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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
傭兵時代
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逃亡―暗黒森林五

食事も終わり、荷物をまとめると、アイクが立ち上がった。

 「さて、北を目指して進むか」

 僕らは四人を加えて、北を目指して進む。

 道中、アイクがガルフに話しかける。

 「そういえばさっき、途中で話が途切れたが・・・。あのレッドストーン山脈の向こうには広々とした広大な平原が広がっているぞ」

 「ええ!?知っているのか?」

 「ああ。あそこは国ではない。ある遊牧民族が生活しているだけで、ほとんどが草原か、もしくは荒野、そして、ほとんど木々のない丘陵地帯が広がっている」

 「へえー・・・。なんで木々がないんだ?」

 「この山の向こうは気温が急に下がるからな・・・。冬が長くて、一年を通して半分近くが雪に閉ざされている。さらに北に向かっていくと、一年中溶けることのない雪と氷が大地を覆う厳冬の、人間が住むことができない死の大地が広がっている。だから、植物がなかなか成長しないんだ・・・」

 「へえー・・・詳しいな・・・」

 感心しっぱなしのガルフとは違い、ネルが少し心配そうに話に加わる。

「でも、そんな土地なら行かないほうがいいのかな?」

 問われたアイクは少し答え辛そうだった。

「いや、どうだろうな?」

 「だって、人間が生活しづらいんでしょ?」

 「まあ、そこらへんはお前ら次第だが・・・。向こうの人たちはすごく気が良くて、いい人たちばかりだぞ。なにせ助け合って生きていかなければならない土地だからなあ」

 「ふーん・・・。でもなんでそんなに詳しいんですか?」

 「俺の故郷のミダス王国が、向こうの遊牧民たちとある程度親交があったからな」

 「え!?じゃあ、ミダス王国に行けばレッドストーン山脈を安全に超えることができるの?」

 「海があるからな・・・。ちなみにレッドストーン山脈を安全に超えることができる道はほとんど存在しない・・・なぜだか分かるか?」

 僕は分からなかった。ただ、他の人間は当然といった顔をしている。

 「どうして?」

 僕は初めて聞く話だったので少しわくわくしている。

 「それはな、レッドストーン山脈は、文字通り炎の岩、要は、溶岩地帯だってことだ。火口付近は、年中噴き出る溶岩のため、異常に気温が高く、何より、生き物が、主に植物がほとんど生育していない。そして何より脅威なのが、レッドドラゴンだ」

 「レッドドラゴン・・・」

 思わずごくりとつばを飲み込んでしまう。

 「その名のとおり赤いドラゴンだが・・・。なにせ、強力な魔物でな・・・。普段は、レッドストーン山脈北東部に広がる迷いの森や暗黒森林を狩場としていて、めったに人前に姿を現さないが、討伐には軍が編成されることもしばしばある・・・。一軍に匹敵する魔物が一匹だけでなく群れで生息しているからな・・・」

 「小さいころからみんなが聞かされて育った話だ。レッドストーン山脈には絶対に行くな!ってな」

 ガルフが昔を懐かしむように付け加えてくれた。

 「で、だ。話を戻すが、レッドストーン山脈を安全に超える道は、少ない。その一つが海路だな。東の果てに広がる海から、船に乗って海を伝って超える」

 「うえーー現実的な話じゃないな・・・」

 ガルフが顔をしかめる。

 「もう一つは、ミラストーン王国の東から数週間進んだところにある大きな湖だ。「ウル」湖と呼ばれる湖だ。この湖に山から水が流れ込む洞窟がある。その洞窟を抜けた先に、数人が通れる細道がある。そこがレッドストーン山脈を抜ける道だな」

 「へえー、いいこと聞いたな!」

 にわかに色めき立つ四人にアイクは少し呆れた様子だ。

 「どうやって行くつもりだったんだ?」

 「いや、近くまで行けば、誰か知っている人がいるんじゃないかと思ってな・・・。まあ、あんたらと会えてよかったよ!」

 あまりにものんきな彼らの様子にアイクはがっくりと肩を落とすが、僕はなんだか楽しくなってきた。

 「まあ、だからこそ、軍を派遣できない上に旨味の少ないレッドストーン山脈以北の地域を、帝国は目もくれないんだがな・・・」

 「要は安全ってことだな!」

 「まあ、そういうことだな・・・」

 なんとなく複雑そうな表情を浮かべるアイク。

 

 僕らはその後も川を横目に、ずんずんと北に向かって進んでいく。

 道中に、見かけた鳥やウサギをアイクとセルバが弓で仕留めて、八人がかりで捌く。驚くほどスムーズに進んでいく。全く魔物や魔獣と出くわさない。

 だからこそ、なぜだか分からないが胸中にどんどんと不安が募ってきた。

 こんなにも暗黒森林を歩いていて生き物がいなかったためしはなかったんじゃないか――?

 こんなにも魔獣や魔物に出くわさなかったことはないんじゃないか――?

 先ほどから仕留めた鳥やウサギも、数羽というあまりにも少ない数だ。

 アイクが周囲を警戒して進んでいるから、僕らが分からないだけで、生き物の足跡や生活痕から何物にも邪魔されずに最短で進むことができる道を特定しているのか――?

