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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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寄道ー水竜の祠七

アイクを―――アイクを助けなくては!

 その激情に突き動かされ、必死にもがく。もう唯一一人しかいない、仲間なのだから!

 その思いとは裏腹に、決して解けない拘束が恨めしかった。

 そして、そんな僕の思いを踏みにじるように、一瞬でアイクに絡みつき、締め上げる蛇共の様に、絶望感が胸に去来する。

 「ああ・・・。アイク・・・!アイク!!」

 その姿も蛇に隠れ今や見えなくなってしまった。

 もう・・・・駄目か・・・・。

 そう思った瞬間、くぐもった声が届く。

 「まだ・・・・生きている・・・・」

 ぜえ、ぜえ、と力なくつぶやかれた声は、蛇の巨体に隠れ、こもったように聞き取り辛かったが、確かにアイクの声だ!

 「もう・・・お前しか・・・できない・・・・。こいつらを・・・・倒してくれ!」

 「え・・・・?できない・・・・。僕は・・・・」

 「いや・・・・お前にしかできない・・・・・。あの夜を思い出せ・・・・。ニコライと渡り合ったあの夜を・・・・。雷を・・・・・纏え・・・・・」

 あの夜の出来事は夢のようにぼんやりとしか思い出せない。

 どうやって僕は雷の力を引き出したのか全く思い出せない。気付けば、僕はあの状態で、ニコライと闘っていた。

 あれ以来、魔法を使うときはあの状態を意識しているが、未だに一度も雷を身にまとうことに成功したことはない。

 「できない・・・・・」

 弱気の自分が恨めしい・・・。

 こんな時、兄さんだったら、笑っているのだろうか・・・?

 俺に任せろ!って胸を張るのだろうか?たとえそれが虚勢でも、兄さんなら、この窮地を打破してしまうんだろうな・・・。

 どうして、今、久しぶりに兄さんのことを思い出しているんだろう・・・?

 気付けば、手足がしびれたように動かなくなっていた。

 冷たい蛇が、僕の体をどんどん覆っていく。

 死を―――感じた―――。

 冷たい、冷たい、死がすぐそこまで迫ってきている―――。

 あの日、闘技場で、兄さんと殺し合った日に、腕の中でどんどん冷たくなっていく兄と同じように、自分の体温がどんどん冷たくなっていっていることをはっきりと感じていた。

 怖かった―――。

 ただ、兄も同じ気持ちだったのかな―――?と思ったら、少し気が楽になった。

 するすると首元に絡みついてきた蛇がぎゅっと力を強めた。

 息が苦しい―――。

 意識が遠のいていく―――。

 もう―――、駄目だな―――。

 所詮、僕は――――――――。

 

 

 

――――諦めるな!

 はっ、と意識が戻る。今、一瞬何もかも諦め、意識を失ってしまっていた。

遠のく意識の中、はっきりと聞こえたその声は、懐かしい声だった気がする。

 どうしてそんな声が聞こえたのだろうか?

 不思議に思った。

 そして、次に思ったのは、違和感だった。

どうしてか、先ほどよりも拘束が緩んだ気がしたのだ。

 なんだ・・・?

 先ほどまで、ぎりぎりと万力で締め上げられていた身体がとても軽い!

 そして、何より、今ならこの拘束を振りほどけるんじゃないか・・・?と思うほどに蛇の力が弱まっていた。

―――何が・・・起こっている・・・?

ゆっくりと、視線を下に下げると、そこには、首元でキラキラと光輝く二つのネックレスがあった―――。

 「ファントムの首飾り」

 それは、着用者を空気の防御幕で覆う魔道具で、普通であれば弓矢やちょっとした魔法攻撃から身を守る程度のものでしかない。

 しかし、兄が僕にくれた形見のネックレスと僕の元々持っていた物、合わせて二つ。それが、今、この瞬間、急に輝きを放ち、僕を守ろうとしている―――。

 まるで、兄さんが助けてくれようとしているようだった―――。

 ――――ありがとう、兄さん――――。

 胸に温かいものがこみあげてくる。

 そっと、包み込むように二つのネックレスを両手で握りしめ、祈るように瞳を閉じる。

 ――――兄さん、ごめん―――。どこかで見ているのなら――――どうか―――、僕に力を貸してくれ―――。

 ――――仕方ないなあ。

 ふわりと笑う兄さんの姿が瞼の裏に映る。

 ―――闇を切り裂く光を、危地を乗り越える強さを、僕にください――――。

 真摯に祈る姿は、ひどく神聖で、月の光のように降り注ぐ洞窟の蒼い燐光が、まるで、その誕生を祝福するようにしんしんと降り注ぐ。

 あの夜の絶望をはっきりと思い出した。

 力及ばず、地面に打ち伏せられた冷たい地面の固さを、目を焼くほどに眩しい雷の光を。

 そして、体の内側から力があふれ出す。

 それは、普段とは全く異質な、それでいて、ああ、これか、となぜだかぴったり納得できるような、そんな不思議な充足感だった。

 今まで、どこかしっくりこない中で、窮屈な体を無理やり動かすような気持だったが、今の自分は、これしかない、と思える魔力を練っている。

下腹が熱を持ったように熱く、熱く、その熱が、どんどん、全身に広がっていく。

 ―――――光よ!!!

