鹿の声知らず
「はぁ!?運転再開未定!?」
昼下がりの三沼貨物駅に、怒号が走る。
高穂山を降り、神嶋峠を下って21マル8列車がこの駅に到着したのは今朝のこと。
怒り心頭の里歩に、指令員は冷静に返す。
「そういう指示だ。詳しくは知らんからあんたの幼馴染に直接会って聞いてこい。」
「リュウは大島管区にいるのにどうやって会えばいいのよ」
「隆一ならこないだ三沼に移ってきたよ。いわゆる転勤ってやつだ。とりわけ出世の早いやつはよくあちこち飛ばされるだろ?」
「そうなんだ、じゃあちょっといたずらしてくるね〜」
「止めとけ馬鹿。機関士何人か死ぬぞ。」
「昔っから洒落が通じないなぁ」
三沼は、かつての旅客駅の遺構がそのまま残され、文化財として整備もされている珍しい駅だ。
つまりは、それだけの金があるということで、実際燃料や日用品も多くがここで積み降ろされる。
しかし、里歩の運転する2108含めた2100番代の列車は、こういった都市への貨物輸送を目的としない、物資配給列車である。
さらに先、交通網がさらに壊滅している辺境地域へ、人々が生きるための物資を送るライフラインであり、この類の列車が一本止まれば、それだけで集落が一つ滅んでしまう。
だからこそ、運転再開を止められるというのは、幾分おかしな話なのである。
「それよりも司令の業務を手伝え。前の定期通信を受けて運行計画は全部書いてあるから、あと150列車分の通達を頼む。」
折角幼馴染と再会したというのに、開口一番言われたのはそんなことだった。
そう言って渡された分厚いダイヤグラムの束は、彼の椅子の足元に積み上がっているそれの何倍も薄い。
どれだけ徹夜しているかも分からない隆一を放ってはおけず、隣の空き机に座り、古い固定電話のような形の通信機で周波数を合わせ始めるのだった。
隆一が通信を終えるぐらいに、里歩もようやく150列車分の通達が終わった。
その頃にはもう午後4時を回っている。
「さてと…次は夕方の定期連絡を…」と、隆一がそう言うと
「今日の仕事はもう終わりでいい、代わりに俺がやる。」と後から声をかけられる。
「先輩は何連勤するつもりですか…今日は半休でしたよね?」
「半休は明日の午前に移しといた。代わりに幼馴染と仲良くやれよ。お前はガキなんだから大人が頑張って年相応に休ませてやらねえと。」
「だってさ。リュウ、この前いいレストラン見つけたから食べに行こうよ。」
隆一は帽子を置いて「それじゃあ、先上がらせてもらいます」と言って、里歩の方に向き直った。
「じゃ、行くか。」
「そういえばなんで私の列車、運転止めさせられてるの?」
「アホかお前。機関車が検査期限切れてるから強制的に停めて点検させてんだよ。2100番代ばっかりやってるから免除さらてるとはいえ、流石に3年無検査はダメだ。」
「え、そんなに検査してなかったっけ?」
「山本さん居なくなってから検査行ってないだろ?それでよく走れてるなほんと。」
「そういえばそっかぁ」
隆一はため息をついて言った。
「そのノリでやってて列車が止まってみろ、大地の真ん中で死ぬことになるぞ。」
そう怒られながらも、里歩は「いつも通り元気そうだな」と思ったりするのであった。




