005.クロロのサバイバル講座
「意味わかんねぇよ。なんだよこれ…。この数日の俺たちの苦労はなんだったんだ」
帰ってくるなり、ギルが肩を落としながらブツブツ呟いていた。その両手には布に包まれた抱えきれないほどのキノコや木の実を持っていた。
「ハイルさん、ただいまです!も~、ギルったら食糧採取の間ずっとこんな感じなんですよ」
クロロはギルを見ながら呆れた顔をして言った。その両手にはギルと同じように食糧であろう物がめいっぱい抱えられている。
ハイルはその光景に驚いて、彼にしては珍しく口を開けっ放しにしていた。
「クロロ、ギルご苦労だった…。が、しかしこれはいったい…」
「あ、ハイルさん。この食べ物のことはこれから詳しく説明しますので奥の部屋に行こう!」
クロロはにっこり笑いながら言った。
部屋に到着して、クロロは採ってきたものを種類別に並べ始めた。
「さて、まずこのまあるい白い木の実。これは『ポンポンの実』です。甘くて美味しいの。旅人の間ではかなり大切な実です。日持ちはするし、なにより1つの実で1食分を賄えるほどお腹がいっぱいになります。お腹がポンポンになることが名前の由来だそうです」
クロロは30個ほどあるポンポンの実を指さしながら説明した。
そして次にその隣にあるポンポンの実と見分けがつかないこれまた30個くらいの白い木の実を指さした。
「そして、ポンポンの実によく似たというか、外見は全く一緒のこの実は『ボンボンの実』です。この実は絶対に食べちゃダメ。食べると顔が爆発します。この爆発することが名前の由来だそうです」
軽い口調でものすごいことを言うクロロ。
ギルが慌てて口をはさんだ。
「ちょっと待て。なんて恐ろしいことを口にするんだ。俺はお前と一緒にこれを毟ってきたが、てっきり全部同じもんを採ってたのかと思ってたぜ。木も実も外観が全く一緒なのに、どうやって見分けたんだ?」
「この2つの実はね、触るとすぐわかるんだ。食用にできるポンポンの実は表面がツルツルなのに対して、爆発するボンボンの実はちょっとザラザラしてるんだ。んでボンボンの実が爆発するのは、ヘタの部分を引っこ抜いてから数秒経った時。ほら、2人とも武器がないって嘆いてたから、これで少しは足しになるかなぁと思って。あ、威力はご飯の後で見せるね」
クロロのセリフにギルとハイルはお互いに顔を合わせた。まさか出会って間もないクロロがそんな気を使ってくれるとは思ってもみなかった。
実の大きさはちょうどハイルの手のひらにすっぽり入るくらいで、持っていても敵には見つかりにくいだろう。
威力は見てみないとわからないが、木の実というくらいだからあまり期待はしていない。それでも牽制くらいには使えるかもしれない。
しかし、こういった気遣いが今のすさんだ気持ちのハイルたちには身に染みるほど嬉しかった。
ギルなんかは明らかに泣きそうなのを我慢しておかしな顔になっている。
「クロロ…ありがとう。とても嬉しいよ…」
ハイルは心の底から礼を言った。
「やだなぁ、照れるじゃないですか。それにまだまだ採ってきたものの説明は終わってませんよ!お礼は全部紹介し終わってからにしてくださいよ」
クロロは手をバタバタさせて、真っ赤になりながら言った。
「さぁ、じゃんじゃんいきますよ!次はこれ、この白と黒のシマシマ模様のキノコです。これはマシマシダケと言って焼いてよし、煮てよし、ついでに冷たい水に入れるとクネクネする習性があるので釣りの餌にもなるの!」
ハイルとギルは明らかに毒がありそうなキノコの山を見て不安になった。
「おい、本当に大丈夫なのか?明らかに毒を持ってるように見えるんだが…」
「大丈夫だよ。確かに毒はあるんだけど人間には効かないんだ。このキノコの毒は主に昆虫用なんだよ」
キノコを両手に持って大丈夫を主張するクロロ。
「さあ、次!こっちの緑色で手みたいな形の草はテソウで、葉脈が人の顔みたいに見えるのがニンソウという薬草なのです。テソウは生でも食べられるし、傷口の消毒にも使えます。ニンソウも生で食べられるけど、これは乾燥させて火をつけると野生動物が嫌いな匂いを出すので、そちらの用途で使った方がいいです。それからこのオレンジ色で丸くて柔らかいのはオランジの実です。皮を剥くと中に水分たっぷりの甘い実が房状にあります。それから小粒で濃い黄色の実は長期保存の効く栄養満点のナッツの実です。ちょっと癖があるけど美味しいの。これは旅人が必ず携帯しておくべき実です。いつ何が起こるかわからないから、これはできるだけたくさん採ってきました。100粒くらいあるかな」
クロロはどんどん解説をしていく。
すべての説明を終えるのには少し時間を要したが、よどみなくしゃべっていくクロロにハイルは感心した。
このような知識があったからこそ山で生き延びられただろう。
