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英雄伝説ー奴隷シリウスの冒険ー  作者: 高橋はるか
奴隷時代
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魔法五

一瞬で、大きな、それこそ、大人の上半身ほどの大きさの氷の礫が生成され、僕めがけて撃ち込まれた。

まずい―――。

焦りから、必死で急所である頭をかばうように両腕をクロスにして防ぐが、その礫は僕のがら空きの下腹に直撃した。

ばきばき、と嫌な音がした。

うっ、と息を詰まらせ後ろに吹き飛ばされた僕は、地面にうつぶせに倒れながら、腹からこみ上げるような嘔吐感に気持ち悪さを感じ、何かを吐き出した。

それは、どろりと真っ赤に染まった血だった。

肋がぎしぎしと軋む。

身じろぎするほどに、肋骨に痛みが走った。

潰れたように動かない胸が、あえぐほどに苦しく、息ができない。

冷たく凍った空気は、潰れた胸に痛いほどに突き刺さる。

 礫が、突き刺さるように抉った下腹が、ずきずきと熱を持ったように痛む。

じわじわとこみあげる嘔吐感に、変わらぬ不快感を抱えたまま、必死で口元をぬぐう。

氷つき、割れた唇から出血し、それが衣服の袖を赤く染める。

爪先で地面を削りながら、苦悶に表情をしかめ、かすむ視界の中で視線をあげると、そこには、先ほどの位置から一歩も動かずこちらを見つめる雪狼の姿があった。

ずいぶんと余裕があるな―――。

なんだか笑えてきた。

今の自分のみじめな様に、そして、一瞬でも勝てると思った過去の自分に、不思議とおかしさがこみあげてきた。

死にたくない――。という気持ちがなぜか沸いてこない。

兄と闘ったときはあれほど死にたくないと思ったのに―――。

雪が―――降ってきた。

それは、生まれてこの方、初めて見た雪だ。

ちらちらと降るその雪は、あまりにも儚く、地面に落ちた瞬間に、解けるように消えていく。

地面には染み一つできない。

不思議だった。

兄があれほどまで見たいと熱望した景色が今目の前に広がっていることに我知らず胸の奥が熱くなる。

雪を見たことがない者も多くいるのだろう。

今までの騒がしさが一転し、コロシアム内に、限定的に、降っては解ける雪を見つめ、皆、一様に沈黙する。

幻想的な光景だった。

空は、あの日と同じように抜けるほどに青く。

降り注ぐ太陽の陽ざしが、ちらちらと降る雪に反射し、眩しいほどの輝きを帯びる。

その中で、降っては解ける雪が、あまりにも現実味がなく、まるで夢の中にいるのではないかと錯覚する。

ひた、ひた、とゆっくり近づく足音が聞こえてきた。

ぐるるるるるる・・・。

ゆっくりとうなり声をあげながら近づいてくるその瞳にもはや侮りの色はなく、数メートル付近まで迫ったその獣は、ゆっくりと窺うようにこちらを見つめている。

ああ・・・。ついに殺されるのか・・・。

実感してしまった。

今、僕のことを守ってくれる者はいない。

動かない手足は、すでに諦めてしまったかのように凍り付き、必死で体を起こしたが、両膝を屈した状態で、ただ座っていることしかできない。

怖い、とは思わなかった。

どうしてだろうか?少しの間考えて、分かった。

兄亡き今、本当の意味での僕の家族など、この世には一人たりとていない。

天涯孤独のこの身はすでに、あの一年前からおそらく生きることを諦めていたのだろう。

あの日から何度も夢に出てくる兄は、いつも笑っていて、それでも身近には感じない。

謝りたかったのか、怒りたかったのか、それとも縋り付きたかったのか、僕の心の中を投影して生まれたその幻は、それでもなお、遠く、どこか離れていて、ふと目を離したすきに消えてしまいそうに感じていた。

