
中庭を歩く制服姿の生徒たち。
ここは、剣と魔法が当たり前に存在する異世界だ。
そしてアレンは――
「今日から担任かぁ……」
面倒そうに頬杖をついた。
今日から正式に教師として働くことになっている。
転生してから二十数年。
いろいろあった。
魔法を覚えた。
剣も覚えた。
魔物も倒した。
戦争にも巻き込まれた。
魔王とも戦った。
そして――
勝った。
その結果、いつの間にか「世界最強」なんて呼ばれるようになった。
本人としては、別にそんなつもりはなかった。
ただ、強くならないと死ぬような環境だったから、強くなっただけだ。
そして、ある程度強くなったところで思った。
――もう戦うの、疲れたな。
それが教師になった理由だった。
「生徒に魔法教えて、給料もらって、定時に帰る。うん。最高」
アレンは満足そうに頷いた。
その直後。
控室の扉が勢いよく開いた。
「アレン先生!」
「んー?」
入ってきたのは、若い女性教師だった。
「今日から一年七組の担任ですよね?」
「そうらしいですね」
「らしいって……自分のことでしょう?」
「まあ、そうなんだけどさ」
アレンは机の上に置かれた名簿を見る。
そこには七人の名前が並んでいた。
レオン・アルヴァレス。
エリシア・フォン・ローゼン。
ミア・ルーン。
カイル・ヴァレン。
フィオナ・アークライト。
ガルド・ベルク。
ルナ・エルフェリア。
「七人か。少ないね」
「少ないから問題なんです」
「なんで?」
「……先生、本当に何も聞いてないんですか?」
「うん」
「そこは自信満々に言わないでください」
女性教師は頭を抱えた。
「一年七組は、学園でも有名な問題児クラスです」
「へぇ」
「成績不振者、問題行動の多い生徒、貴族間のトラブルを起こした生徒、それから――」
「うん」
「入学試験で魔力測定不能だった生徒までいます」
「へぇ」
「もう少し興味を持ってください」
「いや、持ってる持ってる」
アレンは名簿を見ながら頷いた。
「個性的でいいんじゃない?」
「……まあ、そういう先生だからこそ、今回の人選なのかもしれませんけど」
「俺だから?」
「はい」
「なんで?」
「……知りません」
女性教師は疲れたようにため息をついた。
「では、よろしくお願いします」
「はーい」
彼女が出ていく。
扉が閉まった。
アレンは椅子に座ったまま、もう一度名簿を見る。
「問題児ねぇ」
口元が少しだけ緩む。
「……まあ、面白そうじゃん」
そして時計を見る。
「って、もう時間じゃん」
慌てる様子もなく立ち上がった。
「行くか」
◇
「……ここか」
教室の前に立つ。
一年七組。
扉の向こうから、妙に騒がしい声が聞こえてくる。
「だから俺は悪くないって言ってるだろ!」
「あなたが先に剣を抜いたんでしょう!」
「抜いただけだ! 斬ってない!」
「同じでしょうが!」
「うるさいなぁ……」
「そこの二人、喧嘩するなら外でやってよ!」
「なんで外ならいいんだよ!」
アレンは扉の前で数秒固まった。
「……帰っていいかな」
もちろん帰らなかった。
教師なので。
いや、正確には。
教師になったばかりなので、初日から逃げるのはちょっと格好悪い。
「失礼しまーす」
ガラッ。
扉を開ける。
教室が静まり返った。
七人の生徒が一斉にこちらを見る。
最初に目についたのは、黒髪の少年だった。
レオン・アルヴァレス。
制服を着ているものの、腰には立派な剣を差している。
次に、金髪の少女。
エリシア・フォン・ローゼン。
見るからに貴族という雰囲気で、腕を組みながらアレンを観察している。
白銀の髪をした少女は、少し怯えた様子でこちらを見ていた。
ミア。
黒い髪の少年――カイルは、窓際で一人。
こちらを一瞥しただけで興味をなくしたように視線を外す。
その隣では、桃色の髪の少女が本を逆さまに持っていた。
フィオナ。
赤髪の大柄な少年、ガルドはパンを食べている。
そして最後。
銀色の髪をした少女。
ルナ。
彼女だけは、アレンをじっと見つめていた。
「……」
「……」
「……」
静かだ。
さっきまでの騒がしさが嘘のようだった。
アレンは教卓まで歩き、名簿を置いた。
そして黒板に名前を書く。
アレン・クロフォード。
「今日からここの担任やります」
チョークを置く。
「よろしく」
それだけ。
数秒の沈黙。
「……以上ですか?」
エリシアが眉をひそめた。
「うん」
「自己紹介は?」
「名前言ったよ?」
「そういうことではなくて!」
「あー……」
アレンは少し考える。
「好きなものは昼寝。嫌いなものは面倒な仕事」
「教師として最悪じゃないですか」
「あと甘いもの」
「聞いてません!」
ガルドが吹き出した。
「はははっ! 変な先生だな!」
「そう?」
「おう! 俺は好きだぜ!」
「そりゃどうも」
アレンは椅子に座った。
「じゃあ、今日の授業なんだけど」
「はい!」
フィオナが元気よく手を挙げる。
「先生!」
「ん?」
「先生はどれくらい強いんですか?」
「……」
アレンは一瞬だけ黙った。
「まあ、そこそこ?」
エリシアが鼻で笑った。
「教師なのですから、当然でしょう」
「まあね」
「ちなみに、私は学園内でも魔法の成績は上位です」
「へぇ。すごいね」
「……」
「?」
「もっと反応してください」
「いや、すごいと思ってるよ」
アレンは本当にそう思っている。
だが、エリシアは納得していないらしい。
「では先生。魔法を見せてください」
「授業で?」
「はい」
「んー……」
アレンは少し考える。
「じゃあ、火でも出す?」
「そんな初歩魔法では――」
指を鳴らす。
ぽっ。
小さな火が灯った。
「ほら」
「……」
「……」
「……」
「何?」
生徒全員が黙っている。
「しょぼいです」
エリシアが言った。
「そう?」
「その程度なら、私でもできます」
「じゃあ俺、教師として合格じゃん」
「意味が分かりません」
教室に小さな笑いが起きた。
アレンも笑った。
――その時だった。
窓の外から轟音が響いた。
ドォォォンッ!
