58話 遣い鳥 2
「 クリスちゃんは手はず通りやってくれたじゃろか」
ミザリーは手にしていた杖を後ろ手に抱え腰を右に左に捻りながら救護院の入り口を見つめていた。
そろそろ来るころかと思われる待ち人を待っている。
数日前に遣い鳥を二ヶ所に放った。
いつもは何事においても慎重なミザリーだったが、目測を誤ることもある。
用意していた食糧がそろそろ尽きる頃合いだった。
ミザリーだけであればなんとでもなるが、此処には大勢の人間がいる。
だが罹患している彼等を外に出すわけにも行かず救援を当てにしている。
そもそも救護院の様子を少し覗いて帰るつもりだった。
思っていた以上の悪い状況に、ミザリーはこの場にとどまる事を選択した。
変異した者達が街へ逃走するのを防ぐため、強力な結界を救護院全体に張り巡らせた。
結界は万一に備え外からの侵入者も阻むよう設定している。
元から救護院にあった食料と手持ちの食料を分けつつ十日過ごすも流石に足りない。
そこで物を越せと弟子と昔馴染みに連絡したのだった。
そのいづれからもまだ物資が届いていないが距離を考えれば、恐らく今日あたりくるはずだ。
いや来てくれなければ困るのだ。
「風呂にでも入ってそろそろゆっくりしたいんじゃがな」
ある程度の汚れであれば生活魔法で落とせるため、辛うじて清潔感は保てている。
それでもバスタブに浸かることが出来るにこしたことはない。
「これではクリスちゃんに嫌われてしまうではないか」
ミザリーは愛弟子にどう見られるかを気にする乙女な一面も持っていた。
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ミザリーが放った遣い鳥は二羽だった。
生き物ではないから二羽と数えてよいのか迷うが、一羽は弟子のクリストファーへ、もう一羽は大きな商館が建ち並ぶ一角へ向かって飛んでいた。
その中でもひと際大きな館の上でしばらく旋回を続けていた。
遣い鳥が旋回している館では、何かパーティーが開かれているらしく入り口には、次々と馬車が到着しては着飾った人々が建物に吸いこまれていった。
建物の最上階に近い部屋の窓が開け放たれたようで風に捲れたカーテンが翻るのが見えた。
遣い鳥はその一瞬を見逃さなかった。急降下するとその部屋に飛び込んで行った。
「うわ!! 何なんだこれは!」
急に飛び込んできた物を見て白髪交じりの初老の男は尻餅をつく。
部屋の中をゆっくり旋回する遣い鳥。
初老の男が落ち着きを取り戻したのを確認したのか見計らったように遣い鳥は仕事をした。
「おおっ! これは一大事ではないか。あの御方から私に救援要請とは!」
ミザリーの放った遣い鳥から文を受取った一人。
初老の男バルザックは内容を確認すると顎に手を当て目を瞑っていた。
自身はいまこの場所から動く事が出来ない。さてどうしたものか……。
ひとしきり考えを廻らせると行動に移った。
「誰か手の空いた者はおるか!!」
「はっ! 旦那さまここに」
バルザックの呼びかけに応え、歳の頃なら三十台半ばの護衛騎士が一人駆け寄ってきた。
「マーフィーか! お前が適任かもしれんな。早馬にてこれを我が家へ届けてくれ」
バルザックは袂から取り出した紙に何やらしたためるとマーフィーに手渡した。
「承知いたしました旦那さま。届けた後私はどうすればよろしいでしょうか」
「悪いが、家人達の護衛も兼ねてそのままある場所へ行ってくれるか」
「詳しい事は家人に聞くといい。一刻を争うでな急いで向かってくれ」
「はっ!」
マーフィーは恭しく受取った紙を懐にしまうと、急を要す案件だと理解し部屋を飛び出して行った。
「頼んだぞ!」
飛び出していったマーフィーの背中へ投げかけるように声をかけた。
流石に鍛えているだけあり護衛騎士の動きは軽やかだった。
早馬に飛び乗った姿はあっと言う間に塀の向こう側へ消えていた。
「これで少しはあの御方の役に立てるだろう」
飛び出して行った護衛騎士の向かった先をひとしきり見つめると、バルザックはホッと胸を撫でおろした。