兄はもういない、母も、父も、すでにおぼろげで、ほとんど顔は覚えていなくとも、ただ一つ覚えているのはその死に際。もうすでに三人はこの世にいないことのみ。

もうすぐだ・・・。もうすぐ会える・・・。

どこか心の奥底で待ち望んでいた。

だからこそ、怖くはなかった。

ただ、一筋の涙が零れ落ちた。それが冷たく乾いた頬を濡らし、思いのほか暖かいその涙が、ポタリと地面に染みを作る。

目前まで迫った雪狼が、口を大きく開ける。

ああ・・・。

あまりにもゆっくりと感じる時間の中で、不思議と、今までの過去が頭の中に巻き戻ってきた。

兄が、剣をふるい、バーサクベアーと闘う様が。

兄が、盾を構え、倒れる僕をファントムから身を挺して守るその背中が。

リックと三人で訓練し、兄と二人して地面にへたり込んだ時に流れ落ちた汗が。

ここに来て間もない時に、不安に震えながら眠れない僕を、抱きしめてくれた兄の優しい寝顔が。

そして、泣きながら、暗くなった森の中をもつれるように駆け抜ける僕の手を引く、兄の、あまりにも白い手が。

今まで生まれてから、死ぬまで、兄といつも一緒だった。

死ぬときは一緒になれなくてごめん。

ただ、安心して・・・。

これからはずっと、一緒だよ・・・。

光が見えた・・・。はるか彼方から差し込む太陽の光が、僕の目の前を真っ白に染め上げる。

優しく、柔らかく、そして暖かい光だった。

そのとき、ふと、今まで忘れようと必死になり、頭の奥底に追いやっていた記憶が不意に思い起こされてきた。

それは、一年前の兄の死に際の記憶だった。

連れ出してくれ・・・。

そう願った兄の柔らかな笑みを。

海を・・・見たかった・・・なあ・・・。

それを最後にこと切れたときの兄のあの安らかで、そして憧憬を移したあの一筋の涙を。

死にたくない・・・。

その瞬間、願った。

死にたくない。

どうしようもなく、心の奥底から湧き上がってきた。

死にたくない!

息を吹き返したように、世界に色がついていく。

死にたくない!!

目前まで迫った雪狼の牙が喉元に食らいつかんとしている。

それでもなお―――。

死にたくない!!!

もはや絶望的な状況なのに、我知らず叫んでいた。

「生きたい!!!!」

その瞬間、体の奥、腹の底から何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。

最初は不思議な違和感でしかなかったその熱は、今では冷え切った体全体を温めるほどの熱さを持った熱に変わっていく。

どんどん、どんどん、熱くなってきた。

血が体全体を巡っていくのが、はっきりと分かった。

世界が変わっていく。

塗り替えられたように目に見える世界が変わっていく。

ほとんど止まって見えるほどゆっくりと動いていた雪狼。

その中で、自分の体だけが、不思議と思い通りに動く気がした。

ひょい、とあまりにも無造作に上体を横に逸らす。

その横を、次第にゆっくりと動き出した雪狼の口が通り過ぎる。

閉じられる瞬間、今まで全く動かなかった右手が、すっと上がり、手に持つ剣を突きこんだ。

吸い込まれるように口の中に入っていった剣先は、ずぶりと肉を貫く感触をその手に残しながら、固い何かに突き当たるまで入っていき、ぴたりと動きを止めた雪狼は、次の瞬間頭部を爆散させ息絶えた。

残されたのは、頭部を失った雪狼の死骸と、その頭頂部から赤熱した剣を突きたてた一人の剣闘士。

ゆっくりと立ち上がった僕は周囲を見回し、まるで数分前と異なる世界を見つめながら、湧き上がる力に身を委ね、つぶやく。

「これが、魔法か」

それは、あまりにも身近で、その存在を認識してしまえばもはや息を吸うことと同じように簡単にできることなのに、どうして今までできなかったのだろうか?

全身に負っていた傷がみるみる塞がっていく。

痛みがどんどん引いていく。

僕の体から、湯気が立ち上がるように、光が立ち上っている。

ゆっくりと視線をさまよわせると、剣闘士の中にも何人か、光をまとう者がいる。

観客席の一等席からこちらを不快気に見下ろすレイモンドからも、強い光が立ち上がっている。

ようやく、思い出した。

兄と一緒に剣闘試合を行う前日にリックが言っていたことの意味を。

―――生きたい、と強く望み、渇望する。そうすれば、きっと今まで届かなかった強さに届くことができるだろう―――。

それは魔力を指していたのだろう。

兄はおそらく魔法が使えたのだろう。

だとしたらどうして?だとしたらどうして僕と闘ったときに使わなかったのだろうか?