「っ!」
教室の窓が震える。
生徒たちが一斉に立ち上がった。
「何だ!?」
「魔力反応!」
「先生!」
アレンは窓の外を見る。
学園の結界が赤く染まっていた。
遠くから巨大な魔力の奔流が迫っている。
魔物。
それも、ただの魔物ではない。
学園の結界を破壊できるほどの魔力。
「……あー」
アレンは頭を掻いた。
「初日からこれかぁ」
ガルドが大剣を手に取る。
「先生! 俺たちも戦います!」
「待って」
アレンが手を上げる。
「まず状況確認ね」
「でも!」
「大丈夫だから」
アレンは窓を開けた。
次の瞬間。
巨大な魔獣が校舎の向こうから姿を現した。
生徒たちの顔が青ざめる。
「……嘘」
ミアが呟く。
「あれ……上位魔獣……」
教師たちも慌てている。
しかしアレンは、
「うん」
とだけ言った。
そして窓枠に腰掛ける。
「ちょっと行ってくる」
「先生、何を――」
「授業の邪魔だからさ」
軽く飛び降りた。
「え?」
七人が窓から身を乗り出す。
十階近い高さ。
普通なら無事では済まない。
しかし。
アレンは空中で一度だけ身体をひねると、そのまま何事もなかったかのように地面へ着地した。
「……」
レオンが目を見開く。
「今の……」
アレンは魔獣へ向かって歩く。
魔獣が咆哮した。
空気が震える。
校舎の窓が次々と割れた。
アレンは面倒そうに片手を上げる。
「うるさいなぁ」
次の瞬間。
世界が静かになった。
魔獣の巨体が、突然地面へ叩きつけられる。
轟音。
砂煙。
そして――沈黙。
「……え?」
レオンが呟いた。
砂煙が晴れる。
そこには、気絶した巨大魔獣と、その横で服についた埃を払っているアレンがいた。
「……こんなもんか」
アレンは校舎を見上げる。
七人の生徒が、窓からこちらを見ている。
「あ」
アレンは少し考えた。
「授業、続きどうしよう」
そして教室へ戻ってきた。
何事もなかったかのように教壇へ立つ。
「はい。じゃあ授業再開しまーす」
誰も喋らない。
「……?」
アレンは首を傾げる。
「どうしたの?」
レオンが震える声で尋ねた。
「先生……今、何をしたんですか?」
「ん?」
「さっきの魔獣……」
「ああ」
アレンは思い出したように頷いた。
「殴った」
「……殴った?」
「うん」
「魔法じゃなく?」
「うん」
「一発で?」
「まあ」
「……」
アレンは黒板を見る。
「じゃ、今日は身体強化魔法の基礎でもやるか」
生徒たちは誰も返事をしなかった。
ただ一人。
窓際にいたルナだけが、アレンをじっと見ていた。
「……先生」
「ん?」
「あなた……何者?」
アレンは少し考えて。
「教師だけど?」
「……そう」
ルナは小さく笑った。
その日。
一年七組の生徒たちは知らなかった。
自分たちの担任が――
かつて魔王を単独で討ち、大陸最強と呼ばれた男だということを。
そしてアレン自身もまだ知らない。
この七人の生徒たちとの出会いが、
世界の歴史を大きく変えることになるとは。
「……あ、宿題出すの忘れた」
アレンは黒板を見て呟いた。
「まあ、明日でいいか」
世界最強の教師による、最初の授業が始まった。




