#27 Candy Love
私は公園にいた。
別に瞬間移動とか誘拐などでは無く、ごく普通に、あくまで自発的に行動した結果だけど。
大きな桜の木が中心にあることを除けば、ごく普通の児童公園。
ユキと何回ここに来たかはわからない。
小さな頃は、毎日陽が暮れるまで遊びに遊んだ思い出の公園。
そして、ユキとあどけない約束を誓った公園。
時間は午前五時のちょっと前、私がそんな時間に公園にいるのには理由がある。
と言っても大したことの無い、微々たる理由。それでいて、得心のいく大袈裟な理由。
「なんか眠れない」
何故かといえばその解は明白で、そしてそれは八割ぐらいは私のせいで、残りはあの茶髪にピアスのロクデナシな幼なじみのせいだ。
今日……正確には昨日の放課後になる。
屋上で言いたいことを言って逃げるようにそこから去った私は、自宅に帰りいつも通り授業の復習と予習をしようと思った。が、無理でした。
出来るわけないでしょ。
「あー、何で言っちゃたんだろう。明日どんな顔して会えばいいのよ」
後悔の循環。たらればばかりが頭を巡る。
ユキがあんな事言わなければ……
『僕は君が好きなんだ』
『その証拠に小6でした約束もちゃんと覚えてる。』
そりゃあ、正常な判断も出来無くなりますよ。
思い出しただけで、心臓が早鐘を打ち、体温が急激に上がる気がする。多分顔も極限に赤くなっている。
「あのチャラ男が~」
私の取れる唯一の抵抗はベットに寝そべり、クッションを胸元に引き寄せ身悶えることだけ。
唇にそっと手を当て、思案する。
でもアイツ、誰にでもあんな事言いそうなのよねぇ。
何だかんだで優しいし、頭も悪いわけじゃないし(勉強を除く)、運動もそこそこ得意にこなすし、プラスアルファとして楽器も弾ける。そして何処か憂いを帯びた顔つきに、陰をもっている雰囲気。
そんだけ揃っていれば何となくモテるだろう。クラスの中に、陰ながらユキのことを『王子』と称している女子が複数名いることも私は知っている。
これだけ気になるのは、やっぱり私はアイツを好きだという証明なんだと思う。
普段は特に意識していなくとも、ふとした時に自分の中のユキの大きさに気付く。その事実になんだかムカつく。
でも、ユキは私の向こう側を見ていて、多分現在を見ていない。
こんなにも私はアイツを思っているのに、私を見ていないというのは勝手な言い分だけど、何かを探すように何処かを見る前に、誰よりも身近にいる私を見てくれてもいいと思う。
私だって、その結構……外見的にも不細工ではないと思うし。うん。
でも、そんな風に遠くを見ている雪人の哀しそうな顔は、ニヒルでは無くシックで、サッドネスで―――独特の色気があって結構好きだとも思う。
でも同時に、そんな顔をしているということは上手くいっていないのだろうと、それを喜ばしく思っている自分に気付いて毎回自己嫌悪もしたりする。
何にしても彼は少し位は私に弱みを見せて。相談してくれればいいのに。
彼の望みが、必ずしも私の望みになるわけではないけど、それでもアイツの力になりたい私はきっと変だ。恋する乙女の思考回路は理屈や常識じゃ測れない。
だぁ! 何で私がこんなに悩まなきゃなんないのよ!
「おかーさーん、ご飯まだー?」
とりあえず、ご飯を食べよう。血糖値が不足していると、脳は動かないらしい。
だから、私は今夜もご飯のあとにアイスを食べるだろう。別にアイスが好きなわけではない。断じて違う。
お母さんの作る晩ごはんは美味しかった。うん。
鯛の煮付けを食べながら見たニュースによると最近この辺りで不審死が何件かあって、明日の天気は快晴らしい。美人だが、何処と無く高飛車―――同性から見る偏見かも知れないが、何となく感じの悪いオーラの出ているアナウンサーさんはそう言っていた。
でも、私の心は多分明日になっても晴れない。
燻って滞った気持ちを切り替えるために、お風呂に入る。いつも通りの生活だ。
ただひとつ違うのは、頭の中にずっとユキがいた事。それだけが、いつもの私とは異なった。普段はこんなにも考えていない。本当にだよ?
本でも読もうと小説を取り出しても、勉強しようと机に着いても、音楽を聴いていても、どうしても雪人がチラつく。
あ、この物語の主人公がなんかユキっぽい。
そういえばアイツ、この問題解らないって言ってたなぁ。
このアーティストのアルバム、アイツから借りたんだっけ。
もうだめ。重症だ、私。
巡るのはユキの事ばかり。
駆け巡っている場所が頭の中なのか、それとも別の場所なのか…。
何処だろうと構わないけど、末期だ。だって気がついたら午前四時過ぎ、学校があるのに何やってんだか。
今寝たら起きられないな…。そう思った私はコンビニに行こうと決意する。
お腹が空いたし、時間潰しに丁度いい。
部屋着から着替え、コートを羽織る。外は寒そうね、そう思いマフラーを巻く。
ちょっと前にユキから貰ったものだ。シンプルな色使いの中に少し凝った織り方と模様。彼らしい捻くれたセンス。
これを巻いていると心まで暖まる気がする、私のお気に入り。
―――なんて、
一体私は、何処まで恋する乙女なのだろう?