加護 六
紅い糸を心臓から引き抜き、打刀を紡いでいく。そう、かつて耀の心臓を貫いた刀だ。
刀を紡ぎあげ、柄を手で握りしめた瞬間だった。
——視界が赤く染まりだした。血涙が流れていないので眼球に血が溢れているわけじゃない。
次に心臓が熱していく。比喩でもなく、火で焼かれているように熱くなっている。そしてこの熱は痛みとして杏寿を蝕んでいく。
息が乱れる。体が鉛のように重い。あれほど自由に動いていた体がまるで自分のものじゃなくなっていくような感覚だ。
ついには立っていられず、刀を地面に突き立てて膝をついた。ざわめく木々の音も淑野の声も遠のいていく。
(なんだ、何が起きてる?)
混乱する頭の中でひたすらに考える。
だが熱に奪われていく体のせいで思考も上手く纏まらない。このままでは鵺と戦えない。それでは朔乃介達を守れない。
ふと痛かった熱が緩やか落ち着いていく。火のような熱さだったのに今度は誰かに抱きしめられているような人の体温になった。
『大丈夫です、お姫様。この耀にお任せを』
記憶の耀を思い出しているのだろうか。にしては鮮明に聞こえる。
食堂でナーシャ達と食べている時に聞こえた、あの声。一緒だ。
「違う、耀は死んだ。ありえない」
杏寿が否定した瞬間だった。重たかった体は軽くなり、立ち上がれるほどに回復したのだ。
熱が心地いい。視界は相変わらず紅いままだが物や人は認識できるので問題はない。
しかし、体が勝手に動く。慣れているいつもの構えじゃなく、杏寿の師である耀の構えそのもの。
「まさかこうも早く事が進むとは。嬉しい誤算ですね」
まぎれもなく杏寿自身の発した声だった。でも杏寿が思ったことじゃない。発しようとして言動じゃない。体も意思で動かない。
では一体、この体は誰が動かしているんだ。
混乱したまま、体は鵺の元に走り、鵺が鳴き声を上げる前に頭を切り落とした。
「いけませんよお姫様。教えたでしょう?動物も人間も首を先に切り落としなさいと。それに紬器に頼りすぎるのはよくないってあれほど言いましたのに」
まるで自身の声で耀の言葉が音読されているようだった。
——否、音読ではなくこれは耀が話している。杏寿の体の中に耀がいる。この体を捜査しているのも恐らく耀がいる。
寂しさが拗れて自身で演じているのかと疑いたくなる。
「残念ながらお姫様の自演ではございませんよ。お久しゅうございますね」
耀の言葉は優しく、混乱している杏寿に宥めるように掛けられる。
益々分からなくなる。耀は死んだはずだ。たとえ杏寿の体の中にいるなんてことはありえない、はずだ。
「これが加護です。まさかこのタイミングで発動できるとは思いませんでしたが。それよりも今はあの娘の保護でしたね」
刀を持ったまま、恐怖で動けなくなっている郁美に近づく。
目が怯える郁美と困惑しながら顔を上げる朔乃介へ動いた。嫌な予感がする。何をする気だ。
「困りますね、お姫様に余計な労力をかけさせるなんて。お姫様がに消えない傷ができたらどうするんですか。お優しい方なんですから」
目元に力が入った刹那であった。校庭が大型電灯に照らされ、杏寿達が光に晒される。白い軍服を着た実動部隊が倒れている班員達を回収していく。
そして背後で現れた殺意に刀を受け止めて、少し振り返る。そこには杏寿の打刀で大太刀を受け止められた氷雨がいた。
が、即座に氷雨の蹴りが脇腹に入り、吹き飛ばさてしまった。蹴られた衝撃で込み上げる胃液を吐き出すが痛みがない。耀に乗っ取られているから痛みを感じないのだろうか。
それでも氷雨の猛攻は終わらない。大太刀の斬撃が襲ってくる。
「やはり芬だったか」
「はて?お会いしたことがありましたか?」
「氷雨だ。お前に武を教わった」
「——ああ、あの時の餓鬼でしたか」
氷雨は耀の態度に怒っているのだろうか。顔は面で見えないが斬撃にどこか怒りを感じる。
「俺はずっとアンタを待っていた。約束したはずだ」
「約束したとてそこに利益が無ければ約束を果たす意味がありませんよ」
「…守る気はないと言いたいのか」
「ええ。貴方にお姫様ほどの魅力がありませんからね」
斬撃の威力が増し、また杏寿の体は宙へと吹き飛ばされた。
三階に位置する壁へめり込みながら顔を上げる。氷雨は耀を、そして杏寿を殺す気だ。
耀が抵抗せねば杏寿はこのまま殺される。しかし手に持っていた打刀は解いていき、糸が心臓へと戻っていく。
「残念、時間ですか」
耀の言葉を最後に紅かった視界は暗転した。最後に感じたのは体が落ちていく浮遊感と氷雨の殺意だった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次の更新は八月中です。最近、世間暑いっすね。
ちなみに杏寿の苦手な食べ物は茸です。