 次第に口数の減ってきた中で、僕はぐるぐると思考の渦にのまれそうになった。

 「妙だな・・・」

 先頭を歩くアイクのつぶやきに思わずはっ、と身を強張らせる。

 僕だけでなく、セルバやローグ、そしてガルフとネルとカイトも不審に思っていたようで、周辺をきょろきょろと見まわしたり、何かに耳を澄ませるように目を瞑ったりし始める。その中で唯一ハスタだけが、何が起きているか理解していないようで、「え?え?え?」と、戸惑っている。

 「何が起こっているか分かるか?」

 ガルフが不安そうに尋ねる。

 「いや、どうだろうな・・・。ビックフットがいたから生き物がほとんど逃げたとも考えられるが・・・」

 アイクが何かを探すように地面に視線を落とす。

 「いや・・・それはどうだろうな・・・」

 ローグが疑問を投げかける。

 「なんにせよ、今まで以上に警戒が必要だな・・・」

 瞬間、アイクが急に、がばっ、と音がするほど勢いよく後ろを振り返った。じいっ、と目を細めながら木々の間を見通すように見つめ続ける。

 ふと、気が付いたが、アイクの左目に魔力が集まっていた。

 それでも何も見つけられなかったのか、ふっ、と瞳を閉じる。

 木々の騒めきに耳を澄ませるように、いや、風の流れを全身で感じるように、ゆっくりと立ち尽くす。

 そのあまりにも真摯な様子に誰も声をかけることができない。

 重苦しい沈黙が立ち込める。

 じりじりと息が詰まるような感覚がした。喉元が熱くひりひりと焼けつくような気がする。

 ふっ、とアイクが全身から力を抜き、ゆっくりと息を吐きながら瞳を開く。

 「どうした?」

 ローグが息を押し殺しながら、あたりをはばかるような小声で問う。

 「何かがいた。いや、いるような気がした・・・。何かの気配がしたように思ったが・・・何もいない・・・」

 そう言うが、あまり腑に落ちているようではない。

 それが僕にとってはとても不安に思えてきた。今までアイクの能力を疑ったことはない。アイクが何かいたと思うということは何かがいたのだろう・・・。そしてアイクの感覚をごまかし、気付かれないように気配を消す・・・。そんなことができるのは・・・。

 「おい、シリウス。早く付いて来い!」

思わず考え込んでしまった僕にセルバが声をかける。

 すでに七人は先に進んでしまっていた。

 頭を振り、余計なことから意識をそらし、足早に追いかける。

 

 その日僕らは少し早めに歩みを止め、周辺を警戒しながら、川から奥に入って行ったところにある洞窟を見つけ、そこに見張りを立てながら暖を取ることにした。

 洞窟の中はひんやりとしていて、全く湿っぽくない。地面は乾いた土で思った以上に柔らかく、毛布をかぶるだけで寝床としては申し分ない。

 季節もあって少し肌寒いが、風を避けることができるため、外にいる以上に温かく感じる。中は外から見える以上に広く、八人が何とか寝転がることができる広さがあった。

 だが、風の流れがないために、火は洞窟の外で熾す。

 まだ、日が昇っているうちに食事をし、日が落ちる前に火を消し、暗闇の中、夜空に浮かぶ月の光を頼りに夜を過ごす。

その日の月はやけに赤く見えた。

 巨人が、にやりと口の端を吊り上げて笑っているような、不気味に欠けた細い月が浮かんでいる。

 いつもであれば何とはなしに見過ごしてしまうような光景でさえも、こんな時はなぜだかひどく不安な気持ちになる。心が騒めく。

 誰も何も話さない。

 洞窟の中で、寝転がる僕らのうち、誰かが身じろぎする音が、やけに耳にまとわりつく。

 皆も僕と同じように落ち着かないのか、何度も身じろぎをしている。

 「おい!交代の時間だ!」

 あたりをはばかるような小声で、アイクが洞窟の中に戻ってきた。

 代わりに立ち上がったのはガルフだ。ゆっくりと立ち上がると、洞窟の外に出ていく。それを見送りながら、横になっていると、眠気がやってきた。

 今日一日、神経を張り詰めていたからだろうか、思いのほか感じる疲労感に身を任せ、僕は瞼を閉じる。

 「おい!起きろ!」

 うとうととしていた僕に、不意に声がかけられる。その、急を知らせる緊迫したような声音に意識が覚醒する。

 一気に眠気が吹き飛び、飛び起きた。

 周りにいる他の人は、皆そろりと起きだし、武器を手に取っている。

 「どうしたの?」

 小声で闇の中に問い返した。

 「何かが近づいてきている。ゆっくりと、音を立てないように外に出るんだ」

 言われた通り、全員が洞窟の外に出た。

 夜の闇の中で、不思議なほど静かな森の中に僕らは佇んでいる。

 風が木々の枝をがさがさと揺らす。木々の間を抜けた風が、びゅう、と音を立てて吹き付ける。

 その風に前髪を揺らしながら、ゆっくりと周囲に意識を向けると、そこかしこに、がさがさ、という物音が聞こえる。

 必死で隠そうとしているのだろう。それでも隠し切れないわずかな物音が、茂みをかき分ける音が、聞こえる。

 その音はゆっくりと、だが、確実に僕らのもとに近づいてきていた。

 そして、それらは姿を現した。

 夜目にもわかる。帝国兵だ。急所を守るように皮鎧をまとい、荷物は背に負う袋に収納しているのだろう。動きやすい軽装に身を包んだ帝国兵たちが、僕らの周りをぐるりと囲むようにゆっくりと姿を現した。

 茂みから姿を現した彼らは、一定の距離まで近づくとそれ以上動きを止め、こちらをうかがうようにそろりと武器を構える。その数は二十人ほどといったところだが、暗闇に隠れた茂みの中から、まだ何者かが潜んでいる気配を複数感じる。恐らく四、五十人ほどはいるのかもしれない。

 僕らも皆、そろりと武器を構え、それぞれ背を守るように相手をにらみつける。


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