 カッと目を見開き、祈りとともに吐き出した言葉に呼応するかのように、全身をバチバチと紫電が包み込んだ。

 「うおおおおおおおお!!!!!!」

 ばりばり、と音がするほど、全力で、体の外側に向かって放電する。

 それは、一瞬で今僕らがいる広い空間すべてを満たし、強い紫電を浴びた蛇たちが、びくり!と飛び跳ねたかと思うと、そのまま力なく腹を天井に向け、仰向けにぼたぼたと地面に落ちだした。

 僕の体を覆っていた蛇たちは、全身から煙をあげ、ひどい火傷を負い絶命していた。

 およそ洞窟中の蛇が気絶するか、もしくは死んでいった中、僕は呆然と立ち尽くす。

 一気に魔力を放出したからか、すでに体にまとった紫電はぱちぱちとひどく弱まっているが、どうにか発動できたようだ。

 「やった・・・・・できた・・・・」

くらり、とひどい脱力感とめまいを感じた。思わず倒れそうになった僕を、何かが抱き留めた。

 「よくやった!」

 見れば、アイクだった。とても誇らしげに口元をほころばせている。

 しかし、よくよく見ればアイクも満身創痍のようだ。

 「よく・・・・痺れなかったね・・・・」

 「ああ、これがあったからな」

 手のひらに乗っていたのは、僕と同じ、二つの「ファントムの首飾り」だった。

 「ああ・・・・、リックの・・・・?」

 「ああ・・・。俺たちはつくづくあの二人に助けられるようだ・・・」

 「そうだね・・・・」

 「疲れただろう?ゆっくり休むといい」

 アイクの声がひどく耳に心地よかった。遠くなる意識の中で、ゆっくりと僕は頷く。

 「うん・・・・。あとは・・・任せてもいい・・・?」

 「ああ」

 力強くうなずくアイクに安堵の気持ちがこみあげてきた。そして、そのまま僕は意識を失う。

 

 

 「とんでもない方ですね・・・」

 近づいてきたニールが呆然としたようにつぶやく。

 「そうだな」

 俺は、腕の中で眠るシリウスを見つめながら、顔も上げずにただうなずく。

 安心しきったように眠るシリウスの様子に、信頼されていると思うと、ひどく誇らしい気持ちになった。

 水は雷に弱いと聞いたことがある。何より、落雷の時に、川の魚がすべて死に絶えていたのを見たことがあった。

 だからこそ、シリウスがあの夜に、雷の魔力の片鱗を見せたからこそ、こいつと一緒なら、わずかな勝機がある、と思ったのだ。

 だが、もちろん、あの夜以降、シリウスは必死に練習していたが、雷の魔法はとうとう使えなかったことを知っている。

 それでも、シリウスに賭けたのは、土壇場での心の強さを知っているからだ。死の淵に立って、その時に見せる命の輝きは、とても眩しく、思わず目をそらしてしまうほどだ。

 それをリックも、ローグもセルバも知っていたからこそ、シリウスを助けようと必死に命を賭けたのだろう。

 「急ごう」

 安心しきった顔で眠るシリウスを背中に担ぎ上げる。

「戦闘では私は役に立ちません・・・・。私が背負っていきますよ」

 ニールが、手を伸ばしてきたが、やんわりと断る。

 「いや、大丈夫だ。それに、目的地はすぐそこだろう」

 奥の出口から、出てすぐのところに小さな横穴が空いている。一段高くなったそこから、ちょろちょろと水が流れ落ちてきており、ぼんやりと、だが、周囲よりも強い光が漏れだしてきている。

 「でも・・・・」

 言いよどんだニールに背を向ける。

 「すぐにこいつらも起きる。今はそんなことより先を急ぐぞ!」

 返事も聞かずに横穴に飛び込んでいった。

 横穴の大きさは、狭く、高さも低いが、俺が何とか屈んで進むことができる道だった。人一人が何とか通り抜けられる道を進むと、あっさりと行き止まりにたどり着いた。

 進むごとにわずかに広くなる横穴は、すでに屈まなくとも姿勢を伸ばせるほどの広さがあった。

 そして、そこにあった。


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