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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡ーウルの街十

明けて翌日、僕らはゆっくりと起きると、身支度を整えて、ニールとアンネの薬屋を目指して歩く。

 道中、昨日以上に街のみんなに祝福された。

 宿屋の女将さんにも、祝福の言葉をかけられ宿代を返そうと言われたが、それをアイクは固辞し、何とか出てきた。

 ニールとアンネの薬屋には、シエラの容態を気遣う街の人々が朝早くから詰めかけていて、行列ができていた。

 これは随分と待たされるかな?と思っていたら、僕らに気付いた人々が、笑顔で先を譲ってくれ、あれよあれよという間に店内に入ることができた。

 そこには、少し疲れた顔をしたニールとアンネがいたが、僕らの姿を見ると、途端にうれしそうな表情をする。

 「よく来てくれました!!昨日はすぐに帰ってしまわれたので、もう来ないのかな?と不安になりましたよ」

 「あそこで俺たちまでここに来ていたら、大変な騒ぎになっていただろう?おかげで昨日は集中して調合できたんじゃないのか?」

 「随分気遣ってくれるじゃない!!でも、少しくらい顔を見せてくれたって良かったんじゃない!?」

 「疲れていたので、すぐに眠ってしまったんですよ」

 アンネはまだ不服そうな顔をしているが、ニールはにこやかな表情のままだ。

 「昨日、シエラが、お二人はどうしたの?って、しつこくって・・・・。顔くらい見せても罰は当たらんでしょうが!」

 「そうかもしれませんね・・・。気が回らずに申し訳ありません」

 アイクは困ったように笑いながら頭を下げたが、アンネはまだ不服そうだ。

 「それに!!その他人行儀な話方!!ニールには砕けた口調なのに、なんで私だけそんな話方するの!?」

 「ああ・・・、ええっと・・・」

 下から覗き込むように頬を膨らませたアンネにさしものアイクも少したじたじとしている。そんなアイクに助け舟を出したのがニールだった。

 アンネの肩を掴むと、ひょいと自分の胸元に抱き寄せる。

 「はいはい、そこまでにしてあげな。二人とも困ってるでしょ」

 「でも!!」

 「二人はシエラに会いに来たんだから。ほら、二人ともこっちです」

 いまだに膨れたままのアンネをそのままにして、ニールは奥の部屋に姿を消す。

 僕らも一瞬お互いに目を見合わせたが、そのまま、くすり、と笑いあうと、後を追った。

 扉をくぐったそこには、あの日と同じようにシエラが寝かされていたが、僕らが入ったのを見ると、すぐに起き上がる。

 その顔は随分と血色がよくなり、頬には赤みがさしている。

 うっすらと色味が少なかった唇も、ほんのりと朱が差し、それがひどく美しく見えた。

 「あら!よく来てくださいました!!」

 弾んだような声音も以前と違い、随分と元気になっているように思える。

 にこにこと笑うシエラの笑顔は、今までの笑顔と比べると、とても自然な笑顔に見え、綺麗だった。

 今日の笑顔を見た後に、以前までの笑顔を見ていれば、それはどこか作り物じみた、無理しているような笑顔に見えていただろう。

 それだけ、今シエラが浮かべる笑顔には、人を引き付ける魅力があふれている。

 ふと、気恥ずかしくなって視線を背けると、寝台の横ですやすやと眠るルシカの姿が目に入った。

 昨夜は随分と泣いたのだろうか?目元が少し腫れている。

 「寝ていなくて大丈夫なのか?」

 アイクが心配そうに聞く。

 「ええ、もうずいぶん体が楽になりました。こんなに体調がいいのもいつぶりでしょうか?本当にありがとうございました」

 「そうか。それならいいが、あまり無理はするなよ?」

 くすり、とシエラが笑った。

 「どうした?」

 「だって、なんだか今の、私の旦那さんみたいな言い方で。可笑しくって」

 ころころと笑うシエラの様子にアイクは少し憮然とした顔をする。

 僕はなんだか胸の奥が苦しくなってきた。ひどくもやもやした気持ちがする。

 「う・・・・ん・・・・」

 その時、ルシカが目をこすりながらゆっくりと起きた。

 「あらあら、もう少し寝ててもいいのよ?」

 ゆっくりとシエラに頭を撫でられぼんやりとしているようだったが、入り口に立つ僕とアイクを見つけると、ひどく驚いたようで、大きな瞳をまん丸にし、顔を真っ赤に染めながら、シエラの胸元に顔をうずめてしまう。