これだけここの生態系に詳しいとなれば、クロロはやはりこの山の隣国側出身の可能性が高いか…。
一通りクロロの説明が済んだところで、ハイルが呟いた。
「それにしても…身近にこんなに食糧や傷薬があったとは…。ギルが意気消沈するわけだ。俺たちは食糧に囲まれながら餓死するとこだった」
「2人はあんまり旅慣れてなさそうでしたもんね。大丈夫!知らないことは今から知っていけばいいのです。自然界では知ってて損をすることは何もないと村の先輩たちからよく言われました」
それからクロロは舌を出しながら笑った。
「ただし、人間世界では知ってて損をすることもあるから気を付けるようにとも言われましたけど!」
「…村の先輩とやらはいい教師だな」
「はい!みんな僕の尊敬する素晴らしい人たちです」
クロロは笑いながら答えた。
「さて、ある程度解説も終わったことだしご飯にしましょう」
クロロはハイルとギルの前に一通り全種類の食べ物を出した。
「最初は全部味見で食べてみて。ただし、ポンポンの実は最後に。すぐにお腹いっぱいになっちゃうので」
そう言うやいなや、クロロは2人の目の前でオランジの実を剥いて食べだした。辺りに柑橘系のいい匂いが広がる。
2人はクロロに習い恐る恐るオランジの実を食べだした。
「うっめー!なんだこの果物!うまいじゃないか!最高だー!」
「本当だな。こんなに美味しいものがこの山にあったなんて、ものすごく損をしていた気分だ!」
「あはは!お腹がペコペコならなおさら美味しいでしょう。でも、これは数が少ないから1日1個ですよ。他のも美味しいから全部食べてみて下さい」
こうしてクロロがまず食べ方を教えて、2人がそれに続き食事は進んでいった。ほぼすべての種類を味見し、成人男性では量が少なく物足りなく感じていたところ、最後にポンポンの実を食べてその心配はなくなった。
「なんだこの実!?ものすごく腹がいっぱいになる。そんなに大きな実じゃねぇのに不思議だ」
「話には聞いていたがここまでとは…」
「そうでしょう、そうでしょう。僕も子供のころ最初に食べたときにビックリしました。満腹感を得たいならこの実が最高です!人間は満腹だとどんな状況下でも幸せになれるんだとみんな言ってたし」
満足そうな2人を見てクロロも嬉しくなった。
「さてと…食事も終わったし日もだいぶ傾いてきたので、最後にボンボンの実の威力を見てもう寝ましょ」
クロロがボンボンの実を1つ持って表に出たので、ハイルとギルも続いた。
ある程度開けた場所に出たところで、クロロがその辺からいくつか大ぶりの枝を拾って薪の準備のように重ねて置き、10歩ほど下がった。
「じゃあいくよ。危ないから僕より後ろに下がってください」
クロロはそう言って2人を下がらせると、ボンボンの実のヘタを引っこ抜き、素早くそれを枝の方に放り投げた。
「ボンッ!」
ボンボンの実が枝に落ちた途端爆発した。
舞い上がった土埃が晴れた後に残っていたのは、粉々になった木材だった。
「…おい!なんだこの威力!これがほんとに植物の力かよ…」
「予想以上に強力な武器だな。確かにこんなものを齧れば頭が吹き飛ぶ。…よかった、上にまかせて手当たり次第木の実を食べなくて…。これに当たっていたら命はなかった」
「自然界の未知のものはまず触らないってのが旅の基本ですからね!で、どうでしょう?これ武器に使えますか?」
「十分すぎるくらいだ。これ1つあれば追手からの時間稼ぎに十分だろう。ただ追手に仲間がいた場合、爆発の音で注目を集めてしまうのが欠点だが…そのことを差し引いても予想以上の武器だ」
「すげぇぜクロロ!お前がいてくれてよかったー!」
ハイルは冷静に実の分析をし、ギルは想像以上の威力に舞い上がりクロロをギュッと抱きしめて振り回した。
「ぎゃぁぁ!ギル、ギルぅ!ちょっと待って、目が、目が回るぅ~!」
「ハッ!すまねぇクロロ!」
ギルは顔を真っ赤にしながら慌ててクロロから手を放した。
「あ~、ビックリした。…どうしたのギル?顔が真っ赤だよ?」
「いやっ!そのっ、これは…武器の威力に興奮しただけだ。気にするな」
「それにしても、少し妙だな」
ハイルが考え込みながら呟いた。それに反応したのは、真っ赤な顔から復活したギルだった。
「妙?何が妙なんだ?」
「いや…これほど威力のある実や美味で保存性の高い食糧が、俺達にとって初耳だったってことがだ。全部でなくとも少しくらいこれらの情報は入ってくるはずだろ」
「確かに…。俺はよく町の酒場に入り浸って旅人たちともよくしゃべってたが、こんなのは聞いたこともないぜ」
「俺も結構いろんな書物や人々と接してきたが、欠片も知らないことだらけだった」
ハイルはクロロに目を向けた。
「君はどこでこんな知識を手に入れたんだクロロ」