ふと疑問に思ったが、今はそれよりも、ただ、ただ、疲れた。

僕は知らなかったが、魔力を覚醒させた者にありがちな、制御もできず垂れ流しの状態にあるため、ほとんど枯渇しかけている魔力の影響で、先ほどまでとは打って変わり、どんどん眠くなってきている。

ふと足から力が抜け、倒れた僕に、歓声が降りかかる。

ここに来てようやく気付いたが、観客が皆総立ちで、僕をたたえている。

控室で観戦していた奴隷たちも皆、喜びを全身で表現しながら、口々に歓声を上げている。

倒れたままにっこりとほほ笑む僕の目に、ゆっくりと涙を流すリックの姿が見えた。

それを最後に、僕は真っ暗闇に落ちていった。


雪狼が、ゆっくりと地面に膝を屈したままのシリウスに近づいていったとき、年甲斐もなく両手を組み、祈っていた。

それは俺の隣に並ぶ奴隷たちも一緒のことだから、この場にそのことを笑える人間はいない。

「頼む・・・。頼む・・・。」

雪狼がゆっくりと口を開き、喉元に食いつかんとしたとき、思わず目を瞑ってしまいそうになった。

もう駄目か―――。そう思ったとき、急にシリウスが動いた――――気がした。

いや、間違いではない!

確かにシリウスは動いた!その証拠に、雪狼の牙は空を切っている。

その口元に、目で追えないほどの速さでもって剣が突き込まれた。

それが雪狼の頭部を貫通し、真っ赤に赤熱した刀身が、脳を沸騰させ爆発させる。

「ああ・・・ついにやったか・・・」

控室内が爆発した。

誰もが隣に立つ奴隷と手を取り、喜びあっている。

俺の肩にポン、と手が置かれた。

「リック、ついにシリウスは成し遂げたぞ!」

普段は冷静なアイクが、この時ばかりは、興奮し、叫び声をあげている。

「ああ、やったな・・・」

涙が零れ落ちてきた。

 振り返ったシリウスと目が合った気がした。

いや、気のせいだろう。先ほど突き放すように冷たくあしらったことが随分と罪悪感となってこの身を苛んでいる。

先ほどまではまだ、すべてを話すことはできなかった。

しかし、魔力を身に着けることができた今なら、すべてを話すことができる。

奴隷に身を落としてから、今の今まで、ずうっと願い続けてきたことがある。

己ではもうすでに成し遂げられないとあきらめたことだ。

だからこそ、託す人間を探していた。

リオンとシリウスを見たとき、この二人ならば、託すことができると直感した。だが、リオンは亡くなった。すでにこの世にはいない。まだ幼く、悲しみに嘆くシリウスを見たとき、もう俺の願いは叶えられないかもしれないと深く絶望しそうになった。

それでも、シリウスは立ち直って見せた。いや、今日の様子からして、死に場所を探していたのかもしれない。この一年で立ち直ったかのように見えたが、それはシリウスの優しさから、俺たちを心配させまいと必死に努力していただけなのかもしれない。

それも今日、今、この時までだ。

強く生きたい、と彼は願った。それゆえ魔力を身に着けることができた。

もし、あのまま死んでしまっていたら・・・。もし、試合で命を落としていたら・・・。そう思ったからこそ、まだ、力が足りないと分かっていたからこそ、試合前に、必死で止めた。

そんな俺の不安をよそに、乗り越えて見せた!

ぎゅっと強く握っていた両手が強張っている。

ゆっくりと倒れたシリウスを見つめながら、静かに決意する。

全てを話そう―――。

そして、彼に、彼らに自由を―――。

今はまだ、ゆっくりと休むといい。

この冬を超えたとき、お前はきっと自由を手にしている!


昨日から気付いておりましたが・・・。初めて感想が書かれておりました。

しかし、大変申し訳ありません・・・・。怖くて見れません!!!!!!!

感想いただいた方には大変申し訳なく思っておりますが、冷ややっこ程度のメンタルの私には、とてもとても・・・。

これで、辛辣なことが書かれていたらと思いますと・・・。漢字が難しすぎて、振り仮名を振ってほしい(by友人談)くらいでしたら、甘んじて受けるのですが・・・。

そういうわけで、第一章を終えるまでは見ないことにしました。(重ね重ね申し訳ありません・・・)ネタバレになってしまいますが、第一章は、二月上旬で終わる予定です。(そして、振り仮名を振るのも、何とか並行して行っていきたいと思います!)なので、なにとぞ、これからも温かい目で見守ってください・・・。

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