 「あらあら恥ずかしがって」

 「怖がらせちゃったかな?」

 「いえいえ、この子恥ずかしがっているんですよ。昨日私が薬を飲んでいる横でずっと泣いていましたし、何よりニールからお二人の話を聞いて、わくわくしていたようで、お二人に憧れているんですよ」

 柔らかく微笑むシエラの胸の中で、「うーーーー」とくぐもった声が聞こえてきた。

 それに合わせて、小さな手がぎゅっと力強く、まるで抗議するようにシエラの服を握りしめる。

少し可愛いなと思ってしまい、思わず笑ってしまった。

 「お元気なようで少し安心しました。それでは今日はこれで失礼します」

 アイクは、これ以上長居する気はないようだ。僕は少し残念な気持ちになってしまった。

 それはこの場にいた全員がそうであったようで、ニールとアンネが「え!?」と驚くが、それ以上にシエラがひどく気落ちした顔をする。

 「もう行ってしまわれるのですか?」

 「ええ、これ以上他の人々を待たせるのはしのびありません。それに、船を出してもらわない以上は、この街を出ることもできませんので、まだこの街にはいますよ」

 「そう・・・・ですか・・・」

 シエラは、何かを考えるように黙り込む。

 アイクは一つ一礼すると、くるりと背を向け、その場を後にしようとしたので、僕もそれに続いて慌てて追いかけようとしたら、扉の手前で、パタパタと後ろから小さな足音が聞こえた。

 だんだん近づく足音に、なんだろう?と思って振り返ろうとしたら、とん、と腰に小さな何かが抱き着いてきた。

 ルシカだった。

 ぎゅっと僕の腰元に抱き着いたまま、離れようとしない。

 「どう・・・・したの・・・?」

 驚いて、言葉に詰まってしまった。僕の腰元に顔をうずめたまま、問いかけても何も答えてくれない。

 「ルシカ・・・、お兄さんが困っているわよ?ばいばいって、また来てくれるから、今はばいばいって」

 見かねたシエラが助け舟を出してくれるが、一向に離れようとしない。

 どうしていいのか分からずにおろおろしていると、急にルシカが、ばっ、と顔をあげた。

 上気した頬は真っ赤に染まっていて、見上げるぱっちりとした瞳、ふっくらとした頬、そして柔らかな口元に形の良い眉、どこかシエラを思わせる顔つきに、僕はどうしてか分からなかったが、どきりとしてしまった。

 「おにいちゃん!ママをたすけてくれてありがとう!」

 「どういたしまして」

 「おおきくなったら、ルシカをおよめさんにして!!」

 え・・・・?

