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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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化け物 三

「初任務、ご苦労でした。明日の授業の為にも英気を養いなさい、二人とも」


 帝都に戻ってきた杏寿と朔之介は水上に調査報告書を渡し、井東の弟が起こした事件の内容を改めて聞かされた後、部屋から追い出されてしまった。

 化け物の発見に貢献したということで通常の任務報酬に追加報酬が上乗せされたが、それでも実動部隊に移動するほどの成果にはならなかった。

 朔乃介は義理の兄に会う予定があると早々に別れ、軍学校の地下にある射撃場に来ていた。

 せっかく無料で利用できるというのに利用している生徒は誰もいない。

 だがこれはこれで集中して練習できるので杏寿にとってはありがたい。


「あれ、栗花落ちゃんだ」

「げっ」

「先輩に向かってげっていうのは失礼じゃないかな?」


 杏寿が轟かせる銃声だけが響く射撃場に入ってきたのは禄士郎だった。

 よりにもよって禄士郎かと杏寿はため息を吐きたくなった。

 そんな杏寿を無視し、禄士郎は銃に弾を込めながら「そういえば」と思い出したかのように言葉を零す。


「井東ハルタの事件、解決したの栗花落ちゃん達なんだっけ?」

「そうですけど」

「実はさ、帝都での第一殺人の現場調査を行ったのは俺と小春だったんだよ」

「え、まじですか」

「ははっ、まじだよ。ホント、君たちとは妙な縁を感じるよ」


 おかしそうに小さく笑いながら銃を構えた禄士郎は的に向かって引き金を引いた。

 弾は的の中心から少しずれたところに当たり、「んー…鈍ったなぁ」と唸った。

 是非とも的から全く外れた状態で鈍ったと言ってほしいものだ。杏寿は出そうになった舌打ちを呑み込んだ。


 

 禄士郎や小春も関わった井東ハルタの事件の顛末はよくある話だった。

 ハルタは京都の貴族の元で奉公していたが、奉公先の令嬢と恋に落ちて逃げるように帝都へ。所謂、駆け落ちというやつだ。

 駆け落ちしたはいいものの、不幸が重なる。そしてとどめを刺すかのように一緒に生きると誓った令嬢は怪しげな宗教に入信。宗教から離れるようにと口論になった末の殺人。

 令嬢の負の感情がハルタの糸に絡みつき、化け物化してしまう。

 助けを求める為に兄の井東ツカサの元へ向かう道中、三重県で化け物になった姿を見られ、白夜軍へ通報しようとした人間を令嬢と同じ手口で殺したのだ。

 そこからようやく杏寿の任務へと繋がってくる。

 杏寿達がこの村に居合わせたのはただの偶然ではあるが、印象的な任務になったことは間違いない。


「化け物はどうだった?」


 弾を装填しながら禄士郎は穏やかに問いかけてきた。

 どう、とは。今度は杏寿が唸る番になってしまった。


「聞いたよ。化け物を追い詰めたのは栗花落ちゃんだって」

「まあ、そうですね。美味しいところは先輩に取られちゃいましたけど」

「貴方は人間であろうと化け物であろうと躊躇いなく殺す人だと思ったんだけど。違う?」

「まどろっこしいですね。何が言いたいんですか」


 珈琲の染みのように心に着いた苛立ちを込めながら、杏寿は的に向かって引き金を引く。

 禄士郎は何かを探るようにゆっくりと本題を提示しようとするがそれは杏寿にとっては悪手だ。

 たとえ気遣いだとしてもありがた迷惑でしかない。特に禄士郎からとなると。


「そういう正直なところ、好感が持てるよ。拳銃をその場にいた井東ハルタの兄に渡そうとしたらしいね。それは人の死をよく理解している人間の行動、だと俺は思う。貴方は行方不明になっていた十一年間、何を見てきたのかな?」

「それが桃坂さんが聞きたいことなんですか?」

「そうだね。久々に同族を見たから気になっちゃった」

「一緒にしないでください」


 眉間に皺が寄っていくのを感じる。禄士郎の言っている意味が分かるからこそ、嫌悪を感じるのだろう。

 だが意味が分かって真意が分からない。

 禄士郎が杏寿の何を知りたがっているのか。知って何になるのか。

 杏寿の疑問が伝わってしまったようで禄士郎は苦笑しながら机に持っていた銃を置いた。


「どうしてそんなことを聞いてくるのか分からないって顔してる」

「当然でしょう。知って桃坂さんの特にならないじゃないですか。それに積み重ねた死体の数は桃坂先輩の方が多そうですし」

「ははっ、それを言われると痛いなぁ。でも戦ってきた環境が違う。だから気になるってのもあるかな」

「他にも意図があるようですね」


 杏寿の気づきに禄士郎は口角を落とした。


「――そうだよ。今の栗花落ちゃん、いや栗花落家は貴族の世界では話題になっているからね。長年、行方不明になっていたか弱いご令嬢が銃を片手に帰ってきたんだから。誰もが注目するでしょ」

「桃坂家も例外じゃないってことですか」

「ご想像にお任せするよ」

「…昔、仔馬の頃から育てた馬を殺さないといけなくなることがありました。足の骨が折れた馬は旅に連れて行くことができないからです。その時教えてもらったんですよ、どこぞの知らない狼や熊に食い殺されるくらいならいっそ家族である私が殺して私の血肉にした方が何より弔いになるって」

「でも今回は人だ。馬じゃない」

「一緒ですよ。命あるものは全部一緒です。動物も魔物も魔女も人間も」


 結局、知りたかった答えは得られなかったが、もしかしたら耀が杏寿を処刑人に選んだのは今口に出したことが答えなのかもしれない。

 そう思えば納得はできないが耀が最後に見た人間が自身でよかったと思えてしまう。


「ふぅん。貴方の考えは分かった」

「これで満足ですか」

「うん、想像通りで良かったよ」


 素直に答えたのにやはり禄士郎は勝手に自己完結をして杏寿を置いて行っている。

 言葉通り、満足したようで禄士郎は出口に向かい、ドアを開けた。


「それじゃまたね」

「.…お疲れ様です」

「それから小春の隣はあげないから。さっさと諦めてね」


 警告するように細められた桃色の瞳は扉が閉められたことで見えなくなった。その瞳はどこまでも鋭かった。


(諦めて、かぁ)


 我慢していた舌打ちが広く薄暗い射撃場に響いた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


次回の更新は五月末です。うひょん

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