 思わず固まってしまった。

 その場にいた全員が耳を疑った。何を言ったのかわからなかったのだろう、誰も何も言わずに、いや、何も言えずに固まってしまっている。

 言った後に、恥ずかしくなったのだろう、僕の腰元に再び顔をうずめ、耳まで真っ赤になりながら、さっきよりも力強くぎゅっと握りしめられる。

 「まあ!ルシカったら・・・」

 困ったように、それでもどこか嬉しそうにシエラが笑いだした。

 「ええええええ!!!!????」

 ニールとアンネが、思わずと言ったように驚きで叫び出してしまっている。

 アイクは、ぽかんとした顔をしている。

 僕はどうしていいのか分からずに、アイクに助けを求めるように視線を向けるが、当のアイクは何も気づかなかったようで、ぽかんとしたままルシカを見下ろしている。

 「ルシカ、ほら、困っているでしょう?」

 そんな中、すっと立ち上がったシエラがルシカのもとに歩み寄ると、そのまま僕に抱き着いたルシカを引き離そうとする。

 「え?」

 思いのほか、簡単に立ち上がったシエラの様子に思わず驚いてしまった。

 ルシカの肩を抱いて、言い聞かせるようにしゃがみ込んだまま話す。

 「ほら、あんまりぐずっているとおにいさんに嫌われるよ?」

 「いやだあーー」

 その言葉で、ようやく離してくれた。泣きそうになりながらも、こちらをうかがうように上目遣いに見上げながら、名残惜しそうに手を離す。

 なんだか、ひどく罪悪感を感じた。だからだろう、僕はゆっくりとしゃがみ込むと、目線をルシカの高さまで下げて、にっこりとほほ笑む。

 「じゃあ、ルシカが、大人になってもまだ僕のお嫁さんになりたかったら、僕のお嫁さんになってくれる?」

 「うん!!」

 「約束しよう。僕も、こんなにかわいいお嫁さんがいたら嬉しいな」

 恥ずかしそうに、それでも嬉しそうににっこりと笑顔を浮かべるルシカの頭を撫でる。

 「やくそく!!」

 「あらあら、よかったわねルシカ?」

 「うん!!」

 ぱあっと花が咲くようにきれいな笑顔を浮かべるルシカを見ていると、胸の奥がほっこりしてくる。

 「じゃあね。また来るよ」

 手を振って別れようとする僕に、ルシカも同じように手を振り返してくれた。

 「ばいばい!」

 そう言って笑顔のルシカに見送られ、ようやくその場を後にしようとしたその時、さらにルシカが、衝撃の発言をする。

 「ねえ、ママはなんで、おくにいるおにいさんにすきだっていわないの?」

 またしてもその場にいたみんなの動きが止まる。

 アイクがゆっくりと振り返った。

 「ママ、きのう、あんなにすきだっていってたのに、なんでけっこんして、っていわないの?ねごとでもいってたよ?」

 「ええええええええ!!!!????」

 またしてもニールとアンネの絶叫が響き渡った。

 僕は、固まったままアイクを見つめる。アイクは固まったままシエラとルシカを見つめている。

 シエラの顔が、どんどん真っ赤になっていく。

 「あのね・・・・、ルシカ・・・・」

 「ママもあのひとのおよめさんになりたいっていわないの?」

 「それは・・・・」

 アイクはどうすればいいのか分からないようで、たじたじとしている。

 僕は、なんだか無性に腹が立ってきた。

 「見ないでください!!」

 シエラが耳まで真っ赤になった顔を隠すようにルシカの小さな体の陰に隠れた。

 そのシエラに、にやにやした顔のアンネが近づく。

 「シーエーラ!!」

 後ろから肩に抱き着かれ、「ひゃん!!」と可愛い声をあげながらびくりと体を震わせる。

 「それならそうと言ってくれればよかったのに!!いつから好きだったの!?なんで好きになったの!?結婚してって言っちゃいなよ!!」

 「あの・・・・」

 思わずためらいがちに声を出してしまった。全く同じタイミングでニールの声が重なり、僕の声はかき消されたが、すぐにそのことにホッとした。

 「アイク!あんたはどうなんだい!?シエラはとっても綺麗だし!料理がうまいし!回復魔法がすごいし!気立てがいいし!・・・何より胸が大きい!!こんな子滅多にいないよ!?」

 思わず胸に目が行ってしまう。確かに大きい。なんだかむずむずする。そしてそれ以上にひどく罪悪感が沸いてきたので視線を外そうとしたが、目が離せない。

 「もうやめてー!」

 問われたアイクは、パクパクと口を開くだけで、何も言おうとしない。

 それをにやにやと笑いながらアンネは見ていたが、どうやらシエラの気恥しさが限界を超えてしまったようで、ばっ、とアンネの腕を振りほどく。

 「見ないでください!!」

 そう言い残すと、寝台に飛び乗り、すっぽりと布を頭からかぶって覆ってしまった。

 「あ!」

 アンネがシエラを目で追った隙に、アイクが僕の腕をつかむ。

 「行くぞ!」

 それだけ告げられると、思いのほか強い力でぐいっと引っ張られ、外に連れ出された。

 もう少し恥じらうシエラを見ていたいと思って大分名残惜しかったが、それでもぐいぐいと強い力で引きずられるように外に連れ出されてしまった。


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